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その18



     十八



 バスの窓の外に流れる風景は木々に覆われた山並みに変わりつつあった。カーブが近づくたびにバスはエンジン音を響かせて減速と加速を繰り返す。昼下がりの半端な時間帯ということもあって、乗客はまばらだった。


「……チビはまだ眠ってるのか?」


 魔理沙がとなりのシートに座っている霊夢に訊く。


「ええ。でも大丈夫。もうこの中に戻っているわ」


 霊夢は膝の上の人形の髪を優しく撫でた。


「それは分かるから」


「そうか……まあ、何にしても人形の由来は分かったわけだが、霊夢としてはこれで終わりなのか? チビの正体に関することは」


「別に、終わりかどうかとか考えてないわ。それはわたしが決めることじゃないもの」


「でも、チビが何者なのかっていうことについては、もう答えが出た感じじゃないのか」


「さあ。わたしはともかく、チビはたぶん何か分かったのかもしれない。だから帰ってから、あの人……九藤さんがした話を聞かせて、その上でチビがどう考えたかを訊くわ。それが物事の順番でしょう」


「それはそうだけどな……」


 カーブが迫り、バスのエンジン音が轟く。直線コースに戻って音がおさまったところで、ふたたび魔理沙が問いかける。


「じゃあ、あの九藤ってやつのことはどう思った?」


「どう思うって……まあ、ありがたいと思ったわ。いきなり家に入り込んできたわけの分からない奴に自分が作った人形を正式に譲ってくれると言ってくれたんだもの。できることなら何かお礼をしたいと思うぐらい」


「そっか……」


 魔理沙は首を傾げる。


「でも、見当違いかもしれないが……なんだかお前、さっきからずっと浮かない顔をしてるぜ?」


 霊夢はそこではじめて魔理沙の顔を見た。


「何言ってるのよ。なんでわたしが浮かない顔をしてなくちゃいけないのよ」


「それはわたしが言いたいぜ。今日はけっこういろいろなことが分かったんだし……もっとスッキリした顔しててもいいじゃないか」


「そんなこと言われても仕方ないわよ。本人がこの有り様なんだから」


 霊夢はそう言いながら、人形の頭をぽんと叩く。


「とにかく帰ってからじゃないと、スッキリのしようもないわ」


「ま、そうなんだけどな」


 魔理沙は霊夢の膝の上の人形を見つめ、腕を伸ばして指先でその黒い前髪を撫でた。


「困ったやつだ、お前は」



     **********



 九藤雅樹は少女たちが帰ったあとも、台所のテーブルに向かって椅子に座ったままぼんやりと天井を見つめていた。何か、ついさっき起こった出来事のはずなのに、懐かしい思い出のような遠さを感じる。それでいて、やはりお互いのやりとりは妙に生々しく脳裏に刻まれている。


「……空っぽだったわたしに生きる人としての形を与えてくれています、か」


 あの女の子にそこまで言わせる存在というのは、いったい何なのだろうか?


 人形に宿った魂……いま思い返してみるとあまりにも現実味がない。しかし、あの話を聞いた時にはそれを自分は真実だと認めていた。だからこそ、無条件であの人形を譲った。


 そういえば、と九藤は自分の左手を見つめる。


 あの人形には、母の形見である指輪が納めてあった。それはいつか結ばれる相手への贈り物として持っているようにと言われていたのだが、「あの女の子」に贈ることにしてしまったのだ。おそらくこの世では自分には結ばれる相手はいない、ならばあの女の子に贈ってしまおう、そう思ったのだ。だが……果たして気づいてくれただろうか?


「!」


 九藤はあることに気づき、立ち上がった。その勢いで、椅子が後ろに倒れてしまった。


 名前。あの黒髪の女の子の名前を聞いていない。


 九藤は額に手を当てる。あのとき、たしかに自分はあの女の子の名前を分かっていた。しかし、名前をたずねただろうか?


 そもそも、自分の名前を名乗ったという記憶がない。とすれば、やはり彼女たちの名前も訊いていない。なぜ訊いていないかといえば、既に分かっていたからだ。だから訊く必要がなかった。


 それなのに、いまはどうしても思い出せなかった。


「どういうことだ……」



     **********



『……戻ったのか?』


「チビ……!」


 霊夢の声と同時に身体が浮き上がる。ほっとしたような、それでいて泣きそうになっているような霊夢の顔。


『ここは博麗神社だな』


 頭を上げて、周りを見てみる。ふだんと同じように身体も動く。


 と、もうひとつの顔がすこし怒ったような声を出す。


「ちょっと心配したぜ。お前は周りを心配させる名人だ」


『その称号はなるべくなら返上したいところだな』


 だが、それは私自身ではどうにもならないことでもある。


『戻ってくるときにはとくに問題なかったようだな』


「ええ。鳥居を入ったときとは逆側からくぐったらすぐここに出たわ」


「例の狐が張り番をしてたぜ。お疲れ様とかなんとか行ってすぐいなくなった。だが、今のところご主人様は出てこないみたいだな」


『そうか……』


 紫さんはあえて報告のようなものを求めたりはしないのかもしれない。何が起きるかある程度見通しを立てた上での提案だったということは十分考えられる。


「とりあえず母屋に戻りましょう。着替えもしたいしね」


「そうだな。この服はやっぱりちょっと窮屈だぜ」


 私は指先の感覚を確かめてみた。力は吸い込まれている。どうやら幻想郷にいればこれまで通りということのようだ。


「まったく、肝腎なときに気絶しやがって……おかげで霊夢はいろいろ大変だったんだぜ。あの九藤さんと交渉しなきゃならなかったし」


『交渉?』


 すると霊夢はすこし慌てたように手を振る。


「そんなたいしたことじゃないのよ。まあ詳しいことはまたあとで話すから、ね」


『分かった。とにかく、二人ともお疲れ様』


 私は意識が途切れる直前の奇妙な感覚を思い出していた。あれは、あの溜池の一件で体験したあの抜け出す感じとも違う。


 原因についてはだいたいの見当はついていたが……それはまた、あとにしよう。



     ☆★



 魔理沙が帰ったあと、炬燵に入った霊夢の膝の上で私は気絶していた間に起きた話をあの男性がしてくれたという話を含めて聞いた。


「そういうことか……しかし、その九藤という人は霊夢の話をかなり真剣に受け止めてくれたようだな」


「そうね。まあ山の神社……つまり表側の博麗神社といってもいいけど、そこで起きた事がただの幻じゃないと考えているからだと思うわ。実際、自分のもっていった人形がそこで消えてしまったわけだしね」


『それでも、普通なら自分ひとりの思い込みとかなんとかで、適当に辻褄合わせをしようとするものだがな……』


 そこで、私は思い切って訊いてみた。


『九藤さんって、どういう感じの人だったんだ? 正直、私は顔もろくに見てないんだ』


「……そうね」


 霊夢はすこし間をおいてから答えた。


「喋り方が……少しあなたに似ていたわ」


『…………』


 もしや……霊夢も分かっているのか?


「ま、あの人も人形を作る前は学校の先生をやっていたそうだし、そういう意味では似たような喋り方になるのかもしれない」


『そうか……』


「ただ、あの人が視たという女の子は、たぶんわたしじゃないと思うのよね。もしかしたら言っていた通り、境界を守る神様だったのかもしれない。実際、泣きたくもなると思うわ。あの神社はもう捨てられたような感じだったもの。下手をすれば祟られてもおかしくないような扱われ方よ。それを感じ取ってくれたんだとしたら、神官としての素質もあるのかもしれないわね」


『なるほどな』


 すると、霊夢は膝の上の私の身体を回し、お互いに向き合う形にした。


「わたしは、今回の旅は行って良かったと思ってる。すこしだけ驚くような体験をしたから」


 普通に考えれば驚きの連続だったと思うが。


『どんな体験だ?』


「自分が何を想っていたのかが、分かったの」


『……?』


「ふだん想っていることは……頭の中では言葉になってないんだと思う。言葉になっていないから、自分でも視えていない。でも、何かの拍子に、ぱっとそれが言葉になることがある……ということが分かった」


 想いは言葉になっていない、か。確かにそういうこともあるかもしれない。言葉であれなんであれ、自分の想いを他者に伝えるのは難しい。


『で、想っていたことは何だったんだ?』


「それは……まあ、あれよ。言葉そのものは忘れちゃった」


『なんだそれは』


「でも、いまは別の言い方もできるわよ」


 霊夢の眼が私を正面から見る。


「あなたがどこの誰であろうと、今このときにわたしが感じているものは同じ。あなたから得るものは同じ」


『霊夢……』


 たとえ中身がヒトの魂に似た偽物であっても、ということか。


「この気持ちには、自信があるわ」


 先手を打たれてしまった。だが、本当にこのままでいいのだろうか。私はきみに何かを与えている存在として、安住してしまっていいのか。


『思い起こせば……いちばん初めはきみの心の中に飛び込んでしまった、自分自身でも訳のわからないモノだったんだが』


「そうね」


 霊夢はくすりと笑う。


「でも、いまは違うでしょう?」


『そうだな』


 どう言ったらいいのだろう。霊夢が言ってくれたことに、どう答えたらいいのだろう。


「あなたはいままで自分のやりたいようにやってきた。そうよね?」


『ああ』


「それなら、わたしも同じ。これからも、それでいきましょう?」


 霊夢は屈託なく笑う。


 その笑顔に私は甘えてしまっていいのだろうか。



~その19へ続く~

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