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12.王子様のひとりごと

 

「よくお分かりになりましたね」


 アレンが出て行った扉を見送りながら、ビートがユファニール王子の傍に寄った。騎士団の中では一番自分がアレンと接触しているが、ダークエルフである事も女性である事もまるで分からなかったのだ。


「女性が見抜けぬとは。ビートもまだまだだな」

「だって彼、いや、彼女は顔も体も中性的な容貌ですし……」

「エルフは森と共に生きる種族だからな。寿命も長く、本来森と共に生きて死ぬことが全てあって、人間や動物のように子孫繁栄が種の目的ではない。だから性的特徴に乏しいのだと本で読んだことがある」

「つまり性的魅力をアピールして相手を見つけ、生殖活動にいそしむ必要がないと?」

「まぁ、そういう事だ。逆に人間は性欲が本能であるから男はより女らしい、女はより男らしい体型に惹かれる」

「ならば何故殿下は彼女が女性だと分かったのです?」


 問われて、初めて会った日のことを思い出す。真っ先に目を奪われたのは彼女のまっすぐな瞳。そして……


「そうだな。確信したのは手だな。アレンは仕事をしている手をしていたが、手の使い方や形が女性のものだった」

「……プレイボーイな発言ありがとうございます」


 女性を熟知している発言に、ビートが茶化すように言葉を返す。やはりそんな称され方は不満だったようで、ユファニールは心外だとばかりに顔をしかめた。


「馬鹿言え。俺を夜毎女漁りしているどこかのアホ貴族と一緒にするな。それにシグレイとヤナは気付いていたぞ」

「え!? 嘘でしょう! シグレイはともかくあの朴念仁が!!」


 シグレイは侯爵家の子息。平民上がりの騎士よりも余程女性の扱いに長けているだろう。けれどヤナは全く真逆の人間だ。普段から異性になど興味も示さず、同僚達の下世話な話にも耳一つ貸さないような男である。

 驚きのあまり大きな声になるビートに、仕返しだとばかりにユファニールは口の端を吊り上げた。


「その朴念仁よりもお前は女性の扱いに長けていないという事だな」

「そんな馬鹿な……」

「全く。何の為に優秀な騎士を選抜してあの店に行かせたと思ってるんだ」

「…………。申し訳ございません」


 王族に処方される薬を扱うならば、当然その店は徹底的に、そして秘密裏に調査される。そこで騎士団からえり抜きの人材がお使いと称して通っていたのだ。騎士達からは毎回調査報告書がユファニールとドルマンの下に提出されていたが、正確に店主の性別を記載していたのはシグレイとヤナの二人だけだった。

 ユファニールがお忍びで店に行く気になったのも、報告書の矛盾が気になったのが最初のきっかけだ。


「それに、最初からアレンがエルフだと知っていなければ、この食事が間に合う筈がないとは思わなかったのか?」

「……確かに」


 アレンの為に用意された野菜のみのコース。残念ながらメインディッシュまで味わってもらうことは出来なかったが、当然キッチンには全てサーブできる状態になっている。第一王子の客人を持成す為の料理だ。当然急なメニュー変更など間に合う筈がない。


「つまり私がメイドに伝える前に、既にシェフ達にはこのメニューを出せるよう殿下から指示が出ていたのですね……」

「当然だな。更に言うなら、恐らくアレンはその事に気付いていた」

「えぇ!? 本当ですか!!」

「だからこそ、私があの時の客だと確信できたのだろう。彼女は頭の回転が速い」


 意志が強く、頭が良い。だからこそユファニールの言葉に動揺する彼女は彼の目に可愛らしく映った。もっと彼女と話がしたかった、と本気で思う。


「はぁ、なんと申しますか……。完敗です」

「騎士としては優秀なんだが、お前は今ひとつ詰めが甘いな」

「……返す言葉もございません」

「罰として、街頭アンケート結果を調べて来い」

「はい? アンケート?」

「知らないのか? 城下では『お婿さんにしたい男性』をランキング付けしているらしいぞ」

「初耳です……。殿下はそれがご所望で?」

「そうだ。あ、言っておくが一位は私だからな」

「そりゃそうでしょうとも……」


 軽口を叩きながら、ユファニールは残った料理を口にする。彼女が目の前に座っていたらもっと楽しい食事になっただろうに。ついついアンケートの話題が出て、いじわるを言ってみたくなった。


(私もまだまだ未熟だな)


 アレンはユファニールを三十路手前と思っていたが、実際はまだ二十二の若者だ。第一王子としての責を背負ってきた分、同世代の若者達よりも成熟して見えるのだろう。

 気になる異性がいれば、街の若者達は必死のアピールをするのだろうが、残念ながらユファニールは自由な恋愛が出来る立場ではない。無理を言うなり、また城下へお忍びで通えばアレンに会う事は出来る。だが彼に出来るのはそこまで。それ以上は望むべくもない。

 直ぐにでも思い出せるアレンの姿は鮮やかで眩しく、だからこそ余計に執務室に詰まれた絵画の山がユファニールにとっては日々の書類の束よりも重苦しく思えた。

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