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Story1.機関銃持ったアリ




ひゅるりらと風の音。わさわさと木々は歌い、おそらく幸せな国と言われるでしょうこの国の名は。

リデル=レイクス国、と人は呼びます。でも侵略者は、不思議の国と呼びます。

アリスと名乗る、その侵略者はわさわさ歌う木々の隙間からやってきました。

―――その手に機関銃を携えて。

機関銃がうなり声をあげ、木々の歌う声が消えてしまいます。

そしてそのうなり声がおさまった頃には、アリスと名乗る侵略者の足元にはひとりの遺体。

きついピンクのタートルと黒と白の縞々模様の耳をはやした、この国の門番とか呼ばれるチェシャ猫。猫の遺体がそこにありました。

その遺体をアリスは跨いで森の奥へと進んでいきます。

がさがさと森をかき分け、木々の歌う音をかき消し。

機関銃を背中にしょい、花のささやき声を小さくし。

それでも彼は進みました。―――そうです、彼です。

アリスといえば、エプロンドレスを想像するとは思いますが、その通り。彼はエプロンドレスでした。しかし大胆にも前は空き、そこからショートパンツが見えていましたけれど。

ですから、彼です。侵略者アリスは男性です。

さて、そのアリスが次に標的にしたのは、森の奥でひっそりとお茶会を楽しむ…ふりをして武器を売る、武器商人の元でした。

この国を幸福の国と最初に称しましたが、この国だって全てがお綺麗なわけじゃありません。時には手を汚す人がいるのです。どこの国にだって暗部はあります。

その暗部の筆頭、武器商人である帽子屋は今日も紅茶を飲みながら暗殺計画の話を暗殺者の三月兎としていました。

「最近、厭に多いわよね。君の仕事も」

「そうですかね」

三月兎ジャイは耳をひょこひょこさせながら、可愛らしい帽子屋ローズの話を聞いています。もしかすると話半分ってやつかもしれません。ただ彼は、可愛らしいローズが小さな躯を目いっぱい使って話す仕草が好きなだけで、別に話の内容はどうだっていいのですから。

さてそんな二人の和やかな場に入り込んだアリスは機関銃を適当に構えて、二人の方へと向け、躊躇いも何もなく引き金を引きます。

しかし二人は一瞬のうちにテーブルを引き上げると、それをバリケードのように使って銃弾を防ぎました。さすが分厚いオークのテーブル。二人に傷なんかひとつたりともつきません。…しかしもったいないですね。

「ちっ…」

初めてアリスが言葉を発しました。どうやら瞬殺できなくてイライラしているようです。

アリスを初めて見たローズもジェイも、別に怖がったりしているわけではありません。ジェイは懐から使い勝手の良いナイフを取り出し、ローズはテーブルの下から大きなハンドガンを出してきました。二人ともやる気満々ですね。

「…あ、サティから連絡のあった侵略者って彼ですかね」

ふとジェイが声をあげました。サティとはチェシャ猫のことで、アリスに瞬殺されたはずの人…猫です。

しかしながら彼はどうやらジェイに連絡を取っていたようでした。アリスも流石に不思議なのか、少し首をかしげています。

「…猫なら俺が殺したぜ?」

アリスが怪訝そうに、それでも機関銃を向けたまま話します。答えたのはローズでした。

「あれを普通の猫だと思ったら大間違いだと思うわ。ねぇ、ジェイ」

隣でジェイも苦笑いします。一体、猫はどういう生き物なのでしょう?

そして臨戦態勢が整ったジェイがテーブルを跨いでアリスの方へと近づくと、ナイフをくるくると回しては腰のベルト近くにあるホルダーに入れたり出したりをしています。

そして人畜無害そうな笑みを絶やさないままに、ジェイは聞いてみました。

「で、侵略者さん。何故この国に?」

実を言うと、侵略するのに容易い国はほかにいくらでもあります。ここはこれでも武器商人や暗殺者、様々な暗部が控えている国であるので、暗部にさえ近づかなければ幸せに暮らせますが、近づいてしまええば死と隣り合わせです。

そんなところにのこのこやってきた一人の侵略者位、どうとでもなるとジェイは思っていますし、事実その通りでした。…今までは。

その問いにアリスは皮肉気に笑って答えました。

「理由ねぇ、」

かちゃり、と小さな機械音がして、機関銃の弾が再装てんされます。

ジェイが駈け出しました。ローズがハンドガンを構えました。




「俺の自由になる国がほしかったからだよ!」




機関銃は辺りを薙ぎ払い、ローズを狙います。しかしローズは木の上に飛び移りながら、アリスの方へとハンドガンを向けます。

その隙にジェイがアリスに切迫します。アリスとの間合いは1mといったところです。アリスはジェイが軽く振りかぶったナイフを機関銃で押しとどめました。罅一つ入るわけがありません。

ローズのハンドガンから放たれた銃弾がアリスの右肩を掠ります。本当は間接辺りを狙ったので、外れたことになりますが。

その間にジェイはナイフを振りかぶりますが、アリスの足がジェイの脇腹にめり込み、ジェイは粉砕されたテーブルの方まで吹っ飛びました。

そしてそのまま機関銃でローズを射殺。ジェイが飛び起きる前に、ジェイも同じように。

こうしてアリスはまた一人…いいえ二人、殺し。

さらに森の奥へと踏み入っていくのでした。




さて次にアリスが出会ったのは、真っ赤な服を着た…いいえ元は白い服なのでしょう。所々が血色に染まった服を着た、女王然とした人でした。

その人はアリスを見つけると、悲鳴を上げながら逃げていきます。

アリスは面白そうだと後を追いかけます。血色の服の方はそれでも逃げて行きました。

意外と足の速い血色の服の方に嫌気がさしたのか、アリスは機関銃を血色の服の方に向けます。

一瞬のことでした。チェシャ猫と大して変わりません。

絶命した血色の服の方は、自らの血でもっと染まってしまいました。白い服の面影はどこにもありません。

でもアリスにはそんなこと関係ありませんでした。アリスにとって重要なのは、会う人会う人を殺すことだけ。

そうしていけば、いつか国の中にいる全員を殺し、国を乗っ取ることができるからです。




森を抜けるとそこは白亜の城でした。色とりどりの蔦に囲まれた白亜の城はとてもきれいです。まるで虹に囲まれている白のようでした。

しかし相も変わらずアリスにはそんなこと関係がありません。

まず庭師を機関銃で嬲り殺し、次に門番やメイドたちをその体術と機関銃で殺しました。

次に2階のホールにいた給仕たちを同じように殺し。

最後に謁見室につくと、やっと生きた人間がアリスを見ました。

それまではアリスを見ることもなく、機関銃で殺されていたのですから。

アリスに視線を向けたのは白い王の服を纏った王様でした。彼はゆっくりとアリスの方を向くと、ふむ、とひとつ頷きました。

「貴方が私の伴侶が言っていたアリスだね」

伴侶といわれて、アリスは皆目見当がつきませんでした。どうやらこの王の伴侶なのだから、妃です。妃といわれても、そんな人に出会った覚えはありません。

もしかすると、道中で適当に殺してきてしまったのかもしれませんが、だとしたらこの王にアリスの話が伝わっているわけがないのです。

「伴侶って誰だ?」

仕方がないのでアリスはとりあえず聞いてみることにしました。

わからないことは聞く。これはアリスが養い親から習ったことのひとつです。もうひとつは人の上手な殺し方でしたけれど、アリスはどちらも大切な教えだと思っています。

王は少し目をみはると、軽快に笑い出しました。

「あっはっは…っそ、そっか。君は気付かなかったのか。アレだよ、血の色をした服の少年さ」

そういえば、とアリスは思い当りました。

逃げ回った血色の服の方、きっと彼が王の伴侶だったのでしょう。

そして勿論彼もアリスが殺しています。

「伴侶を殺されて、何とも思わねーの?」

アリスにはよくわからない感情でしたが、アリスが殺してきた多くの人は伴侶が死ぬととても嘆きました。嘆き苦しみ、自分から死んでしまう人もいたほどです。

しかしこの王はちいとも気が触れた様子もなく、だからといって気にかけていないわけでもないようで。アリスには甚だ不思議でした。

「で、俺アンタも殺すんだけど」

「ああ、うん。そのようだね。構わないけど、」

と、何かを言いかけているうちに、思わずアリスは機関銃で撃ってしまいました。

語り口が何故かうっとうしかったからです。

白い王は真っ赤に染まっていきました。これでは伴侶と同じ色になってしまいます。

それでもアリスはやっぱり気にすることもなく、その白の王の先にある扉に目をつけました。

もしかするとあの奥には王の息子とか、他にも住人がいるかもしれない。

そう思い足を進めます。扉を容易く開け、中に入ります。




ずうっと、ずっと。長い回廊が続きましたが、気がつくと明るい日が差したスカイ・ガーデンにたどり着きました。

人の気配はしませんが、とりあえず行き止まりまでは行ってみようとアリスは足を進めます。

するとスカイ・ガーデンの中央辺りに人影が見えました。

車いすに乗った少女です。とても美しい黒いエプロンドレスを着ていました。

少女はにこりとアリスに微笑みかけると、スカイ・ガーデンの周囲から酷い音がしました。

スカイ・ガーデンの周りを取り囲んでいたドーム状の窓が全て閉まり、そして鉄格子で閉じられてしまったのです。これにはさすがにアリスも多少驚きました。

けれども、この少女くらいしか今の機構を作動させる人はいません。何故なら、皆、アリスが殺してしまったのですから。

「こんにちは、アリス」

まるで雲雀のような声で少女は話しかけます。

噴水の前、車いすに座っている少女は、本当にただの少女に見えました。

ですからアリスも少しは油断したのかもしれません。

アリスの後ろから、ひとつの人影が迫っていることに彼は気付かなかったのですから。

そしてアリスは後ろから拘束され、地面に引きずり倒されます。肩を強かに打ったので、口をかみしめる位しかできませんでした。

「…だ、」

誰だと、多分聞こうとしたのでしょう。けれどアリスが背に視線を向け、自分を拘束している相手を見た瞬間言葉が凍りました。…その相手は、自分が真っ先に殺したチェシャ猫だったのですから。

「な、んで…」

アリスはこれでも三月兎ジェイと同じくらいの暗殺者です。殺しそびれたなんてことはありません。確実に死ぬ部位を撃ち抜いたはずです。



けれども、けれども。

そういえば、帽子屋ローズが変なことを言っていました。

チェシャ猫のことを普通の猫だと思うなと。

そういえば、三月兎ジェイも言っていました。

チェシャ猫から自分のことを聞いたと。



どういうことかなんて、アリスにはちっともわかりませんでした。

ただ自分の背を押し倒している張本人であるチェシャ猫は不敵に笑っています。

「アリス、ボクのアリス。さぁ審判を始めよう」

アリス、と呼びましたが、押し倒している侵略者アリスを呼んでいるのではないようでした。目線を辿れば、それは車いすに乗った少女へかけられた言葉。

そう、少女の名もアリスでした。少女こそ、リデル=レイクス国の最高裁判官。

そしてチェシャ猫サティの飼い主でした。

「ええ、サティ。…お兄様を審判の間へお連れしてくださいな」

「了解、ボクのお姫様」

アリスの頭の中は大混乱です。同じ名前の少女が自分を拘束する命令を出し、自分が殺したはずの猫は生きており自分を拘束している。

そして何より、自分と同じ名前の少女は今、自分を兄と呼んだ。




大混乱のまま、サティに引きずられアリスは審判の間へと連れて行かれます。

するとそこには今まで殺したはずの、帽子屋、三月兎、血色の服の方、白の王、そしてチェシャ猫がそろっていました。

もうわけがわかりません。どうして自分が殺したはずの人が、全員ここにいるのでしょう。

項垂れたまま、アリスは機関銃を構える気もなく、被告人席へと置かれ、裁判が始まりました。

「被告人はアリス。罪状は―――」

どうせ殺人罪です。もはやどうでも良くなっていたアリスには、どれだけの懲役になろうとどうでもよかったのですけれど、律儀に彼は判決を聞いていました。

情状酌量さえも許されない、一方的な裁判でも彼はあまりに混乱していたため、ただ聞いていることしかできなかったのです。

「罪状は、忘却罪よ」

「え…?」

何を忘れているというのでしょう。というかそれが罪なのでしょうか?

ちいともアリスには思い当たる節がありませんでしたので、混乱していることも一瞬忘れて叫びました。

「俺が何を忘れたっていうんだ!」

叫び声がぐわんぐわんと会場内に響き渡ります。

反響していた叫び声が消え静まり返った会場で、ぽつりとただ一人だけが、言葉を零しました。

「…お兄様、馬鹿ね」

車いすに乗ったアリスで、今は最高裁判長として堅苦しい言葉を吐いていた少女が、なんとも馬鹿にした口調で言います。

「自分のチェシャ猫のことを忘れて、自分のチェシャ猫を殺すなんて…滑稽だわ」

冷めた目で、言います。

けれどアリスが殺したのは、今彼女の隣にいるチェシャ猫であって、他のチェシャ猫ではありません。そう思っていたの、ですけれど。

アリスは思わずサティと呼ばれたチェシャ猫を凝視しました。違うのです、何か違和感があったのです。自分が殺したチェシャ猫と、違うのです。



アリスが殺したのは白と黒の縞々の耳でした。それは同じです。

けれど縞々の順番が違います。耳のてっぺんは確か黒でした。

アリスが殺したのはピンクのボーダーの服を着た猫でした。ボーダーは同じです。

けれど色が違います。サティと呼ばれた、車いすのアリスの猫は青いボーダーでした。



なぜ気付かなかったのでしょう。こんなにも違っていたのに。

アリスは呆然とします。けれど無情にも判決は続いていました。

「アリスには懲役1年の謹慎を命じるわ」

車いすのアリスは言いました。けれどアリスには謹慎といわれても帰るところがありません。

彼は帰るところがなくて、この国を侵略しようとやってきたのですから。

車いすのアリスはなおも判決を続けます。

「謹慎場所は侵略者アリスのチェシャ猫の家。1年間、その家から一歩も出ることがなければ…」

今さら罪が消えたところで何になるというのでしょう。彼は生粋の暗殺者です。

たかだか忘却罪が許されたところで、何になるわけでもありません。また暗殺を続け、根なし草の日々が始まるに決まっています。少なくとも、アリスはそう思っていました。

「そうすれば、前みたいに一緒に暮らしてあげてもいいわ」

少女はなおも上から目線でしたが、思わずアリスは顔をあげました。

少女の言葉によれば、自分は少女の兄で、つまり少女はアリスの唯一の家族なのです。

それはなんとも魅力的な言葉に聞こえました。

「…だけど、きっとそうはならないわね」

ぽつりと小さく漏らした言葉は、傍らにいたサティにのみ聞こえました。

そして車いすのアリスは兄たるアリスを見据えて、高らかに宣言しました。

「謹慎するにあたって監視者をここへ召還するわ。…入りなさい」

審判の間の扉があいていきます。他の立会人たる帽子屋や三月兎たちが扉の方を向くので、思わずアリスも扉が開くのをじっと凝視してしまいました。

そして、そこから現れたのは。



「…や、アリス」



アリスが、この国に入った瞬間殺したチェシャ猫でした。



アリスはもうわけがわかりません。だけどなぜか涙が溢れて止まりませんでした。

殺したはずのチェシャ猫がアリスの背をなでてくれます。余計に涙があふれました。

でもその理由がわかりません。

アリスはこのチェシャ猫のことなんてちいとも知らないのです。

でもその体温がただただ暖かくて、意識が途切れるまでアリスはずうっと泣いていました。




「―――よくあんなに早く治ったわね、ルティ」

審判者たるアリスが、サティに言います。

「そうだね。我が双子の兄ながら回復の速いことだよ」

審判者アリスのチェシャ猫サティと侵略者アリスのチェシャ猫ルティは、双子です。似通ってて当然なのです。それを侵略者アリスは知らなかっただけ。

そしてもうひとつ、この国は不思議の国とも呼ばれますが、鏡の国とも呼ばれます。

表裏一体のこの国は、時間も躯の回復も思いのまま。

つまり死ぬことなんてありません。いくら殺されたって、またすぐに生き返ることができます。

ただし、それは侵略者アリスのように心臓を狙っただけで、木端微塵にしなければ…のこと。

流石にこの国の住人でも木端微塵にされれば死にますから、三日月兎ジェイなんかは木端微塵にするために常に爆弾を抱えています。

「お兄様ったらこの国を出て行ってしまってから何があったのか知らないけれど、戻って一番にルティを殺すなんて…」

「ま、大丈夫でしょ。ルティが何とかするだろうしね」

心配そうな顔をしておきながら、審判者アリスもあまり心配していません。

アリスはチェシャ猫といれば、無敵です。

きっとそのうち、侵略者アリスが忘れてしまったことも、謹慎中には思い出すでしょう。

なんたって、自分たちはアリスなのですから。




End

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