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その21



     二十一



 赤を中心にした配色の壁に囲まれた薄暗い廊下を、レミリアとパチュリーが進んでゆく。小窓からは外からの光がわずかに入り込んではいるが、窓ガラス表面に施された波のような細かい凹凸の加工によって散り、天井の周辺を薄く柔らかに照らすにとどまっている。


 レミリアはふだんと違って、帽子からドレスや長靴下にいたるまで、すべて白で統一された服を着けている。ベールでもかぶっていれば、結婚式に臨む花嫁かと思わせるような姿だ。


「それにしても、流れを変えたのがフラン自身だったとは思わなかったけど。おそらく、森でチビと会った件があのスキマおばさんを動かしたのね。これで霊夢を巻き込んでガタガタした日には何が起きるか分からないと思って手を打ってきたとか……まあ、それで結果としては良かったのかもしれない。彼は当分は神社にいることになるでしょうし、また機会はそのうち巡ってくる」


「じゃあ、あのロケットは……」


「そのまま持っていてもらえばいいわ。少なくともフランが彼に関心をもったのは確かだしね。何か一波乱あるだろうと踏んでいたんだけど……正直なところ、現状からの流れについては、どういうわけかよく視えない感じなのよ」


「そう……」


「まあ、今夜は無事に過ぎてくれることを望むわ。幻想郷に来てから初めての冬至の満月だしね……どの程度の影響が周りに出るかわからないし。準備はもうできているのね?」


 レミリアの問いかけに、パチュリーは小さく頷く。


「必要なものはすべて配置してある。あとは起動させるだけ」


「封印の効果は強くしているんでしょうね?」


「あまり強めにすると、封印中に体力を削ぐことになる……でも、月の力と連動している術だから、魔力の状態に応じて自動的に強度を調整できる。いずれにしても、わたしもそばで見ているから」


「そう……悪いけど頼むわね。そう何度もあることじゃないから」


 廊下の終わりでパチュリーが手にしていた燭台に火を灯し、ふたりはその先にある螺旋状の階段を降りてゆく。それを降り切ると、さきほどよりも狭い廊下となる。そしてその突き当たりにある扉の前に辿りつく。


 レミリアは眼の前の黒塗りの頑丈そうな扉を見上げると、小さく息を吐いてから言った。


「咲夜、開けてくれる?」


 扉が横に動き始め、重苦しい音を立てて空隙が開いてゆく。


 咲夜が会釈をし、二人を迎え入れる。


 円形の床と石壁に囲まれた薄暗い空間。壁はさらに上に向かって円筒状に伸びており、その終端近くに設けられた格子つきの小窓から洩れ出る光が、円錐のようにすぼまった空間をわずかに照らしている。


 真ん中あたりに二つ、石造りの椅子が置かれていた。どちらにもその表面には、修飾用の模様ではなく、文字と記号が複雑な配列を描いて刻まれている。その一方に、姉と同様の白い衣装を着けたフランが座っている。


「毎度お疲れ様です」


 フランは微笑を浮かべる。


「お互い様にね」


 とレミリアは応じ、もう一方の椅子に座る。


「ところでお姉さま、今回の封印の前にすこしお話したいことがあるんです。まだ日の入りまでに時間はありますよね?」


「……まあ、封印中も話ができないわけじゃないけど、いいわよ。咲夜、終わったら呼ぶから」


「はい」


 咲夜とパチュリーは扉を開けて外に出て行く。


 扉が閉まってから、フランは静かな口調で問いかける。


「実は例のお人形さんの件なんですけど……あれに対するこれまでの扱いについては、お姉さまとしては何かそれなりに目論見があってのことなんですか?」


「目論見……そうねぇ」


 レミリアは特に表情を変えない。


「とりたてて目論見と言えるほどのことはないわよ。ただ、なんていうのかしら……彼はこれまでに出会ったことがないような存在だと感じているの。だから、それにわたしが関わることによって、なにか面白いことが起きるのじゃないかと思ったわけ」


「そうですか。ただ、どうなんでしょう……」


 フランの眼つきが少し鋭さを増す。


「あの人がお姉さまのために残したロケットまで預けるっていうのは……いささか腑に落ちませんね」


「……気がついていたのね。まあ、あれはちょっとした実験よ」


「実験ですか」


「ええ。彼の正体を見極めるためのね」


「そうですか……まあ、それならそれでいいんですけれど。ただ、わたし自身はあの人形に宿っているモノはとても危険だと感じています。できれば、関わらないでおいたほうがいいように思いますけど……もう今さらという感じでしょうかね」


「珍しいわね、あなたがそんな風に他人のことを言うなんて……」


「まあ不肖の妹がこんなことを言うのもなんですけれど、割とこの危険に関する勘ははずしたことがありませんから」


「そうね。よく心に留めておくわ」


 姉の穏やかな返事にフランはかすかに眉を寄せたが、それ以上は言葉を重ねなかった。


「……それじゃ、とりあえずこの件はいいわね?」


「ええ」


 レミリアは咲夜とパチュリーを呼び、ふたりが扉を開いてふたたび入ってきた。


 それでは、とパチュリーは姉妹にうなずきかけ、両手を自分の顔の前に広げると静かに呪文を唱え始めた。


 二つの椅子は魔法円に囲まれ、彼女たちの身体を包むように薄白い輝きを帯びた封印障壁が形成されていった。



     **********



 私と霊夢は里から少しはずれた場所にある慧音さんの家で、万一の事態に備えることになった。そして家の主である慧音さんは竹林の近くにある妹紅の住まいで待機し、様子を見るということで、二人はそちらへ向かった。


 残った私たちは、ここで一晩過ごすために必要なものを確認した後、とりあえず座敷に落ち着いた。


「自由に使ってくれとは言われたけど……人の家だし、あまりあちこちいじるわけにもいかないわよね」


 霊夢は囲炉裏の火を起こしながら言う。


「押入れもさっきちょっと見たけど、客用の蒲団とか勝手に出していいのかな」


『まあ、いいんじゃないのか。急に頼まれたんだし、多少のことは大目に見てくれるだろう』


 私はあらためて座敷を見回す。この慧音さんの寺子屋を兼ねた家は以前に里の人が住んでいた空き家を譲り受けたということだが、たぶん元の持ち主はそれなりの財力の持ち主だったのではないかという気がする。この座敷も古びてはいるが柱も壁もしっかりとした造りだ。


「それにしても、レミリアの言ってたこともなんだか思わせぶりよねえ。結局何が起きるのかってことははっきりしないわけだし……」


『そうだな。いつもの彼女らしくないという感じではあるな』


「たくらみが何かあるっていうなら、それはそれでかまわないんだけどね。妖怪は気まぐれなものだし……でも、そういうのともちょっと違う気がする」


『…………』


 と、ふいにドンドン、と雨戸を叩く音が聞こえてきた。何か人のような声も聞こえる。


 障子を開けて雨戸の様子をうかがうと、「アリス、ここでいいんだよな?」とか言っている。


『その声は、もしかして魔理沙か?』


「おっ、チビがいた。やっぱりここなんだな」


 雨戸越しに声が響く。


『無理に開けようとするな。玄関は東側にあるからそっちに回ってくれ、雪かきして通れるようになってるだろう』


「はいはい、分かったぜ」


 雪を踏む足音が遠ざかってゆく。


「どうしたの?」


 霊夢が不審そうな顔をする。


『客が来たらしい』


「お客? 里の人?」


 すると、玄関から声が聞こえてきた。


「勝手に入っちゃったぜー」「魔理沙、ちょっと待って」


 廊下から足音が近づいてきて、座敷の入り口が開く。


「こちらにチビ先生はおいでですか?」


 分厚いコートを着た魔理沙が満面の笑みで入ってくる。


『その呼び方はやめてくれって前も言っただろう……』


「人の嫌がることをしろって、昔よく言われたぜ。まあ冗談だ。神社に行ったらちょうど行き違いでな、拝殿の書き置きを見たからこっちに来たんだ」


「でも魔理沙、あんた……」


 霊夢がすこし口ごもる。


「ああ……まあここは里のはずれだしな」


 魔理沙は苦笑いを浮かべる。


「それより、今夜はなんだかえらいことになってるらしいじゃないか? もうどこの家も戸締りがきっちりだぜ」


 後から入ってきたアリスが、魔理沙の言葉を引きとって言う。


「わたしが里で知り合いの人に少し話を聞いたんだけど、今夜は外に出るなっていう警告されてるんだってね。もしかしてそれと関係があるの?」


「ええ、そうよ。話せば長くなるけど」


 霊夢は肩をすくめる。


「まあ、とりあえずふたりとも上着を脱いで。いまお茶を淹れるから」


「あ、そのまえにだな」


 魔理沙が手を左右に振って言う。


「せっかくだから見て欲しいものがあるんだ。ちょっとだけ外に付き合ってくれ」


『外に? いったいなんだ』


「まあ、たいしたことないけど、見ておかないと損って感じがするものだぜ」


 いったい何なのだろう。霊夢と私は顔を見合わせたが、結局魔理沙に促されて外に出ることになった。


『アリスは知ってるのか?』


「いいえ、教えてくれないのよ」


「せっかくの驚きはみんなで共有しないといけないぜ」


 雪が積もった庭に出ると、魔理沙が東のほうの山の端を指さす。


「ちょうどうまぐあいに雲が切れかけてるな……たぶん、あそこらへんだ」


「いったい、なんなのよ……」


 霊夢が寒そうに手に息を吐きかける。


『何かあそこに見えるのか?』


「まあ、いいから黙って見てろって」


 と、なにか奇妙な形の光が見えてきた。あれは、月……なのか?


 おおきく欠けた月だ。しかも三日月よりもさらに細い感じがする……。


「ええっ!」


 アリスが突然、声を出す。


「もしかして、今夜は月蝕なの?」


「その通り!」


 魔理沙は得意げに言う。


「今日は冬至の満月で、しかも月の出から皆既月蝕が起きるという珍しい日だ。実に何百年か振りの現象なんだぜ!」



~その22へ続く~

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