6.マヌケなフード男
「らっしゃーい」
陽も落ちかけた夕暮れ時。閉店準備をしていた所で店のドアが開いた。初夏に入ったこの季節に頭からすっぽりと砂マントを被っている。怪しい者ですと自分から言っているような格好に、アレンは警戒する所か呆れていた。強盗には見えないが念の為、売上げの入った小さな金庫は店奥に運んでおく。
「…………」
フード男はしばらくキョロキョロと店内を見渡していた。薬の並んだ棚を一個一個眺めて何かを探しているようだ。あまり薬屋に入った事がないのか、片っ端から薬のラベルを見ている。効率悪い探し方に、仕方なくアレンは声をかけた。このままでは何時まで経っても店が閉められない。
「何を探してんの?」
「……茶を」
「茶? 薬用のハーブティーならいくつか種類があるけど?」
「ミルネという花の茶だ」
意外とちゃんとした買い物だったようだ。フードの陰に隠れて顔は見えないが、唯一出ている口元には無精ひげも無く、フードから出た服の裾の生地はそれなりに良いものだと分かる。
「あ~、はいはい。何グラム買う?」
「……一月分欲しい」
「んー。じゃあ600入れとく。香り成分にリラックス効果があるから飲む時はストレートで。蒸らし過ぎると苦味が出るから注意して」
「分かった。いくらだ」
「1300ジル」
腰元の皮製ポーチから財布を取り出し、手渡されたのは銀貨。それを見てアレンは眉根を寄せた。
「もっと細かいのないのか?」
貴族街から離れた場所にあるこの店は庶民なご近所さんが主な客層だ。中には値を張るものもあるが、殆どがお手ごろ価格で買える商品である。銀貨でやり取りするような店ではない。
男は再度財布を見直すが、希望には添えなかったようでしょんぼりと肩を下げた。
「……。スマン」
「いーよ。ちょっと待ってて」
仕方なく裏の金庫から出した銅貨を数え、男に手渡す。おつりだけで男の財布がパンパンになってしまいそうだ。
「ほら、おつり」
「あぁ」
「まいどー」
そそくさと男が店を出て行く。この店に出入りしている事を知られるのがそんなにマズいのだろうか。
だが特別珍しいという訳でもない。時折この店にもそんな客が来る。大体は堕胎薬を求める若い女性だったり、催淫剤を求める男性だったりする。先程のような睡眠効果のある薬を買いに来る客もままいる。そして顔を隠すのはもっぱら貴族だ。
さっきのリラックス効果程度のお茶ならともかくとして、アレンは犯罪に関わりそうな薬を一見の客には売らない。堕胎薬も医師の紹介がなければ販売しない。あまり人目につかない場所に構えた店であるから、それを好都合と後ろ暗い客が後を絶たないが、最近は騎士が出入りしていると噂になっているので少なくなってきた方なのだ。
店も一人きりでなければ安心なのかもしれないが、こればかりは仕方が無い。アレンに家族は無いのだから。
物心ついた頃には既に父親は居なかった。アレンに良く似た容姿の母はずっと一人で我が子を育てていたけれど、アレンが十歳を迎えた頃亡くなった。それからは家族ぐるみで付き合いのあった一家がアレンの面倒を見てくれた。その一家の一人娘がリリアだ。今でもアレンは時間があれば彼らの営んでいる食堂に足を運んでいる。いつも御代は要らないと言ってくれるがきちんと支払っている。親代わりになってくれた彼らに対するアレンなりの感謝の示し方なのだ。
「今日は食べに行くかな……」
本日最後の客が出て行った店のドアに鍵をかけ、店内の片づけを済ませる。作業着代わりにしているシャツとエプロンを着替えて、裏口から馴染みの食堂へと向かった。