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その5



     五



 メイド妖精に案内されて紅魔館の前庭を横切っていたとき、不意に背後から強い気配を感じた。


 私は思わず後ろを振り向いた。視界の中心には紅魔館の赤みがかった洋風の建物の一部からぽつりと離れた感じで突き立っている尖塔があった。中世のあたりの城塞なら見張りの塔に相当するような感じだ。


「どうかされましたか?」


 私が空中で停止していたせいで少し離れてしまった妖精メイドがこちらを振り返り、けげんそうに訊いた。


『あ、いや……なんでもありません』


 とりあえずそう答えておくしかない。


 門のところまで案内してもらったところでメイド妖精と別れ、門番の美鈴さんに通用口を空けてもらう。


「お疲れさまでした。なんか、地下でだいぶご活躍だったみたいですね」


『もう知ってるのか。耳が早いね』


「メイド妖精たちはおしゃべりですから、中で起きたことはだいたいすぐに広まります。でもまあ、口伝えの話をすべて信用するわけにはいきませんけどね」


 案外、この人は門番という立場でありながら紅魔館の中のことについても詳しいのかも知れない。


『それならひとつ教えて欲しいんだが……あそこの離れたところに塔があるだろう』


 私はさきほどの尖塔を指さした。


『あれは、何か特別な場所なのかい?』


「えっ……」


 美鈴さんの表情が変わる。


「ど、どうしてそんな風に思われたんですか?」


『なんというか、ここに来る途中で強い気配を感じたんだ。まるで細い剣が突き刺さってくるような、そんな印象だった』


「そうですか……」


 美鈴さんは、小さくため息をついた。


「あそこにはレミリア様の妹様、フランドール様がいらっしゃるんです」


 レミィの妹、フランドールには姉に匹敵するような運動能力がある上に、恐ろしい特殊な力があるのだという。それは対象となるものの「破壊の焦点」を見つけ、移動させる能力で、その焦点を手元に引き寄せた上で衝撃を加えれば対象を完全に粉砕することもできるらしい。


「これはあくまでも噂ですけれど、以前、この紅魔館に向かって落下してきた隕石を一瞬で粉々にしてしまったこともあるそうです。もちろんそんなことが空中で起きたのかどうかなんて地上じゃ確かめようがありませんけど、あり得ない話ではないと」


 この破壊の焦点を操る能力はきわめて危険なので、レミィとしても妹がみだりにその力を使わないように心を砕いてきたが、なかなか思うようにはいかなかったらしい。親の気をひこうとして子どもがいたずらを繰り返すのにも似て、忘れたころに突然に事件を起こす。ただ、幻想郷に来てからはとりあえず大きな事件を起こしたことはないという。また紅魔館の建物から外に出るということも滅多にない。


 とはいえ、いつ何が起きるか分からないことは、館内の者たちも常に意識していて、なるべく刺激しないようにしているのが現状だということだ。


「フラン様ご自身はけっして悪い方ではないんですが……いろいろと込み入ったことが重なってしまって、つらいことが多いんだと思います」


『なるほど……』


 特殊な能力を持ってしまったがゆえの孤独感。制御できない感情。周囲からの視線。短い話からでも容易に想像ができる。


「チビさんはレミリア様ともお親しいし、ここにもよく出入りされますから知ってらしたほうがいいと思いまして……ただ、あまり外でできる話ではないので」


『分かっています、ここで私が聞いたということも含め、誰にも言いません』


 私は開けてもらった扉から外に出ると美鈴さんに別れを告げ、紅魔館をあとにした。



     ☆★



 帰り道は行きとは反対の南側の湖沿いの道に沿って低空で移動した。


 紅魔館の大時計を出際に見たとき┼時ぐらいだったが、それにしても太陽の位置が低い。本格的な冬が始まりつつあるのをあらためて感じる。風はまだ強くはないが、鉛色の湖面は以前に較べると波立っている。西の山々から張りだしてきている雲のせいで、空もだいぶ灰色っぽくなってきた。陽の光も雲間から見え隠れするという感じで、この分だと雲が全体を覆うのも時間の問題だろう。


 湖の東側に流れ込んでいる川の河口にたどりつき、そこからさらに東に向かって川沿いに移動する。水に弱い身体のつくりの関係から、川や湖などの真上を飛ぶのは避けるようにアリスから注意されているので、岸に生えている低い潅木の上あたりを飛ぶ。


 空が完全な曇天になってきた。雲行きがあやしいというのはまさにこういう感じだが、雨が降るという感じの厚さでもない。万が一降ってきたら、森の中を通って香霖堂で雨宿りでも……。


『!』


 ほとんど反射的に私は真下に身体を移動させた。


 次の瞬間、赤い輝線が空気を震わせて頭上を通り抜け、潅木の葉や枝が形そのままに灰になった。正面から食らったら一撃で吹き飛ばされそうな強烈さだ。


 下がったままの低い位置で潅木の枝の間をすり抜け、森の方へと移動する。川の近くよりは防御がしやすい。


 すると、頭上から声がした。


「へえ、さすがに反応がいいですね。攻撃に常に備えてる……形が巫女のくせにまるでお侍みたいなお人形さんです」


 葉が落ち切った大木の枝の上に裾の短い赤のドレスを着けた少女が立っていた。


 赤いリボンを結んだ白い帽子の下にはゆるくウェーブがかかった黄色の髪。その背中に槍の穂先に似た形の色とりどりの羽を並べて吊り下げたような翼が拡がる。


 そして、顔。とくに鋭い切れ長の目元はレミィにそっくりだ。


『フランドール・スカーレットさんか』


「フランでいいですよ、チビ霊夢さん。もっともあなたのは仮の名前らしいですが」


『……私のことを詳しく知っているようだね』


「そりゃまあ、あなたはこの幻想郷じゃけっこう有名です。いろいろな人があなたについて話します。気を付けていればわたしみたいな出不精でも分かります」


『その出不精のきみが、なぜわざわざ私を追いかけてきたのかな』


「まー、あれです。ちょっとした挨拶です。もちろん、お行儀が悪いっていうのは分かってますが」


『私が塔を見たのが分かったのかい』


「分かってますよ。だから、興味が湧いたんですが」


 金髪の少女はくすくすと笑う。


「でも、ちょっとがっかりでしたねぇ」


『それはまたどうして?』


「だって、あなたの中に入ってる魂って」


 ふいに少女の目つきが変わり、口元が歪む。


「まるっきりの『ニセモノ』だから」



     **********



 木の上とその下で対峙している彼らを、川をはさんで反対側の岸の木々の隙間から息を詰めて見つめている二つの影があった。この森に住む魔法使い、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドだ。アリスの周りには数体の小さな人形が寄り添っている。


「……あれってフランじゃないのか」


「そうみたいね……っていうか、わたしは初めてまともに見たわ。噂でしか聞いてなかったから」


「ああ、そうか。しかしこれはかなりヤバそうな感じだぜ」


 魔理沙の瞳にすこし焦りが浮かぶ。


「フランの強さは半端じゃない。実力はレミリアより上かもしれない」


「そんなに?」


 アリスは細い金色の眉をひそめる。


「ああ。それにしても、どうしてこんな時間から外に出てるんだ? なんともないのか、吸血鬼なのに」


「たぶん、スカーレット姉妹ってもともとデイライトウォーカーなんじゃないかしら」


「デイラ……なんだそりゃ」


「太陽の光が当たっても影響を受けない吸血鬼よ。真祖、つまり初めから吸血鬼だった者の多くはそうだわ。だいたい、あのレミリアだって日傘一つで神社に行ったりしてるみたいじゃないの。普通だったらちょっと日光が当たったら焼けて灰になるはずよ」


「はん。じゃああれか、あの紅い霧を出した例の件も昼間も出歩くためとかいうのは嘘か」


「嘘というか、騒ぎを起こすための口実だったんじゃないの? そんなことより……」


 アリスは眼で川向こうを示す。


「どうするのよ」


「……今この段階じゃどうしようもないだろう。ただ、様子をみるにしても、何を話してるのか聞きたいな。なんか方法はないか」


「なくはないわ」


 アリスが彼女の周りにいた人形の一人に指示をすると、人形は素早く姿を消した。


「どうするんだ?」


「気づかれないように少し遠回りさせて向こう岸に渡らせるわ。魔法の糸経由でこちらの人形に拾った音を送るようにしたから。到着すれば聞こえてくるはずよ」


「なるほど……」


 やがて、受信担当の人形が不意にフランの声を出した。


『つまりねえ、あなたの今の魂はスカスカの穴だらけってことです。言ってみれば出来の悪い複製みたいなもんですよ』



~その6へ続く~

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