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その4


     四



 何列も立ち並ぶ本棚の上は、私にはまるで空中に架けられた高速道路のように見える。ただ、平行に規則正しく並んでいる分、かえって位置がつかみにくい。絵面としては同じパターンの繰り返しなので、目印になるものがないせいかもしれない。


 突然、赤い閃光の塊が群れを成して天井から斜めに降ってくる。一瞬、横に飛び上がりたくなる。が、かろうじて抑える。直後、交差気味に足元から鋭いフックのような軌道でもうひとつの群れが襲う。群れごとに避けては衝突する。正解は……。


 交差の間隙にできる『道』を通り抜ける!


 弾が本棚にたて続けに命中し、白い閃光を放つ。仕掛けられた障壁で本棚そのものには被害はないが、こちらはその閃光で弾が見えなくなる。数瞬前のイメージから軌道を推測して一気に駆け抜ける。


 弾の飛んできた方向とはすこしずれた位置の、本棚のかどに向かって二枚の符を放った。霊気に包まれた弾と化した符は、二重の螺旋を描きながら飛んでゆく。と、翼をもった影が音もなく一瞬で横に移動する。とっさに、飛んでいった符の後を追い、手に呼び戻してから、振り向きざまに符をもう一度撃ち出した。


「甘いわ」


 レミィが私の背後に接近していた。私が撃った符を軽くかわし、一気に閃光の塊を放ってくる。だが、きわどくそれを回避し、右手に意識を集中して符を急角度で反転させた。


 たて続けに衝撃音がふたつ。


「えっ?」


 レミィは眼を見開き、あっという間に本棚の上に叩きつけられた自分の両腕を信じられないという顔つきで見る。腹筋をするような恰好で背をそらし、身体を持ち上げようと両脚をじたばた動かすが、左右の手首に張り付いた符はがっちりと固定されている。


「ちょっと、チビ! レディーになんて恰好させるのよ!」


 たしかに、フリルのついたドレスの裾が乱れ拡がったその状態は紅魔館のお嬢様にはふさわしくない有様ではあった。


『いや、そういう恰好になってるのはレミィ自身の問題なんだが……あきらめて脚を動かすのをやめればいいんだ』


「そんな……こんな紙切れなんて……」


 だが、どんなにレミィが腕に力を込めても符は破れない。


『霊夢に頼んでつくってもらった精密制御用のお札だ。里の稗田さんが特別に分けて下さった古紙を使ってるしね。いったん固定したらレミィでも簡単にははずせないぞ』


「畜生、むかつくぅー!」


 レミィはさらに脚をじたばたさせる。そのたびに本棚を包んでいる障壁が小さな雷のように閃光を放つ。


 すると、下から浮き上がってきた紫の髪の少女が静かな声でレミィに言う。


「いい加減に諦めて欲しい。それ以上暴れると魔法障壁がもたないから」


「だってパチェ……」


「そもそもわたしは授業のための資料を貸すことは何も問題ないと言った。それを、この子と遊びたいからといって無理に条件をつけさせたのは、レミィ、あなた自身」


「分かったわよ……負け負け、わたしの負けよ。チビ、さっさとはずしてちょうだい、この忌々しい紙切れを」


 わたしは指先から放っていた霊気を緩めた。二枚の符はレミィの手首からふわりと離れ、ゆっくりと弧を描いて私の手の中へと戻った。


「まったく、霊夢よりもタチが悪くなってきたわね」


 レミィは起き上がって、手首を指先で撫でた。


『そのタチの悪さに一役買ってくれたのが他ならぬレミィ自身なんだが』


「ははっ、まあそういうことね」


 レミィは苦笑した。


「それじゃ、下に降りて一服しましょうか」



     ☆★



「いまあなたが希望しているものを探させるから、しばらく待っていて欲しい」


 この図書室の主でもある魔法使いの少女、パチュリーはそう言うと、三日月形のテーブルの中央に置かれた小さなクッションを示し、そこに座るよう勧めてくれた。そして彼女とレミィは並んで三日月の外側の弧に着席する。そこから少し離れた位置で大人しい感じの女の子がお茶の用意をしてくれていた。よく見るとメイド妖精とは違って、レミィに似た翼を持っている。


 パチュリーはその子に視線を向けて言う。


「この子が本の管理をしているから」


 女の子はぺこりと私に頭を下げる。どうやら司書ということらしい。


『急いでいるわけではないから、時間の許す限りということでいいよ。これだけの本の量だし大変だろう』


「だいじょうぶ、能力はある子だから」


 パチュリーはすこし得意げに微笑む。なんだか以前に較べると、表情が豊かになったような感じだ。


 女の子はお茶を配膳するとふたたびお辞儀をして、図書館の奥へと歩み去って行った。


「ところでね、チビ」


 レミィが指を立てる。


「わたしは前から思っていたのだけど、こういう席であなたに何もしてあげられないっていうのが歯がゆかったの」


『ん、どういう意味だ』


「つまり飲食ができないということよ。まあわたしたちも人間と違って飲食は必要不可欠ではないけれど、一種の楽しみとしては意味をもっているわ」


『しかし、なにしろこの身体だからな』


 私は手を上げて見せる。巫女としての服には包まれているが生きた身体ではない、あくまでも器としての人形だ。


「いや、そこでよ」


 レミィはにやりとする。なんだかちょっと怪しい感じの笑みだ。怖ろしいというわけではないが、なにか「たくらみ」の気配がある。


「パチェ、出して」


「…………」


 パチュリーは傍らから手のひらほどの大きさの木箱を取り出し、テーブルの上に置いて蓋を開ける。中の折りたたまれた布を広げると、硬貨ほどの大きさのロケットがついた首飾りが出てきた。パチュリーがそれを取り出してロケットを開くと中には水晶製らしき円盤が入っていて、その表面には複雑な線を重ねた図形が刻まれていた。


『何かの魔法の道具か?』


「まあ、そのたぐいね。パチェ、説明して」


 パチュリーはすこし眉を寄せ、それから口を開く


「……これは魂の緊縛を緩める道具。意識を緩め、内側から外に向かって広げる。もともとは気分を穏やかにするための薬代わりに使われた。でも、通常の状態では違った効果も得られる。一種の……酩酊感が生まれる」


『つまり酒を飲んだときのようになるということか』


「そう」


 うなずく。


 私はレミィに顔を向けた。


『もしかして、これを私に?』


「察しがいいわね。そう、これをあなたにプレゼントするわ」


 レミィは咲夜さんが淹れたお茶をすする。


「簡単に言うと、あなたのような身の上でも、これを使えば酔っ払えるわけよ」


『……それは少し問題があるような気がするぞ。薬でいえば精神安定剤に相当するわけだ。それを酒の代わりに使うというのは』


「でもねえ、こんなことを言うとなんだけど、周りがよっぱらっているのに自分一人がシラフっていうのはなかなか寂しいものよ? 宴会っていうのはある程度くだけた気分が共有できたほうがいいと思うのだけど」


 逆に言えば周りも気を使うということか。酒を飲めない立場というのはそういう意味ではなかなか辛いものでもある。特に飲みたくても飲めない人はそうだ。


『しかし酩酊感と言っても、どの程度のものなんだ? 前後不覚になるようでは困るぞ』


「そんなに強いものではない」


 とパチュリー。


「意識や記憶を失うようなことはまずない。それと、効果の強さには使い手それぞれだが必ず上限がある」


『つまり飲み過ぎにはならないというわけか……どうやって使うんだ?』


「あなたの場合は円盤に左手を当てると分かりやすい。霊気の通路がそこにあるから」


 私はおそるおそるその水晶の魔法円に触れてみた。


 すると、たしかに急激にではないが、なんとなく心持ちがふわりとするような感じがした。


「どう? 悪くないでしょう。それに手を離せば効果はだんだん消えてゆくわ。お酒なんかよりかえって始末がいいはずよ」


 とレミィ。


 手を離すと、たしかに効果はゆっくりと薄らいでゆくようだ。


『うーん……まあ具合の悪いことが起きるものではない感じだな』


「当たり前よ。だいたい、それはわたし自身が使っていたんだもの」


 レミィはあっさりとした口調でいう。


『いいのか、そんなものをもらって』


 よく見ると、ロケットそのものには宝石がちりばめてあるようだし、ついている銀の鎖にも細やかな彫刻がほどこされている。宝飾品としても高価なものだろう。


「ま、いまのわたしにはもう必要のないものだから。それに、この間のパーティーではいいものを見せてもらったし、神社でやった罰ゲームも素敵だったし。そのあたりのお礼だと思って受け取って」


『…………』


 私はレミィの顔を見つめながら、この道具を必要としていた頃の彼女がいかなる状況にあったかについてすこし想像してみた。少なくとも、彼女が生きてきた五百年の道のりで起きたことが楽しいことばかりだったとは思えない。むしろ逆だと考えるのが妥当だ


「それとね、そのロケットにはいちおう護符としての意味もあるのよ。そうだったわよね、パチェ?」


「ええ」


 こくりと首を動かすパチュリー。


「ロケットには円盤とは別に宝石の配置で形成した障壁魔法が組まれている。万が一あなたの霊力が尽きるような状況でも、ある程度外からの攻撃から身体を守ってくれる。できれば外に出るときには身につけることを薦める」


『そうか……』


 そこまで考えてくれているのなら、断れるものではない……が。


『それじゃあ一応、貸してもらう形にできないか。だいたい、私の器であるこの人形自体が借り物という形だしな。相当に高価そうだし、もらうというのはやはり気が引ける」


「……分かったわ、じゃあすこし使ってみて様子をみるということでね」


 それからしばらくして、司書の少女が戻ってきて資料の候補となる本を集めてきてくれた。私がその中から何冊か必要なものを選ぶと、パチュリーはあとでメイド妖精に神社まで届けさせると言ってくれた。レミィが少し眠そうだったので(なにしろ日中はレミィにとっては本来の活動時間ではない)、玄関まで送ると言う彼女を押しとどめ、礼を言って図書室からメイド妖精の案内で玄関へと向った。



     **********



「さて、それじゃわたしは少し休ませてもらいましょう。さすがにすこし疲れたわ」


 レミリアがそう言って図書室から出ようとしたとき、パチュリーは少し陰を帯びた口調で問いかけた。


「あれで良かったの、レミィ」


 レミリアの表情がすこし曇る。だが眼つきは逆に鋭さを帯びている。

「……良かったのよ。外から来た彼なら、どういう結果を生もうと周りに禍根を残すことはない……もちろん、責めはすべてわたしが負うのは当然だけれど」


「でも、霊夢が……」


「そうね、まあある程度の覚悟はしているわ。でもいいのよ。幻想郷から追い出されるということはさすがにないでしょう。少なくとも境界の妖怪はそのあたりについてはバランスを考えると思う。吸血鬼は吸血鬼らしく生きていけばいいのだし」


 パチュリーは哀しげな眼でレミリアを見つめる。


「……そうまでしなくてはならないことなの?」


「ええ。わたしが視たあの一連のビジョンは、この運命の流れが辿りついたその先で大切なものをもたらしてくれると告げている……それは間違いないの」


「…………」


「ま、いますぐに答えが出るというものでもないわ。いずれにせよ、結果がどうなろうとわたしはすべて受けとめるつもりよ」


 レミリアが図書室から出て行ったあと、パチュリーは無表情なまま身動きもせず立っていたが、やがて静かにきびすを返すと本棚の群れの中へと姿を消していった。



~その5につづく~

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