19.遅れた成人の祝い
季節が二度変わり、アレンの住む王都は冬を迎えていた。澄んだ空気が冷たい風を呼び、薬屋の裏山も土が凍り始めている。あと二週間も経てば霜が下りるだろう。薬草が取れなくなるので、その頃にはアレンの仕事にも暇が出来る。
あれからアレンは変わらずマイペースに毎日を過ごしていた。ドルマン医師の方も薬の種類と量が定まり、現在仕入れは月に一度になっている。薬屋に来るのもほとんどが下っ端の騎士や医師見習いになり、以前来ていた有名な騎士達が顔を出すのはほんの稀になった。当然王室の人間から王城に招待されるなんて事も、誘拐事件に関わるなんてこともない。お陰でアレンの周囲はすっかり落ち着いていた。
さて、最近の日々はそんな風だったけれど、今日だけは街も人々も少し浮ついている。何故なら久しぶりに諸外国からお客が招かれ、王城で夜会が開かれるからだ。昼間はお客を乗せた豪華な馬車が通れば見物人が通りに溢れ、それを目当てに商店街では客の呼び込みが始まる。そうして賑やかな午後が過ぎて、日が暮れた夕方。
夜会の為にいつもよりも沢山の灯りが焚かれ、王城も城下も優しい光で溢れている。こんな日は街の人々も家族や友人・恋人と夜まで賑やかに過ごすのが通例で、アレンも必ずリリアの食堂に来るよう言われている。閉店準備を終えたアレンは、表と裏の出入口に鍵をかけて通りに出た。
夜になっても人通りの多い道を進む。ふと人々が見上げている方向に自分も目を向けた。それは夜空の月よりも明るく輝く王城。あの中では身分の高い王室貴族や色とりどりのドレスを着た美しい女性達が豪華な食事を前にダンスを踊ったりするのだろう。想像もつかない華やかな光景はアレンにとってどこよりも遠い場所だ。
「…………」
同時に思い出した面影を振り払うように顔を背ける。人より寒さに強いアレンだけれど、肌寒さを感じて腕をさすりながら食堂へと急いだ。
「あ、来た来た」
「あれ……? 客は?」
いつもなら沢山のお客で埋まっている人気の食堂。特に今日なら深夜までお客が途切れなくてもおかしくはない。けれど居るのは昔からお世話になっているリリアの家族だけで、それなのに何故か食堂の中央には沢山のご馳走が用意されていた。
「ほーら、こっちこっち」
ご機嫌な様子のリリアに背中を押され、豪華な食事の並ぶテーブルに案内される。お誕生日席に座らされると、リリアの両親もやってきて四人で席に着いた。
「それじゃあ食べようか」
「いや……、親父さん。今日はどうしたんだよ? これ」
訳が分からず首を傾げるアレンの質問に、夫婦は顔を合わせて微笑む。
「実はなアレン。今日はお前の成人の儀をしようと思っているんだ」
「成人の儀……?」
「早くに両親が亡くなって、12の時には出来なかっただろう?」
16歳で成人とみなされる人間とは違い、エルフには独特の習慣がある。子供の頃にはあらゆる厄災から護る為に幼名で呼び、12歳に行う成人の儀で成名を親から貰う。けれど10歳の時に母も亡くしたアレンは成人の儀を行っていなかった。だから幼名であるアレンのままそれが周囲にも定着してしまい、そのままずるずると今まで来てしまったのだ。リリアの両親がアレンの母から成名を知らされていたので、現在アレンの本名を知っているのはこの一家だけとなってしまった。
性別の違いをそれほど重視しないエルフにとって、女の子にアレンという名前をつける事に違和感はない。けれど周囲の人々はその名前と中性的な外見からずっとアレンを男扱いしてきた。言えばアレンは否定するだろうが、彼女が女性的な格好や振る舞いをしないのは、それが原因ではないかとリリアの両親は思っている。
アレンもいつかは恋人を見つけ、夫婦となって新たな家族を作るだろう。だから、“今”成人の儀を行ってアレンをアイレーンにしてあげたいと思ったのだ。
「あ、ありがとう……」
本当の家族のような温かさに照れているのかほんの少し頬を染めたアレンが夜会の料理にも負けない、美味しそうな品々に目を落とす。そんなアレンを見守る三人はそれぞれに笑顔を見せて、アレンの好きなワインで乾杯をした。




