1.アレンの薬屋
今日も活気溢れる王都の外れ。西の森のギリギリ手前には小さな青い屋根の店がある。ここは若い薬師が営んでいる薬屋だ。若くとも腕の良い薬師が作る薬はよく効くとご近所では評判で、知る人ぞ知る名店となっている。けれどそこで働いているのは薬師一人だけ。自分が食べていけるだけの範囲で商いを行っているから、店を訪れるのはもっぱらご近所の顔見知りだ。
空も森も夏の様相に変わりつつあったこの日、そんな薬師アレンの店のドアを開けたのは、珍しくも店主の見知らぬ顔だった。
「……いらいっしゃい」
「やぁ、こんにちは。君がここの薬師かい?」
「そうだけど?」
人当たりの良い顔でにっこりと笑ったのは四十歳ぐらいの中年男性。ウェーブのかかった短髪と眼鏡ごしに見える瞳は黒。肌は白く、この年頃の男性にしては珍しく髭をたくわえていないからか清潔な印象がある。
一方、出迎えた店主アレンは彼とは正反対の色をしている。小柄な体は小麦色、耳を覆う真っ直ぐ伸びた長めの髪と切れ長の瞳は銀色だ。自分より年上のお客相手でも笑顔一つなく乱暴な言葉遣いなのは生来のくせのようなもので、機嫌が悪いわけでも歓迎してないわけでもない。
初めて訪れた店だけれど、前もってこの店や店主の評判について街の人から話を聞いていた男は気分を害することなく話を進めた。
「実は今日、お願いがあって此処に来たんだ」
「薬を買いに来たんじゃなくて?」
「勿論それが目的だよ。ただ、定期的に買いたいと思っていてね」
「ふーん。あんた医者?」
薬を定期的に購入したいとなれば、医者以外にはありえないだろう。男を上から下まで見直すと、彼の持っていた黒皮の鞄に見知った紋章を見つけてアレンは眉根を寄せた。
「あんた、城の関係者?」
「王室付きの医師をしているドルマンだ。よろしく」
大きな手が目の前に差し出される。けれどアレンは見向きもしない。すげない態度に苦笑して、ドルマンは手を引っ込めた。
「要人の治療に使う薬をこんな店で調達していいのか?」
「君の腕については信用しているよ」
「はぁ? 何知ったようなこと……」
「サーダル医師を知っているだろう?」
「あぁ。あんた、あのジーさんの知り合い?」
「彼は私の師だよ」
六十を過ぎても現役の医師サーダルはこの店の常連である街医者だ。知っている名前が出たからか、それまで品定めするように鋭かったアレンの目線も緩む。
「久しぶりに挨拶に行ったら、良い薬師がいると聞いてね。何度かここの薬を試してみて、良ければ契約を結びたい」
「掛売り?」
「いや、そちらの都合に任せる」
「…………」
薬屋は当然必要としてくれる人がいなければ商売が成り立たない。季節によって流行る病も違うし、もとより病や怪我など無い方が良いのだから収入は安定しないのがこの商売だ。王室御用達となれば店の評判も上がるし、王室の医者なら値の張る薬も買ってくれるだろう。彼と契約を結べば良い事づくしなのは間違いない。だが、アレンには二つ返事で受け入れることが出来ない事情がある。
「ありがたい話だけど、この店はオレ一人でやってるんだ。量は作れないし、店を空けられないから納品にも行けない。それと王族が使うからって他の客より優先することもしない。それでも良ければどうぞ?」
挑戦的な銀色の目がドルマンに向けられる。歳は二十ぐらいだろうか。一見すれば生意気と取られそうな表情も、アレン一人で店と客を護る為だと思えば好感が持てる。何よりドルマン自身がこの短いやり取りの中で彼を気に入っていた。師から聞かされた前評判による贔屓を多いに含んでいるだろうが。
「分った。その条件を飲もう」
「…………」
一も二もなく頷けば、アレンが驚きで目を見開いた。王室を優先しないなど通常ではありえない。断られると思っていた筈だ。彼の虚を衝くことが出来たドルマンは若干の満足感を得る事ができた。
「ちょっと店の中を見せてもらうよ」
「……どーぞ」
小さな店内には所狭しとアレンが煎じた薬やハーブティーなどが綺麗に並べられている。これだけの量を作れるだけでも薬師としての腕の確かさを覗えた。
薬と今後についていくつか質問をし、結局ドルマンは十数種類ほどを少量ずつ購入して店を後にしたのだった。