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11.王子様のゆううつ?

 

「最近、私の周りで貴族達が煩くてね」


 洗練された料理を目の前に手を付けず、ユファニール王子は溜息をつく。


「なんで?」

「一刻も早く妃を娶れとさ。自分の娘や親戚筋の娘を勧めてくるんだ。お陰で執務室はいつも彼女達の絵で一杯だよ」


 権力者としてはよくある類の話だと思う。アレンの頭にも容易に置き場の無い絵画の山が思い浮かぶ。けれど他人にとってはよくある話、で済む事も彼にとっては現実。仕事も忙しいだろうに、絵画を一枚一枚確認する為に時間を割くなんて無駄な事だ。

 アレンは前菜のサラダを口に放り込みながら顔をしかめる。


「絵なんてどーせ鼻高くしたり、胸でっかくしてるに決まってるのにな」

「ははっ。全くだ。どうもその辺のごたごたがストレスになってるみたいでね」

「ふーん。王子は恋人とかいないのか?」

「いないね。さして今まで興味も無かったしな」


 結婚に興味のない王子と相手にされない貴族の娘。このままでは一向に彼に悩みは解決されないだろう。

 その時ふと、アレンの頭に幼馴染の顔が浮かんだ。


「街は王子と結婚したい女達で溢れてんのにな」

「え?」

「知らないのか? 王子って、街頭アンケートでお婿さんにしたい男ナンバー1なんだって」


 街の娘達が勝手に行ったアンケートなど当然知らなかったのだろう。王子がきょとんとアレンを見返す。気を抜いたその顔は年相応に見えた。


「ははっ。そんなアンケートがあったとは初耳だ」


 目を細めて王子が笑う。それだけで空気が華やぐから不思議だ。彼の瞳に宿るアレンには無い色。それが輝きを取り戻して、美しい庭よりも人の目を惹く。


「ま、王子がその気になった時に色々会ってみりゃいいんじゃねーの?」


 結婚はタイミングだとも聞くし、その気がない時に無理に話を進めても、結局その先で上手くはいかなくなるだろう。

 会話の合間を見計らって、侍女達が運んできたのは豆のクロスティーニ。アレンの皿は本当に野菜だけのメニューだ。王子の皿の方にはエビも使われていた。

 侍女達が下がると、手を止めた王子が真っ直ぐにアレンを見る。


「……君は?」

「ん?」

「君は、そのアンケートに誰の名前を挙げたんだい?」

「は?」


 アレンは言うべき言葉を失う。いや、正確にはなんと返すべきか迷っていた。

 これまで彼と交わした会話が次々と頭を過ぎる。けれどユファニール王子がアレンに(・・・・)この質問をする理由には思い至らない。

 混乱するアレンをじっと王子が見つめている。このまま答えること自体を回避するのは難しそうだ。


「…………」

「いや、オレは……」


 彼の目から逃げるようにテーブルの上に置いていた手が勝手に引っ込む。けれど王子の口は止まらない。


「君は私に興味ない?」

「あ、あんた……」

「君が女の子である事ぐらい気づいていたよ。最初に(・・・)ひと目見た時からね」


 華やかだと思っていた彼の笑みが、艶を含み始める。怖い訳ではない。けれどぞっとした。まだアレンの口からはまともな言葉が出てこない。驚きで見開かれた銀色の瞳に見つめられながら、彼は言葉を続ける。


「ヨゼフは君の微笑みに<魅了>の効果があると言っていたけれど、私は君の真っ直ぐな瞳だけで十分魅了されてしまったけどな」

「なっ……」

「アレンはあだ名? エルフならば幼名かな? どちらでも構わないけれど、君は私の事を男として見る事はできない?」


 一つの事実に思い当たって、アレンは咄嗟に席を立つ。今のアレンに出来る事は、ただここから逃げる事だけ。


「オ、オレ帰る!!」

「待って」

「!!」


 身軽な動きで目の前から消えようとしていたアレンの手を、ユファニール王子はすかさず捕らえる。まるでアレンがこうする事を分かっていたかのように。そして、戸惑う瞳が自分を見ている事を確かめながら、アレンの手に口付けを落とした。


「……茶を買いに店まで来たのはアンタだったんだな」

「気付いてくれたのか。嬉しいよ」


 ある日アレンの店に来た、買い物慣れしていない砂マントの男。あれはドルマン医師に街外れの薬師のことを聞いたユファニールのお忍びの姿だったのだ。アレンが渡した量は少量だったが、不眠に悩むユファニールを自然な眠りにいざなってくれた。次にドルマンが買い付けに行くまで待っていられてなかったのと、王子が自分の目でそれを調合した薬師を見てみたかったのとで、黙って城を抜け出たらしい。

 そこで一目見てアレンがダークエルフの女性だと分かったのだという。


「も、もう帰るから!!!」


 それ以上は聞いていられなくて、アレンは握られた手を引き抜いた。これ以上留めておくのは難しいと分かったのか、ユファニールもあっさりと手を放す。


「またね。アレン」


 無礼を承知でサロンを駆け抜けたアレンだったけれど、背中から追いかけてきた彼の甘いその声は帰りの馬車の中でもずっと耳から離れてくれなかった。

 

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