5.紳士とファンクラブ
「こんにちは」
「いらっしゃい」
アレンの予想通り、再び騎士が顔を見せたのはヤナが来てから五日後だった。四度目になるがまた知らない顔だ。騎士団には暇な者が多いらしい。そんな失礼なアレンの考えなど知らず、今日の騎士はにこやかに声をかけてきた。長めに伸びた栗色の髪に琥珀色の目。騎士にしては珍しく物腰の柔らかな人だ。
「君がアレンさん?」
「そうだけど?」
「失礼。私はビートといいます。ドルマン医師の使いで参りました」
「あっそ。で、今日は何がいんの?」
「こちらのリストのものをお願いします」
「はいはい」
たかがお使いで律儀に名乗る所からして、恐らく育ちが良いのだろう。今日は平和に過ごせそうだ。幼馴染の襲撃が無ければの話だが。
今日は何かな、とリストに目を落とす。いつもなら何も言わずに要望通りの薬を手に取る所だが、作業の手は休めずにアレンは騎士に声をかけた。
「なぁ」
「はい?」
「もしかして、誰か不眠症のヤツでもいんの?」
別に答えが帰ってこなくても良いぐらいのつもりで質問を投げかける。すると少し遅れて騎士が口を開いた。
「……。何故です?」
「リストに毎回睡眠薬が入ってる」
「あぁ。なるほど」
「別に答えなくてもいいけどさ。
頭痛薬や腹下しの薬、切り傷や火傷の薬など、ドルマン医師が求める薬の中身は毎度様々だ。中には同じ効果を持つ薬を数種類売る事もある。だが、睡眠薬だけは種類が異なろうとも毎回リストに載っていた。だから気になった。その程度の好奇心だ。別にアレンは医者じゃないし、無理に聞きだすつもりはない。
予想通り、その騎士は申し訳なさそうに眉を下げた。
「すいません。私の一存ではお答えしかねます。機会があれば医師へお尋ねください」
「単なる好奇心だからそこまでして聞く気はないよ。ホラ、今日の分」
おしゃべりの間にすっかり準備を終えて、紙袋を渡す。リストと中身を確認していた騎士は一つの袋を取り出し、首を傾げた。
「あの、これは?」
小袋を開ければ、入っていたのは乾燥した白い花弁と葉。リストには無い品だ。
「リラックス効果のあるお茶だよ。ミルネの葉と花のブレンド。薬ばかりに頼ると自力で眠れなくなるからね。これ飲んでみろって言っといて。余りものだから御代はいらない」
彼に渡したのが余りなのは本当だ。ハーブティーやブレンドティーは三百グラムから販売しているが、それに満たない端数分が余っていただけ。そもそもアレンは顔も知らない相手に無償でおせっかいを焼くような性格ではない。
「…………」
しばらくお茶を眺めていた騎士に、アレンは皮肉を篭めた言葉を投げた。
「毒見が必要なら今此処で飲んでやるけど?」
「あ、いえ……。毒見は必要ありません。ありがとうございます」
「効果があったら次からは買ってくれよな」
「えぇ。必ず」
最後まで紳士的な態度で栗毛の騎士は店を出て行った。最後のは余計なお世話かもしれないが、ドルマンが常連になりつつあるのには変わりないのだし、多少色をつけても損は無いだろう。
「…………?」
数分経ってアレンは違和感に気がついた。そういえば、いつもなら必ず入れ違いで店に入ってくるリリアの姿が無い。不思議に思って店のドアを開けると、ドア横にしゃがみこんで悶絶しているらしい彼女の姿があった。
「……おまえ、何やってんの?」
「アレン~~~~!!」
「うわっ!!」
立ち上がったかと思うと、今度はぎゅーぎゅーに抱きしめられる。一体何事かと混乱するアレンの肩に顔を埋め、リリアは思いのたけをぶつけた。
「もう私死んでもいい~~!!」
「はぁ??」
「憧れのビート様をこんな間近で見れるなんて幸せ~~~!!!」
どうやら今日一人で来ていた栗毛の騎士のことらしい。やっぱりリリアはリリアだった。どうでもいいけど、恒例になってきたので一応聞いておく。
「……あれの順位は?」
「ナンバー2よ!!」
一番最初に来た赤毛の上司シグレイが3位、次の失礼な顎鬚男ロイヤードが5位、根暗無口なヤナが4位、そして今日の栗毛紳士ビートが2位。人気のある奴らはどいつもこいつも暇らしい。なら、次に来るのが1位なのか?
「因みにナンバー1って誰?」
「ユファニール殿下に決まってるじゃない!」
「あぁ、成る程な……」
ユファニールはこの国の王位継承権第一位の王子殿下だ。今年二十一になるがまだ婚約者もいない一人身である。ならば『王都でお婿さんにしたい人』ナンバーワンになるのも納得だ。まぁ、街娘が夢見るのは自由なのだし。それに殿下が1位なら、此処に来る事は天地がひっくり返ってもありえないだろう。
「あぁ! さっそくこの感動を皆にも伝えなくちゃ!」
「皆って?」
「ファンクラブの皆よ!! じゃ、私行ってくる!!」
「そんなもんあったのか……」
キラキラした笑顔で手を振り、嵐のごとくあっと言う間に行ってしまった。リリアの報告を聞いて街娘達が狂喜乱舞するのだろうか。全くもって見たくない乙女の裏の顔である。