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武器の予

 リーダーとは、

 希望を売り続ける商人のことである。

 誰の言葉だったかな、ナポレオン・ボナパルトだったかな。

 ★


 少し昔話をしようと思う。

大池衣装おおいけいしょうが多額の金を投資して、実現させたかった今回の大会は全世界同時中継現在進行形で放映されている。規模だけに焦点を当てればオリンピックにも引けを取らないグローバルな催しである。しかし実状その中身は至極あっさりしており、彼の王位を献上する相手を決めるというものだった。

 どうやって? 

 大会は全世界で中継されている。つまりは、大会参加者以外がオーディエンスとして、あるいはスペクターとして観戦できる。それなのに、単に戦わせ、残ったものを優勝として王位を授けるだけ、その経緯を楽しんでほしいというコンセプトで通していけばいずれマンネリ化してしまい、観客も飽きるに違いない。それは目に見えていた。

「せっかく観衆・大衆が彼らの百名の戦いを見てくれているのだ。百名は百名とも違う。十人十色百人百色個性がある。さすれば自然応援したくなる参加者、いけ好かない参加者は違ってくる。なぜなら観衆・大衆もまた一個人の集積であるため、見方も変わるのだ。貴様等もお気に入りの参加者が負けてしまったら嘆くだろう。国際試合のトーナメント見ていると如実に分かる。自国が敗戦してしまうと途端に蝋燭が消えたようにしょんぼりしてしまうではないか。もしもこのまま大会を開いても同じ一途をたどるだけである。――もったいない。もったいないぞ」 

 大池は考えた末結論を出した。

「私は参加者のみならず、観客さえこの大会に巻き込んでやろうと思う」

 側近が理由を尋ねる。それは観客たちにも争ってもらうという意味なのかと。大池はかか、と哄笑。そんな危険なことを無辜に強いるは心が痛い、とかぶりを振る。

「なあに単純なこと。私が言いたいことはな、観客らに王位継承にふさわしい人物を決めるもらおうと思っただけだ。暴力だの権力だの財力だのは、時代が風化させていく。私が求めているのは脆弱な即物的なことではない。王になる資格があるものは往々にカリスマなのだ。人を惹きつける引き連れる者なのだ。そしてその君主たる人物を決めうるのは誰だ」

 大池は言い退けた。言うまでもない、と。

 かくして大池衣装プロデュース、歴史から名を借りるなら、創造城年代記の全貌、それは一般庶民に参加者百名を品定めしてもらい、王にふさわしい一名を決定してもらうという、非常に合理的な大会のことだった。

 どんな方策を実行しようと、見ている観客から指示をえられれば王になれる資質は十二分にある。逆にいくら強くて正義を振りかざしたところで支持者がいなければ王になる資格はない。

 もっと言えば、死者でさえ、名誉として王位を授与することもできる。さすがにそれは行き過ぎた解釈になってしまうが、とにかく強さ弱さの本質だけですべてをまかなうことは不可能であり、彼らの言動次第で天国でも地獄でも往来できるということになる。

 議会は満場一致で、大池の意見に拍手した。

 基本構造が出来上がったところで、早速施設の竣工が始まった。大池が資金のおおよそを工面するという形をとり、スポンサーは世界に中継をつなぐという役割をもってして、ことは順調に進んだ。その最中で大池の功績を表して、何らかのモニュメントを設置しようという話になった。大池が提案したのは、自分が怪獣が好きなのだ。絵本に出てくるような前足が短く、寸胴のようで、背中にはたくさんの突起があるような怪獣が好きなのだ。一目で分かるようなとびきりでかい怪獣のモニュメントを設置してほしい、であった。

 業者は呆気にとられた。かりそめにも時代を作り上げてきたひとりの王である。ずいぶんと豪奢な暮らしを延々と送ってきた気高き身分である。所作・作法など言うまでもなく、彼もまたカリスマだった。自己認識していたし、他己認識させていた。その男がこうも幼稚というか、小学生が考えそうなことを言うもんだから最初は気まぐれの冗談だろうと疑われたものだが、彼の意思は固く、最終的に、参加者達が宿泊するであろうホテルの外観を怪獣にするという話に落ち着いたのである。大池は喜色満面であり、時間を見つけては工事現場に立ち寄り逐一竣工状況を訊きに行くほどだった。さらに現場で彼が指揮をとることもあった。ディティールの追加も要請し、結局若干工事が長引いた末大会施設の中で一番最後に完成したのもやはりそのホテルだった。

並々ならぬこだわりを見せたわりに、大池自身に一応は大会そのものを標榜するものになるので、是非ともモニュメントに対して後世に語り継がれるような題名をつけてほしいと問われたが、彼は頑として「ホテルはホテルだ。人間が住む場所を神聖化してはならない」と言うばかりで「大怪獣ホテルにしろ」と命令・命名した。

 そんなこんなで表には当分出せないような事情を含みつつも、ようやく大会施設は完成した。それと同時に大池は、大会に招聘する参加者百名のもとへ出場要請を命じていた。断ったものはゼロ。彼のカリスマ性が有無を言わさなかった。

 さて、肝心の大会は、施設竣工記念と同時に開幕した。報道関係側は盛大なセレモニーを催してくれるに違いないと踏んでいたのだが、しかし主催者側が、セレモニー中に参加者に支障をきたすような事件の一切が起こった場合我々では対処できないという理由で、開かれることはなかった。だが事後報告で大池自身は自ら真実をこう語った。

「私は楽しいことは大好きだ。大勢でワイワイするのはとても有意義であり、当初の段階ではセレモニーの企画が無かったわけではない。言うようにこの大会に出場する参加者に必要なことはすべからくカリスマ性である。換言すると人気なのだな。知名度なのだな。――面白いことを言ってやろう。人間とは実はシンプルなわけで外側と裏側しかない。どちらも偽りは可能だが、それは己れを偽っているだけで他人にとっては偽っている本物なのだ。畢竟、相手に写る自分はすべて本物だということだ。ここで話を戻そう。セレモニーを開くのは賛成だった。顔出しをした時点で勝負は始まるのだ。セレモニーの振る舞い方でスタートの切り方は変わる。私は別にみんな平等な位置からスタートする必要は無いと思っているのだ。そこから追い越し追い越され抜きつ抜かれつを繰り返すことが楽しいのである。そういう意味でセレモニーはアリだっただろう」

 セレモニーの様子を思い描くように大池は滔々と語る。大池は一拍置いて、

「だができなかった。なぜだと思う?」

 報道陣が静まり返る中、一人大池が世界を支配していた。彼の独特の完成、理想などが確かに他とは違うことを示していた。報道陣は恐れ多く、答えることはできなかった。

 大池はその中で言った。含みを持たせるでも不意に言うでも誇張するでも謙遜するでも出し抜くでもなく、不登校でもない奴が明日学校行ってくる、そんな調子で言った。

「資金が底をついたのだ」

 次に、

「大怪獣ホテルに大部分持っていかれた」

 終わりに、

「以上。ありがとう」

 これこそが大池という人間だ。

 彼の言うように、相手に写る自分は嘘だろうが本当だろうが本物なのだ。

 

 と、裏の側面、前置きはここまで。

 

 彼女らがいた大怪獣ホテルは、宿舎であり要塞であり、そして何よりモニュメントだった。大会主催者の大池が手塩にかけて――実際は業者の仕事だったが――完成させた、言うなれば一大記念碑だった。宿泊設備は完備のもと、数百人収容可能な大広間、大宴会場、リラックスルーム、談話室など多種多様な施設はもちろん、空きスペースを利用して参加者百名の希望に合わせ随時構築していけるような造りを取っている。

 詳細を明らかにすれば、大怪獣ホテルは一階に受付ロビー、談話室、リラックスルーム。二階には宴会場や娯楽施設、管理室など。そして三階から十二階までは宿泊および滞在部屋になっている。一フロアー十人の計算だ。そして最後に屋上。屋上と言っても、ホテルの外観が大池の要望で怪獣の形を模しており、まさか横に寝そべっている体をしているはずもなく、直立している、ように見えるだろう。つまり屋上にあたる部分は怪獣でいう頭部に該当する。もともと屋上は平坦だったのだが、怪獣の頭部をかぶせることで、ドーム型をしている。また防護壁にもなっている。そこには何か設置されているわけでもない。ただただがらんどうとした空間で、怪獣は大口になっており、そこが吹き抜けになっているくらいだ。両目はくぼんでおり、人ひとりくらいなら身を潜められそうな空間がある。大怪獣だからと言って火を噴くだとか、しっぽを振り回す、両腕が稼働する、ついには両の足で動き出すような仕組みはまったく存在しない。外観が怪獣なだけで機能性は重視していない。そもそも大怪獣ホテルと銘打ってはいるが、基本構造である直方体の骨組みに材料を肉付けしたにすぎないのだ。だから内部からすると凡庸なホテルなので、それこそ張りぼてであり、見かけ倒しであり、こけおどしであり、だからこそのモニュメントなのだろう。それ自体はあまり関係ない。それが存在することに意味がある。そういうことだ。

 はてさて。ご理解いただけたところで話の続きです。

それは、ちょうど衣更着潤きさらぎじゅん桃楡旋毛ももにれつむじが顔合わせをし、互いに自己紹介をしていたときのことである。

先述通り、大怪獣ホテルの客室は一人一部屋の割り当てになっている。部屋自体豪勢に装飾が至る所にあしらわれてはいないが、悠々くつろげるほどの広さがある。防音管理になっているので隣室に秘め事が筒抜けになることはない。ドアの上部には各位の番号が振られている。たとえば衣更着潤は登録番号でいえば29なので同様に部屋番号も相関している。彼女の部屋は、階数でいえば五階にあたる。各フロアーでたらめに無秩序に番号が振り分けられているのではない。最初の客室、つまり登録番号1の閂完貫かんぬきかんぬきは三階の301号室だ。そして登録番号10の藍尾荊冠らんびけいかんは同じく三階の310号室。そうすると登録番号11の人間は四階、部屋番号411。

よって登録番号29の衣更着潤の住む部屋は、五階の部屋番号529である。大会が開始して早くも一週間以上経過したが、いまだにお隣の相手との面識がない。彼女の寝坊癖と出不精がそうさせている。

今しがた衣更着はここに来ておそらく初めてであろう会話を桃楡と果すことができたのだ。

 惹句を交わしあうことで認識しあう。しかし認識しあうだけで戦闘には踏み出さない。なぜならそこがホテル内だから。ホテル内での戦闘は禁則事項のひとつだ。

 実を言えば桃楡という少女は参加者たちと早い段階でコンタクトを取っていたのだ。必ずと言っていいほどホテル内で。戦闘を完全に干渉できるホテル内なら安心できる。相手に自分を顕示することは、後々自分に恩恵がやってくることを彼女は知っていた。いわゆるボーナスポイントだ。知っている人数分、話した相手分だけ得点が加算されると方式だ。正確には世界に自分をアピールするためのキャッチフレーズを言ってはじめて成立する。彼女が始めたまず第一の事は、そうつまり、戦闘を行わずして知名度を間接的に上げることだった。なにも戦闘だけが戦い方の一つではない。確かにそれで成功している彼女は十日経過した段階で意外にも上位ランクに入っている。残念ながら誰とも相対もしないし、戦闘を部屋に引きこもったままの衣更着は下位ランク。下から数えて五番目以内に入るレベルだった。

 というかドンケツだった。ビリッケツだった。

それはとりもなおさず世界に向けて自分を売ることをしていない動かざる証拠で、文字通り衣更着は動かざること山の如し。しかも己の惰性で。

現在百位・衣更着潤。この結果・経過はやはり全世界に通じている。各位の部屋には無償でコンピュータとネットがつながれていて、公式サイト――スポンサーによるもの――にアクセスすれば参加者百名のプロフィールや顔写真はアップされているし、今だれがどの地位ステータスを持っているか一目で判断できる。しかも年代別の人気の度合いをフローチャートによって示していたり、これまでに誰と遭遇し、戦闘し、勝敗を決したかまで、情報が隅々まで公開されている。そしてその情報は観戦者のみならず、参加者自身も確認することができる。誰が今王の玉座にいちばん近いのか判断できる。時間による推移・遷移を眺めながら誰を狙うべきか誰をないがしろにするべきか誰が自分の性格に合っているのかなどを分析することもできる。

ここからがこの大会の醍醐味というべきか、駆け引きの真骨頂というべきか、主催者側の目論見だろうが、SMSを取り入れると言い出したのだ。その出所はもう察しが付くだろう。そうあの御仁である。

 言うにはこうである。

「世の中の技術は利用するためにある。ならば使おうじゃないか。なんか面白そうなやつあるだろ? ツイッターとかSMSとか。そうだ。これを使って、個人競技だけにならないようにしよう。一人だと心許ない連中も中にはいるだろうさ。そいつらのための処世術だな。好きに仲間を作るといい。好きに嫌いな奴の悪口を言えばいい。なんなら好きに炎上させちまえばいい。九十九人で一人を倒すのもまた戦いだ。どうだ? 見応えがあるだろう? それでこその大会だ。よし決まり。異論なし。つまりは『色んな死』。ふっふ、冴えわたっているな」

 よって、桃楡は情報を駆使して一通りの彼女以外の人間の連絡網や付き合いを知っていた。だから誰が脅威で誰が臆病で誰が孤独で誰がやさしくて誰が敵に回すと一番厄介なのか知っていた。情報は知りすぎれば知りすぎると不安になってしまうもので、桃楡が信じられないような情報も中には存在した。

 その中のひとつが『海坊主シーズン』だった。ここでそれをつまびらかにしてしまうと面白くないので、ひとまず伏せておくにして、桃楡としては『海坊主シーズン』との接触は最も拒むべきものだ。正直大会が終了するまで出会いたくない、それくらいに思っている。

 それに比べると底辺の、というか下敷きの衣更着などどうでもよかった。恐れるに足らない相手だった。そう言えばまだ話していなかったなぐらいの感覚でなんとはなしになんとなく五階を訪れていただけだった。そしたらたまたま衣更着が部屋を出ていたということだ。衣更着は突然桃楡から自分の名前を言い当てられて訝しんでいたのだが、それは桃楡が事前情報として仕入れていたにすぎないのである。

というよりは相手を知ろうとしなかった衣更着が無頓着すぎるとも言えるのだが。当然ながらツイッターだのSMSは利用していない。確か大会開始前のルール説明でそんなことを言っていた気もするが、居眠りしていたのだろう。

しかしそれにつけても衣更着はあまり他人に興味は示さない。誰が内通していようが、誰かが誰かに肩入れしていようが、あるいは誰かが自分に嫌悪感を示そうが、どうでもいいことだ。彼女は状況に振り回されるがまま、今日まで生きてきたような無味乾燥の人間だ。

大池の評価はこうだ。

「衣更着潤。一見すると死んだ魚のような眼をしていて、厭世観を主体としており、ニヒルで淡白に見えるかもしれないな。中身がどうかは知らないが。だが仮にそれが違ったとしても、名前のように透き通るように潤っている人間でないことは確かだ。やもすればそれが策略なのかもな。世の中には世界をどうとも思っていない人間に惹かれるヒネクレたやつもいたりするのだし。――あ? 百位? 衣更着が? あっ、そうなの。でも今の段階で順位語っても意味はないぜ。一つ言えることはな、百位は逆に目立つ! 温情で投票するやつがいる! あいつの二つ名考えたぜ。『再開最下位ビ・リスタート』」

 だそうだ。

現に桃楡は百位の衣更着が気に食わなかった。ずっと最下位のままなのだ。一度として彼女が順位を上げたことはない。画面上でスクロールを一番下に下げると彼女はいつもそこにいた。そしてさらに下のコメント欄にはなぜか時折衣更着の名前がちらほら見られるのだ。大池が言うように一番下と一番上が目立つという表現はなかなか的を射ていたのだ。衣更着に得票するやつはともかくとして彼女に寄せられているコメントは否定的ではない。誰とも絡むことをしない彼女に憧れるとか、絶対何か隠しているとか、そんなミステリアスなキャラクターで通っているらしい。その一方で桃楡は確かに上位に食い込んでいるが階の衣更着ほど興味は示されてしないようだった。

順位が上なのに、桃楡は負けている気分がした。それがなにより業腹で鼻持ちならなくて、衣更着とだけはホテル外で手合せしてほしかった。

桃楡は顔合わせこそホテル内だったが、その後衣更着を外に連れ出すつもりでいた。どうせ戦闘したことがないことはわかっていたし、実践をこなしていない人間との勝負の出る目は目に見えていた。これで一杯食わせられる。そういう算段を立てていたのだ。

……いたのだが、それは予期せぬ形で到来してきた。

話が戻ります。

衣更着は桃楡にこう言った。

「――モモニレ、桃楡旋毛ちゃんでいいんだよね。どうしてあなたは私の名前を知っていたのかな? 一首詠んだってことは私たち初対面だった?」

「えっと、何を仰っているのですかあなたは? そんなこと公式サイトを見れば一発で――」

 桃楡が不倶戴天の敵、『再開最下位ビ・リスタート』衣更着潤を内心でねめつけながらさも当然のことを言い終わる前にそれは突然起こった。


 大会敷地内で唯一の戦闘干渉用施設『大怪獣ホテル』は大池の夢と希望を詰め込んで素敵に轟音をとどろかせながら崩落する。

 それが何を意味するか。

 後ればせながら、ようやっと幕開け。


 の予感ワンモア


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