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10.現れたナンバーワン

 

 改めて彼はアレンに向き直った。


「非礼をわびよう。薬師アレン」

「…………」

「君が何者であろうと私が礼を尽くさなくてはいけない相手である事に代わりは無い」


 そう言って彼はアレンの手を取る。壊れ物を扱うような優しさで彼の手に包まれ、アレンは思わず狼狽した。


「べ、別にオレは……」

「君のお陰で助かっている。ありがとう」

「礼がしたいならこれから茶の代金を払ってくれればそれでいい」

「あぁ。そうしよう。だが、今日はそれ以外の方法で礼をしたいと思って君を呼んだ。もう少し私に付き合ってくれないか」


 表情は穏やかだが、彼に引く気は毛頭無いようだ。表向きは強引に見えずとも、相手を自分の要望通りに導くその手腕に人の上に立つ者の実力を垣間見た気がする。渋々アレンは頷いた。


「では用意を」

「畏まりました。殿下」


 ビートが恭しく頭を下げてサロンを出る。だが、その言葉を聞いてアレンは唖然と目の前の男を見返した。


「どうかしたかい?」

「……でんか?」


 あぁ、と彼は納得したように一つ頷く。


「すっかり名乗るのを忘れていたな。私はユファニール。よろしく、アレン」


 ユファニール。つまりこの国の第一王子。


(とうとうナンバー1が出てきたよ、オイ……)


 そんな場違いなことを考えている間に、一人の男性がサロンに入ってきた。癖のある黒髪に白い肌。アレンの店と契約を結んだドルマン医師だ。


「失礼致します」

「よく来たな。ドルマン」

「あ、おっさん」

「やぁ。アレン殿。いつも世話になっているね。君の薬は効果が高くて助かっているよ」

「まぁ、それが仕事だし」

「専属として欲しいぐらいだよ」


 薬師としては最高の褒め言葉だろう。けれどドルマンの言葉にアレンは顔を雲らせた。


「やめとけよ」

「ん?」

「オレがこんな所に深入りしたら、余計な厄介ごとが増えるだけだ」

「…………」


 ユファニール王子とドルマンが互いに目を見合わせる。アレンの抱える心の闇が見えた気がして、王子は小さく首を横に振った。彼の意図を汲んだドルマンもこの件に関してそれ以上は何も言わなかった。

 サロンのソファに移動し、しばらくドルマンとアレンが薬の種類やその効能について話をしていると、いつの間にか戻ってきていたビートが王子に一つ頷いた。それをきっかけにユファニール王子がソファから立ち上がる。


「さぁ、話はこれくらいにしてテラスに行こう。食事の用意が出来たそうだ」

「食事?」

「あぁ。エルフなら肉や魚は食べないのかな?」

「うん。オレは野菜だけでいい」

「分かった」


 その場でドルマンとは別れを告げ、二人はテラスに移動する。ビートは侍女達に食事の指示を出してから、二人の邪魔にならない位置に立った。

 テラスから望める庭は眩しいほど美しい光景だった。高い陽の光に照らされ、生き生きとした緑を主として夏の花が咲いている。ここが王子の離宮であるからか、女性よりも男性が好みそうな色合いで纏められていた。奥には小川も流れていて、涼しげな音が聞こえてくる。

 案内されたテーブルには清潔なテーブルクロスの上に美しい食器が並べられていた。自然な動作でユファニール王子が椅子を引く。自分が座るのかと思ったら、彼はアレンを待っていた。どうやらそこに座ればいいらしい。今日はアレンが客とは言え、王子が椅子なんか引くものだろうか。内心首を傾げつつ、お礼を言って席に着く。


「酒は飲めるかい?」

「うん」

「そうか、良かった」


 控えていた侍女達がグラスに食前酒を注ぐ。王子の言葉で乾杯をしてそれに口をつけた。甘い果実酒だ。それを味わいながら、アレンは機嫌の良さそうなユファニール王子の様子を窺う。顔色は悪くないようだ。


「あんたは……」

「なんだい?」

「最近眠れているのか?」


 アレンが心配してくれた事が分かったのか、王子は嬉しそうに笑う。


「あぁ。おかげさまでね」

「眠れない原因は心因性だろ? 今は茶の効果があっても、原因を取り除かなくちゃ解決した事にはならないぞ」


 睡眠薬を必要としていたのが王子だと分かって、アレンは納得した。不眠症の原因の多くはストレス過多だ。彼のような立場の者ならば、様々なプレッシャーを抱えているのだろう。

 その考えを肯定するようにユファニール王子は苦笑した。確か彼の歳はまだ三十には達していない筈だが、その表情には若者らしくない疲れが見える。


「……あぁ、全く君の言う通りだ」

「…………」


 金色の髪に色を添える碧眼。王子という位置に相応しい華やかな容姿。彼が微笑めば<魅了>の術など使わなくても沢山の女性達が虜になるのだろう。アレンとはまるで違う、恵まれた人だ。それなのに、今の彼は少しも幸せそうではない。

 それに比べ、アレンは正体を知られれば多くの人から疎まれる存在だ。それでもあの小さな店で働き日々を過ごすアレンは、笑う事ができなくても十分幸せを感じているというのに。

 

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