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その2


     二



 昼までには帰ってくる、と言って里に出かけていった霊夢を見送ったあと、私は縁側に座って庭を眺めていた。すでに立冬を過ぎ、周りには葉を落とし終えた木々が寒々しく枝を拡げている。遠くに見える山々も一部の常緑樹の林の他はひどく寂しい色合いに変わってきていた。


 無縁塚での一件からはひと月近くが経っている。だが、「自分が何者か」に関しては正直なところあまり進展はなかった。


 ただ、比較的最近幻想郷にやって来たという守矢神社の面々に挨拶に行ったときには、前から疑問に思っていた点についてひとつ確かめることができた。それは、外の世界の人々は幻想郷の存在について何か知っているのだろうかということだ。


 神社の巫女であり現人神でもあるという東風谷早苗さんは、少なくとも彼女の知る範囲ではこのような世界があると知っている人間はいないと断言していた。外の世界には高速のデータ通信によって情報を共有する仕組みが世界的な規模であり、ありとあらゆるタイプの情報で溢れかえっているという。だが、この幻想郷のような世界について語っている情報は見たことがないそうだ。


 この点については、外から来て人里に住み着いているいわゆる「外来人」たちにも話を訊くことができた。だが、彼らに共通していたのは、幻想郷のことを予め知っていた上でやって来たわけではないという点だった。結界を超えたその理由は彼ら自身にもよく分からず、前後の状況もきちんと覚えてはいない。ただ、何か説明のしようがない異様な精神状態になっていたような気がする、と言っていた人もいた。


 外来人の中にはふたたび結界の外に戻った者もわずかだがいる。だが、彼らは幻想郷について語ることはなかったか、あるいは語ったとしてもまともには受け容れられなかった……そう考えるしかないようだ。


 いずれにしても、幻想郷の中身について知った上で来ている者はいない。だとしたら、いちばん最初の時、私はなぜ霊夢の身体に「憑く」ことになったのか。


 霊夢自身も言っていたが、この神社の建物は、霊夢自身が中にいる状態だとよほど格の高い妖怪でない限り簡単には侵入できない仕組みになっているらしい。まして通常の魂魄のたぐいは簡単に遮られてしまうという。その障壁を破って来た以上、特別な理由があるとしか思えないというのが霊夢の意見だった。やはり「以前の私」が何らかの形で霊夢のことを知っていたと考えるべきなのだろうか?


 この矛盾そのものに、何か私の正体に関する鍵があるような気がしてならない……。


「おうい……?」


 顔を上げると、目の前に鮮やかな青い服に身を包み背に鈍い輝きを放つ透明な羽を広げた妖精が立っていた。両手になにか握っているように見える。


『やあ、チルノか。久しぶりだな、元気だったか?』


「ああ、うん。まあ、あたいはいつもあんまり変わんないよ」


 ぶっきらぼうな感じの言い方だったが、表情はすこし嬉しそうに見えた。


「今日は巫女は出かけてるのかい?」


『里に行ってるよ。霊夢に何か用事かい?』


「べつに巫女には用はないよ。あ、いや、巫女がいちゃまずいとかそういうことじゃないんだけど……」


『まあ、そこに座ったらどうだ』


「うん……あ、それでさ。あんたにちょっと訊きたいことがあったんだよ」


『なんだ?』


「これさ……」


 チルノは握っていた手を拡げて見せた。その上には小石ぐらいの大きさになっているさまざまな色のガラスがあった。破片ではなく、不規則な形ではあるが表面はなめらかになっている。


「これ、湖に流れ込んでる川のところで見つけたんだけど……普通の石と違うんだよね。透けてて氷みたいなのに、色がついてるし、溶けない」


 なるほど、氷に似ているから興味を持ったのかもしれない。


『これはガラスだよ。建物の窓を見たことがあるか? あれも透明で硬い板ガラスが使われてるが、中身は同じようなものだ』


「そっか……でも、それはヒトが自分たちのために作った物だろう? なんで川の中でこんな形になってるんだ」 


『たぶんガラスの瓶とかが細かく割れて川の中を転がっているうちに他の石と削り合ってこういう形になったんだな。ちょっといいか?』


 私はチルノの手のひらからいくつか手にとってみた。


 独特の薄緑色のはコーラの瓶かもしれない。茶色のはビール瓶だろうか。私は飲み物に使われるガラス瓶について、チルノに説明した。


「でも幻想郷じゃそういう飲み物とかって聞いたことないけど」


『まあこのあたりにはないだろう。ただ、外の世界ではガラス瓶はすたれつつあるから、結界を越えて流れ着きやすいのかもな』


「ふうん……」


『それにしてもずいぶんたくさん拾ってきたんだな。せっかくだからちょっと並べてみようじゃないか』


「うん!」


 チルノは嬉々として縁側にガラス石を並べ始めた。それを順に数えてみる。


『二十一、二十二……全部で二十三あるな』


「なんだ、そのニジュウサンって?」


『えっ? ああ、数のことだよ。そうだな……数というのはモノがどれだけあるかってことにつける名前なんだ』


「……?」


 チルノは首を傾げる。


『たくさんとかすこしっていう言い方だとなかなか区別がつけにくいだろう。たくさんっていっても、いろいろある。弾幕だって自分の周り全部に拡がるような弾幕もあれば、自分と敵の間だけの弾幕もある。それは全然違うものだけど、たくさんって言い方じゃ違いが分からない』


「うん、それは分かる」


『例えばだ』


 私は縁側に並べられた石を三つ、別の位置に移動した。ちょうどおはじきみたいな感じなので数の概念を説明するにはちょうどいい。


『これがひとつ……そしてふたつ……みっつ。つまり石がどれだけあるかってことに順々に名前をつけていくんだ』


「でもそれってものすごくたくさん名前が要るんじゃないか?」


『そうだ。だからヒトは名前をいくらでもたくさん付けられるような仕組みを作ったんだ……それはね』


 私は順に数の名前について説明し、さらに位取りに関する話も『名前』のつけ方という形で説明した。驚いたことに、チルノはその意味をきちんと理解した上に、足し算を先取りして理解した。


「じゃあ、たとえば『みっつ』と『よっつ』っていう名前で分けて呼んでいたものを……」


 チルノは三つと四つに分かれていた石を手でまとめた。


「こうやって全部合わせて『ななつ』っていう名前で呼べるんだな?」


『その通りだ! すごいぞ、チルノ。足し算のことまで分かってくれたんだな』


 私は思わずチルノの頭を撫でてしまった。


「そんな……おおげさだ」


『いやいや、本当に素晴らしいよ』


「まあ、言わせてもらうともうひとり素晴らしい人物がいるがな」


『えっ?』


 一瞬意表をつかれたが、すぐに違う声だと気づいた。チルノと一緒になって石並べに夢中になっていたので、気配を感じ取れなかったのだ。


 洗いざらしの白いシャツにサスペンダーで吊った朱色のズボンをはいた長い銀髪の少女、藤原妹紅がゆったりとした足取りでやってきて笑みを浮かべた。


「ちょっとご無沙汰だったな、チビ。ところで、ひとつ思いついたことがあるんだが」




     ☆★



『いくらなんでも無理があるだろう』


 私は妹紅に手を横に振ってみせた。


『人にものを教えるというのは簡単なことじゃない』


「しかし、さっきそのチルノに算術の基礎を教えていたじゃないか。あれは十分に教師と生徒のやりとりに見えた」


 縁側に腰を落ち着けた妹紅は自分で淹れた出涸らしのお茶を湯呑みからすする。その様子を、私をはさんで少し離れた位置に座っているチルノは多少警戒感のこもった目付きで眺めている。


「正直なところ、教師としての能力は慧音より上じゃないかとさえ思った」


『そんなことを言ったら慧音さんが怒るぞ』


「いや、慧音自身も言ってるんだ。他人に教えるのは得手じゃない、特に小さい子供たちに物事を伝えるのはなかなか難しいと……それに」


 妹紅は指を立てる。


「いわゆる自然の理に関わる学問については頭の中に引き出しがほとんどないそうだ。工夫しないと寺子屋で教えることが偏ったままになる。かといって、その方面に詳しい者はむしろ妖怪に多い……だから、その手のことに協力してくれそうな妖怪がいたら仲立ちを霊夢に頼んでみようかと思って来たわけさ。だが、もう有力な候補を見つけた」


『それが私だと? 買いかぶりだな』


「しかしな、チビ。わたしはさっきの様子を見ていて、お前さんがずいぶん楽しそうだなと感じたんだ。たとえ顔に出なくても、そういうのは分かるものさ」


『…………』


「自分が楽しいと感じることを進んでやっていれば、忘れていた自分そのものを見つける近道になるかもしれないぞ」


 確かにそれは説得力のある言葉ではある。しかし、人里にただひとつしか無い寺子屋の教師を務めるというのは手伝い程度であっても責任が重い。


 すると、チルノがぽつりと言う。


「きっと、巫女も嬉しいんじゃないかな。そういうの」


『……私がこの仕事を請けると、か?』


「うん。たぶん」


 チルノはうなずく。


「うまく言えないけど……あたいもいいなって思うぐらいだから、巫女もそうだと思う」


「なるほどな」


 妹紅が優しい感じの笑みを浮かべてチルノを見る。。


「それはおそらく当たっているだろう」


『…………』


 まあ、何もしていないよりは役に立てるようなことができたほうがいいとは思うのだが。


『だが、もしやれるとしても、せいぜい月に何度か手伝うというところじゃないか』


「かまわないさ。もし良ければ、都合のいい時に寺子屋に行って話をしてみてくれ」


 妹紅は湯呑みを置いて立ち上がった。


「さて、せっかくだから久しぶりにすこし身体を動かそうじゃないか。噂では新兵器を仕入れたとか聞いたぞ」


『新兵器というほどのものじゃないが……』


「チルノ、お前さんも混ざれ。わたし側にな」


 チルノは驚いたように顔を上げた。自分まで声を掛けられるとは思わなかったのだろう。


『……さすがに二対一は酷すぎないか?』


 私はやや苦笑したい気分で縁側から離れ、懐から新しいお札を取り出した。



~その3へ続く~

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