16.ダークエルフの微笑み
アレンは今馬車の荷台に積まれている。乗っているのではない。読んで字のごとく、積まれているのである。
今朝、アレンはいつもの通り開店準備をしていた。店内を掃除して商品を陳列して。裏庭で育てている薬草畑に水を撒こうと裏口の鍵を開けたその瞬間、知らない男達が突然店に押し入りアレンを押さえつけてきた。アレン一人に対して男は二人。多勢に無勢で抵抗する間もなく薬を嗅がされ、馬車に積まれてしまったのだ。嗅がされたのは匂いから判断して麻酔の類だろう。だが匂いで直ぐに麻酔だと気付いたアレンが、それを簡単に吸い込む筈がない。だから今まで気絶したフリをしていた。その理由は単純。あの場で抵抗するよりも敵を油断させ、隙を突きやすいから。
(さて……)
狭い木箱の間に押し込まれていた体を腹筋に力を入れて起こす。馬車がガタガタ音を立てて街道を走っているので、多少の物音がした所で問題はない。そのままアレンは御者台に座る犯人二人の会話に耳を澄ませた。
「……報酬はガキの受け渡しと交換か?」
「いや、消せと言われてる。どうせなら売り飛ばした方が得だろ」
「確かにな。ならカーチスの所へ連れて行くか」
「しかしダークエルフって売れるのか?」
「珍しいから売れるさ。しっかし、貴族ってのはどうしてこう悪知恵が働くかねぇ。王子様のお気に入りが邪魔だからって誘拐とはな」
「ははっ。違いねぇ。ま、お陰で俺達の懐が温まるんだ。お貴族さまさまだな」
(……なるほどねぇ)
すっかり仕事が成功したと思っている男達は浮かれているのか口が軽い。つまり、主犯はユファニール王子に自分の血縁を嫁がせたいと思っている貴族。どこかで王子がアレンを食事に招いた事が漏れたのだろう。今まさに結婚適齢期の王族が異性と個人的に会っているとなれば、王子がアレンに気があると勘違いしてもおかしくは無い。
(あんの馬鹿王子。面倒なことに巻き込みやがって!)
だが、あの日の真相はただのハーブティーのお礼。恋人との逢瀬でもなんでもない。
それから一時間程して馬車が止まった。目的地に着いたのだろうか。荷車の幌が外から開かれる。その隙間から入ってきた光にアレンは目を細めた。
「!! 起きてたのか!?」
アレンが目を覚ましていた事に驚いた男の目が素早く手足の縄を見る。解かれていない事を確認して安堵したのか、すぐにその表情に余裕が戻った。その後ろから仲間の男も顔を出す。
無防備に顔を揃えた二人にアレンは冷たく言い放った。
「馬鹿だな。お前ら」
「何だと?」
「オレのこと、ダークエルフだって知ってるくせに。全然分かってない」
「何を……」
アレンが男達に向かって口角を上げる。普段人前で見せないその表情は、微笑み。笑い方を忘れていないか心配になったけれど、自分の頬の筋肉は滑らかに動いてくれた。




