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どうすればいいの?

 目を開いて映るのは、テレビの光に照らされた白い顔だった。美しい少女を寝ぼけた頭で認識してぎょっとし、思わず跳ね起きる。場違いに響くバラエティーの笑い声。こちらの動きに反応したのか赤い瞳が姿を現して、じぃっとまっすぐに視線を合わす。

 やっと眠る前のことを思い出して、テレビ以外の光源がない部屋の中を知覚しすっかり夜になったことを知った。

「お、はよう……リッカちゃん」

 言われた通りに炬燵に足をつっこんで寝ていたのであろう彼女は、髪を乱すでもなく寝ぼけた様子もなく、相変わらず言葉を発しないでこちらを見ている。対して俺は鏡を見なくても触れれば分かるほど寝癖がついた髪を撫でながら、こらえきれないあくびを漏らした。

 すると、なぜか彼女は閉じたままの唇に手をやり間近にいる俺に分かるほど強く息を吹きかけた。寒いのだろうかと思いその手を取ると、抱きしめた時よりは温かいような気がして内心首をかしげる。

 ともかく電気はつけようと炬燵から出るために身じろぎした際に触れた足はぞっとするほど冷たい。部屋の中とはいえ炬燵の中と比べたら冷たい空気にさらされた上半身と、寝ている間ずっと温められていたはずの足の温度が明らかにおかしい。

 立ち上がろうとした中途半端な格好で俺は固まっていた。

 動かない二人が見つめあったまま、俺は「気のせい」だと思うことにした。



 気を取り直して電気をつける。寝る前と変わらない光景が広がっていた。いつもなら食事をしてつまらないテレビ番組を眺めるか、小説を読むか……あるいは酒を飲んで眠るか、といったところだが常にはないたった一つのことがそれを行うのを阻害する。

 この異分子をどうにかしないことには日常は送れない。なぜ俺はあの時頷いてしまったのかなど考えるだけ無駄だが、これからどうするべきなのかは考えなければならない。


 明日からまたバイトに励むことになるが、その間この子をどうするのか。家に置いておいて、悪事を働かない保証もない。閉じ込めていいとか言われたが実際そんなことをすれば監禁だし万が一ばれた時を考えたら実行できない。大体母や兄が突然帰ってくることもあるし、どんないい訳をすればいいのか。“彼女”にするにしても俺は何も知らないしこの子も話せない状態では怪しいことこの上ないというか、高校生ぐらいの女の子に手を出したら犯罪なんじゃなかったか。どこの子かもわからないなんて言ったら……。人間じゃないっぽいし少なくとも食事は普通じゃない。もっと変な事もあるかもしれない。俺にどうにかできるのか。


 考えることが嫌いで、自分で決めることが苦手で、責任を負うことが嫌だった。悪人ではないが、嫌な奴だと自分で分かっている。親にも諦められた俺が自ら苦難の道を選ぶはずもなく、ただ楽な方に流されることにした。きっと何とかなると決めつけること。何かあったらそれはリッカやあの少年のせいにして、俺は被害者だと思うこと。



 冷凍食品のグラタンを二皿温め、食パンを二枚焼く。寝転がったままのリッカに座るよう指示してそれらを炬燵の上に並べた。昼に置いた物が邪魔で狭くなったものの美味しそうなことに変わりはなく「そっち食べていいよ」とだけ告げて自分の分に手を伸ばした。

 リッカに“食べさせた”食パンとは違いサクサク香ばしい表面ともっちりとした内部を口の中いっぱいに頬張って噛みしめる。四枚切りなんて邪道だと友人に言われたことがあるが、これこそ王道だと力いっぱい説きたい。ふわふわした生地がスープを吸った時を思う存分楽しむにはこれが一番なのだ、今日はないけど。

 パンの感触を味わっていたら、こちらが何も言っていないにも関わらず、リッカに動きがあった。驚く方がおかしいことのはずだが今までになかった自発的な行動に思わず意識を向ける。

 彼女は目の前にあるグラタンに向かって指を近づけていた。スプーンには目もくれず湯気を立て続けているそれに――細い指を迷いなくつっこんだ。

「――っなにしてんだ!」

 反射的に手首をつかんで引っ張る。指先にチーズとホワイトソースがついたままなのを見て、それを口に銜えた。本来スプーンに乗っているはずのそれを舐めとり、味がなくなってから離す。唾液に濡れた指はうっすらと赤くなっていたがそれが火傷なのか、それとも吸いついたせいなのかは判断つかなかった。

 その間リッカは相も変わらず表情を変えないでこちらを見ているだけで、熱さとか気持ち悪さを感じているようには見受けられなかった。

 何と言っていいものか迷い、結局何も言わないで手を離す。いつの間にか床に落ちていた食パンを拾って軽く息を吹きかけた後もう一度口に含んだ。先ほどまでの美味しさが損なわれたような気がして、機械的に顎を動かす。また何かやらかさないかとちらちら様子を窺っていたら、今度は食パンに手をつけ――普通に食べた。

「……え」

 小さな口に似合わず大胆なほど開いて噛みつく。パンのカスがついているのも気にせずにもぐもぐと食べている。

 ――そういえば……さっきのグラタン、普通の味だった。

 昨日と同じく“食べる”ことを促したのに、この違いは何だ? ふいに起床時の行動を思い出す。不可解だった口に手を当て息をかける行為、あれは俺があくびをした直後に行われていた。今もそうだ。「食パンを手にとって口に含む」のを見て彼女は真似したのではないだろうか。行動の意味が分かっていないから最初にグラタンへと手を伸ばした。

 ――「お願いは、この子を育てていただくことです」

 頭の中で、その台詞が響いた。

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