9.明かされる理由
その日の昼、アレンは店まで迎えに来たビートの案内で王城を訪れていた。先日約束した通り、以前譲ったハーブティーのお礼を望んでいる人に会いに行く為だ。
因みに、この事は興奮の余りどうにかなってしまいそうな幼馴染には黙っておいた。ビートが迎えに来ると知ったら、今度はこっそりその馬車にでも潜みそうな気がしたからだ。後から知れば文句を言われるだろうが、むしろ犯罪者になることを未然に防いだのだからお礼が欲しいくらいである。
馬車は城門を通り、王城の正面ではなく庭をぐるりと周って東の端へと進んでいく。着いたのは東の離宮。一体誰の宮かなんてアレンには分からないが、予想通りお偉いさんである事は間違いなさそうだ。
一般庶民なアレンは当然普段と同じラフな格好である。前もってビートに咎められなかったので問題は無いだろう。お礼がしたいと言っておきながら正装じゃないからと相手の衣服を咎めるのはおかしいが、城にいるお偉いさんと言うだけでそんな常識が通じない事も分かっている。何よりも位が上の者が優先されるのが常だから。
ビートの後について行った先で、案の定アレンはそんな理不尽な言葉を浴びる事となった。
「貴様、なんだその態度は!」
アレンが通されたのは大きなテラスがあるサロン。ビートがここで待っていてくれ、と言って部屋を出たので、アレンはそこにあったソファに座って時間を潰していた。思いのほか時間がかかっているようで、ビートも彼が連れてくる筈の相手も中々現れない。
ダラッとソファに寄りかかっていた行儀の悪さが目に余ったのか、それともようやく現れたビートに「やっと来たか」と声をかけたのが気に障ったのか。扉の前で控えていた二人の騎士内の一人が、そうアレンを叱責したのだ。
「街の薬師風情が礼儀知らずな。目上の者に対して愛想笑い一つ出来んのか」
似たようなことを最近言われたなぁ、とアレンは騎士の言葉を聞き流す。どうやら彼の目には、ニコリともせずに声をかけたアレンの態度が随分とふてぶてしいものに映ったらしい。
怒鳴られても顔色一つ変えないアレンに騎士が更に詰め寄る。小柄なアレンと体格の良い騎士が並ぶとまるで大人と子供だ。けれどもう一人の騎士が肩に手を置き彼を引き止めた。
「よせ」
「おい、どうして……」
「そいつはダークエルフだ」
「!?」
途端にアレンから距離を置く騎士。それを眺めるアレンの顔は不気味なほど変わらない。怒りもなければ悲しみもない。淡々とした表情で彼らを見上げている。
「ダークエルフの微笑みは<魅了>の効果を持つ。微笑めば後悔するのは我らの方だぞ」
浅黒い肌と銀色の瞳。それらは人とは違う、ダークエルフの特徴だ。アレンの父親は人間、そして母親がダークエルフだった。その血を引くアレンの外見は母の遺伝が強い。
エルフという種は人に比べれば絶対数が少ないが、決して稀な存在ではない。その殆どが人里とは離れた山や森の奥深くにエルフの里を作り生活している為、人にとっては見る機会が少ないだけ。昔はまったく人前に姿を見せなかったというエルフも、最近は人を相手に商いする者も増えていて、王都でもチラホラその姿を見かけるようになった。
ただその中でもダークエルフは稀有な存在として知られている。理由は先程の騎士の言葉通り、人のように魔力耐性の低い者はその微笑で<魅了>の術にかかってしまうからだ。人が敬遠すると共に、無闇な争いを防ぐ為ダークエルフ自身も人を避けて生活しているのが実情だ。
「だから君は……」
--笑わないのか。
ビートは言葉の先を飲み込んだ。
無闇に<魅了>など使用しないが、こうなっては此処にいても忌避されるだけだろう。アレンはソファから立ち上がった。
「帰る」
「あ、ちょっと待って!!」
横を通り過ぎようとしたアレンの腕をビートが慌てて掴む。アレンは往生際の悪い彼を睨みつけた。
「離せ。別に来たくて来た訳じゃない」
「あいつらの態度が悪かった事は謝るよ。けど……」
その時、目の前の扉が外から大きく開かれた。そこから現れたのは金色の髪を持った一人の青年。彼はアレンの姿を見つけると、にっこりと碧色の目を細めた。そして今だソファ横に立ち尽くしていた騎士達に鋭い視線を投げかける。
「下がれ」
その声の冷たさに息を飲む騎士達。だが、彼らの第一の使命は護る事。ダークエルフの存在を知ってこのまま去ることはできない。
「お待ちください!」
「聞こえたであろう。お前達は下がれ」
「!! しかしこの者は……」
もしもアレンがその気になれば、<魅了>で皆操られてしまうかもしれない。その危険性を示唆されてもなお、彼は命令を撤回しなかった。騎士に命を下せるのだからそれなりに地位が高い人物なのだろう。騎士達も護る事に必死のようだ。
「護衛が必要ならビートを残す。私の命が聞けないのならそう言え」
「いえ……。失礼致しました」
騎士達は一礼すると端早にサロンから退出した。残ったのは彼とアレン、そしてビートの三人だけ。静かになった空間に、アレンの声がぽつりと漏れる。
「……別にいいのに」
「何?」
「こんな風に揉めてまで引き止める必要ねーよ」
「そうかもしれない。すまない。君に不快な思いをさせてしまった」
「だからそういう事じゃなくて……」
「分かっている。君は優しいな」
「っ……」
綺麗な碧眼が優しく細められる。そんな表情を向けられ、サッとアレンは彼から目を逸らした。銀色の髪に隠れた耳はきっと真っ赤になっている筈だ。




