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その9



     九



 私が子供たちの間を飛び回って岸に上がって里に帰るように言うと、がっかりしたような表情を見せたものの、大半の子供たちは岸に向かって集まり始めた。だが、一部の子供、とくに元気のいい数人の男の子たちがなかなか言うことを聞いてくれない。


「どうして俺らまで帰んなきゃいけないの?」


『あの合図は里で何か大変なことが起きたしるしなんだ。もしかしたらきみたちの家族の誰かが怪我をしたり病気で倒れたのかもしれない』


「だったら誰かが里まで行って、何だったのか見てくればいいんだよ」


「そうだよ。俺らがみんな帰んなくてもいいだろ?」


 そんなことをしていたら三十分はかかる。それに、よく見ると氷の状態もあまり良くない。天気が良くなってきたせいで少しずつ溶け始めている。


『その間、何が起きたか分からないままで遊んでいても楽しくないぞ。どっちにしてもそろそろ引き揚げてもいい時間だ。お天気のせいで氷がだんだん溶けてきている。氷が割れて池の中に落ちたら大変だぞ』


「そんなヘマするかい」「おどかしたってダメさ」


 男の子たちはさらに岸から離れていってしまう。こうなると追いかけまわしてもあまり意味がない。


 年齢的には十歳前後なのだろうが、自我が強くなってきている反面、まだ社会性を十分に身につけてはいない。扱いがなかなか難しい時期だ。


 かといって「腕ずく」で言うことを聞かせるというのもこの小さな人形の身にはやりにくい。たとえ霊力を使ったとしても人の身体を手加減しながら拘束するようなデリケートな作業はまだいまの私にはできない。


 と、例の新太くんが私のそばに滑って近づいてきた。


「先生、あいつらは俺が連れて来ますから」


『だいじょうぶかい? 三人もいるし、けっこうすばしこいから追いかけっこになると大変そうだ』


「なあに、一人づつなら引きずってでも連れてこれます。すこし手間がかかりますが、先生は岸で他の子たちを見ててください」


 そう言うと、彼は池の奥の方へと滑っていった。


 私はいったん岸に戻ると、集まっている子供たちに言った。


『いまちょっと戻ってこない子たちを新太くんが連れてくるからもう少し待っていてくれ。いなくなった子とかはいないか? お互いに確かめてみてくれ』


 やがて新太くんが男の子をひとり背中をひきずるようにして岸に連れてきた。つかまえられている男の子は離れようとしてもがくが、後ろの襟首をがっちりと掴まれているために抗うことができない。


「このまま靴を脱がしちゃって」


 新太くんがそう言うと、何人かの女の子たちが引きづられてきた男の子を取り囲み、身体をおさえつけて足からスケート靴を引きぬいてしまう。こうなると男の子も諦めざるを得ない。


「よし、それじゃあと二人」


 池の奥にとって返そうとする新太くんに私は声をかけた。


『ひとりじゃ大変なんじゃないか? 誰かに手伝ってもらったほうがよくないか』


「いや、大勢で一度にやろうとすると向こうも意地になっちゃいますから。ひとりづつ片付けてくほうが、しかたねぇかって気になってくれます」


『そうか……』


 たしかにそういうものかもしれない。


『だが、気をつけてな』


 彼はうなずくと、池の奥にいる男の子たちのほうへとふたたび近づいていった。やがて残っていたふたりの男の子のうち、片方の子が新太くんに捕獲された。と、なにを思ったのか、残りのもう一人の子が池の中央の方へと出て行った。


 わざわざ危険な方へ出て新太くんを挑発しているようだ。だが新太くんは、そちらにはかまわず捕まえた子をひきずってこちらの岸に向かい始める。


 すると、挑発してる子はさらに氷の薄い池の中央へと向かってゆく。


『ちょっと小さい子たちを見ててくれ。岸から離れないように』


 私は年かさの子たちに声をかけてから、子供たちから離れ、岸からゆるやかな渦を描くように飛んで遠巻きに池の中央へと向かった。


 予想していたとおり、池の中央部は氷が薄くなり始めていた。強い衝撃があれば割れる危険性もありそうだった。


「ほら、ここまで来てみなよ。捕まえられるかい」


 新太くんに向かって挑発を続ける男の子の背後に向かって私は静かに接近していった。後ろからつかまえてしまえば、ある程度は動きを封じることはできる。少なくとも危険の少ない岸の方へ移動させるぐらいは……。


 と、男の子が私の方を振り向いた。


「えっ?」


 慌てたのか男の子は姿勢をくずし、尻餅をつく恰好で氷の上に倒れた。同時に、氷の上に亀裂が入った。


『!』


 亀裂から引き離さなければならない。私は男の子に一気に接近し、男の子の襟首をつかまえた。


 その時、鈍い衝撃音とともに叫び声が上がった。


「新太ちゃん!」


 叫び声は、新太くんがつかまえていた男の子のものだった。


 その男の子から数歩ほどの位置に深緑色の大きな穴がが空き、そこに新太くんの身体が沈みかけていた。


『……くっ』


 私はまず全力で襟首をつかまえた子を引っ張り、亀裂から引き離すと言った。


『岸に戻りなさい。大きな子に、里に知らせて大人たちを呼んでくるように言いなさい!』


「は……」


 私は返事を待たずに新太くんがはまっている穴へと全速力で向かった。


 近づいてみると、穴はそれほど大きくなかったが、新太くんは穴の縁につかまって水中に落ちずにいるのがやっとだった。


 おそらく、挑発していた男の子が転んだのを見て、とっさにそちらに向かおうとしたときに氷の薄いところを踏んでしまったのだろう。


「先生……」


 新太くんの顔からは血の気が失せ、唇が紫色になっていた。


『待ってろ、いま引っ張り上げる』


 私は新太くんの一方の腕を身体全体で抱え、全力で上に向かって引き上げた。


 だが、冷たい水を吸ってしまった服に包まれた大柄な新太くんの身体は、私がどんなに頑張ってもわずかに浮き上がる程度で、どうしても引き上げることはできない。


 と岸から声が聞こえてきた。


「先生! わたしたちもいまそっちへ……!」


 他の子供たちが集まってきて、こちらへ近づこうとしていた。


『だめだ! 岸に戻りなさい!』


 みんな驚いたように足を止める。


『この近くは氷が薄くなっている。下手に近づくと、君たちも落ちてしまう。岸に戻りなさい!』


「でも……!」


『里へは誰か知らせに行ってるのか?』


「は、はい……大人を連れてきてもらうように」


『そうか』


 だが、全力で走ったとしても往復で三十分以上はかかるだろう。それまでもつかどうか。たとえこのまま支えていても、新太くんの身体が体温が奪われて致命的なことになるだろう。やはりどうにかして引き上げるか、それとも……。


 そこでふと岸の周りに立っている木々が眼に入った。木の中にはかなり背の高い大木もあった。


 私は新太くんの身体を支え続けながら子供たちに向かって言った。


『みんな、この近くから離れなさい。いまからそこの木を倒すから』


「木を……倒す?」


 意識が薄くなりつつあるのか、新太くんがつぶやくように言う。


『そうだ。足場になるものがあれば他の子に手伝ってもらって君を引き上げることができる。そのために、岸からここに届く木を倒して橋を作る』


「できるん……ですか、そんなこと」


『やってみせる』


 私は懐から精密制御用のお札を取り出した。新太くんの意識が残っている間に終わらせなければならない。


『もう少しだけ、頑張っていてくれよ』



~その10へ続く~

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