2.馬鹿とおっかけ
またもやアレンの知らない男が店を訪れたのはあれから二週間後の事だ。身につけているのはアレンも見たことのある簡易の騎士の鎧と剣。貴族の子息なのだろう。騎士のクセにやけにバッチリ整えましたと言わんばかりの髪型をした若い男は店に入るなり顔をゆがめた。
「らっしゃーい」
「……なんだその態度は」
「は?」
カウンターの裏側で乾燥させた葉を煎じていたアレンは手を止めて顔を上げた。見れば知らない顔がこちらを見下ろしている。作業をしながら出迎えたアレンが気に食わないのか、騎士の男は用件も言わずに言葉を続ける。
「この店は客に対して愛想笑いも出来ないのか」
「つーか、あんた何の用? 説教しに来たなら帰ってくんない?」
「ガキが! 口の聞き方に気をつけろ!」
乱暴な足取りで近付き、脅すようにカウンターに拳を振り下ろす。衝撃で並べられた薬の瓶が揺れ、ガチャンと音を立てた。それらが割れない事を横目で確認し、アレンは半目で男を見る。これでもし割れていたら瓶と入っていた薬の代金を弁償させる所だ。
「ハッ、騎士なんて言ったってその辺のゴロツキと代わりないんだな」
「なんだと!!」
余程プライドが高いのか。カッと顔を赤くした男が更に口を開こうとした所で再び店のドアが開いた。入って来たのはまたもや騎士。恐らくこの男の連れだろう。
(めんどくせぇなぁ……)
馬鹿が二人に増えた。そう思ったアレンの予想とは裏腹に、後から入ってきた騎士は同僚の男を諌めた。
「おい、何をもめている」
「あ……」
「荷を受け取るだけでどれだけ時間がかかってるんだ」
「あの、……申し訳ありません」
予想はしていたが、彼らはドルマン医師の使いだった。直接買い付けに来る事が出来ない時はお使いを頼むと言っていたが、まさか騎士をよこすとは。
アレンは男からメモ書きを受け取り、手早く薬を用意して精算を済ませた。とっとと出て行けと心の中で思いながら、薬の入った紙袋をカウンターに置く。それを乱暴に掴み、ちっと舌打ちして騎士の男は店を出ていった。
だが、何故かもう一人の騎士は後には続かず、ドアの前でこちらを一度振り返る。よく見れば先程の騎士より若干歳若い。彼も貴族の子息なのだろう。赤茶の髪に上品な顔立ちをしていた。
「うちの者が迷惑をかけてすまなかった」
「はっ、まったくだぜ。医者のオッサンに言っとけよ。今度馬鹿が絡むようなことがあったら取引の話はなしだ。営業妨害は困るんでね」
「伝えておこう。では失礼する」
アレンはその背中にべっと舌を出して見送った。若くとも彼はさっきの馬鹿より立場が上のようだから、同じ男がお使いに来る事はもう無いだろう。
やっと静かになった。そう思って薬作りを再開しようとした所でバンッとドアが開く。飛び込んできたのはアレンと同い年の少女。
「ちょっとアレン!! 今の! 今の!!!」
「なんだよ。リリア、やかましいなぁ」
カウンターから身を乗り出しているのはアレンの幼馴染だ。この薬屋から程近い通りに店を構える食堂の一人娘で、いつも休憩時間にアレンの店を覗きに来てはおしゃべりして帰っていく。今日も愚痴や街の噂話でもしにきたのかと思いきや、この興奮状態を見るとどうやら違うようだ。リリアは空色の目を輝かせ、頬を赤く染めている。
「なんだじゃないわよ! 今の赤毛の人シグレイ=ヒューメット様じゃないの!?」
「シグレイ? さぁ、知らねぇけど」
「もう!! シグレイ様と言えば今王都でお婿さんにしたい人ナンバー3じゃないの!」
「だから知らないって……」
そっけないアレンの態度も気にならないのか、両手を頬に当て、リリアはうっとりと話を続ける。
「あぁ。素敵だったわぁ。あのクールなお顔に細マッチョな体。近衛騎士団に所属している出世コースでおまけにヒューメット侯爵の三男坊」
「あー、なるほど。イケメンな上に将来安泰なわけだ」
「そうなのよ! その超有望株様が何故ここに!!」
「何故って、お前此処を何処だと思ってんだ」
呆れて問えば、リリアはきょとんと首を傾げる。
「え? アレンのお家」
「馬鹿。薬屋だ。薬屋には薬を買いに来たに決まってんだろうが」
「え! じゃあじゃあまたシグレイ様がここにいらっしゃるかもしれないってこと?」
「は? なんでそうなる?」
「だって! アレンの薬はどこのお店よりも効くって評判だもの! 常連客になること間違い無しじゃない」
「お前……」
なんだ、たまには良いこと言うじゃないか。そう思ったが、彼女の次の言葉にアレンは顔をしかめた。
「ねぇ、アレン」
「あ?」
「私に店番やらせてくれない?」
「帰れ」
えーっ!!と喚く幼馴染を容赦なく店からたたき出す。明るい性格にぱっちりとした空色の瞳。チョコレートブラウンの髪を二つに分けて括っている彼女は近所でも評判の看板娘だ。黙っていればそれなりに可愛いものの、口を開けばミーハーなおっかけ体質。非常に残念である。