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その17



     十七



 私はここから少し離れた大きな街で学校の教師をやっていたが、父親が死んだのをきっかけに辞め、この家に戻ってきた。


 教師を辞めたはっきりした理由はなかったが、このまま教師を続ける理由もとくに見当たらなかった。まあ……とにかく、どちらに進んでいいか分からない状態だったのは確かだ。空っぽなまま、なんとなく生きていく日々がしばらく続いた。


 そのうちに、素人でも人形を作ることができるということを知った。父がやっていた仏師という仕事は嫌いだったが、自分の手で彫像を作ることには元々興味があった。学生の頃に彫刻の真似事をしたこともある。今時はパソコンで型を設計して、樹脂を成形すれば、店で売られているようなものに近いものを作ることができるようで、少しの資金と、あとは時間さえあればいい。


 大学の同期生にゲームの開発をやっている人間がいて、アニメーションやゲームで人気のあるキャラクターなどつくってみたらどうかと勧められた。キャラクターというのは簡単にいえば物語の中の登場人物のことだ。「一日だけの版権」というものがあって、特別な催しでは、その日に限って他人がデザインしたキャラクターの人形を作って販売してもいいことになっているという。


 試しに有名だと言われているキャラクターを自分なりにデザインして形にしてみたところ、その催しの当日で出品した物が売れてしまった。私自身は見たこともないそのゲーム作品がたまたまそのときは人気だったというのもあったらしいが、自分が作った物がどういう形であれ評価されたのは思いがけなかったし、嬉しくもあった。


 味をしめて続けて製作しているうちに、自分が「巫女」のキャラクターに惹かれていることが分かった。理由は自分でもよく分からなかったが制作対象をその分野に集中するようになった。さらに年を経るにしたがって製作者としての知名度が上がってきて、定期的な発表の場に出るようになり、正式な法人から「仕事」としてのデザインまで受けたりするようになった。


 仕事といっても教師だった頃の給料に比べれば実入りは僅かなものだが、最近では、貯金を食いつぶさなくても済むぐらいにはなってきていた。


 そんな頃、大きなイベントが終わって制作が一段落したとき、ふと思いついて父親が死んだ後そのままになっていた遺品の整理を始めてみた。すると、何かひどく古めかしい感じの文書が出てきた。読んでみると、どうやらある神社で使われる人形の製作資料のようだった。


 人形そのものは制作にさほど技術を要しないようだったが、腹の中に神を宿らせるためのしるしを収めるというのが特徴だった。つまり人形に神を降ろして、その神様に村の境界を守ってもらうといった儀式に使ったらしい。


 私はその儀式がどこで行われたのか知りたいと思ったが、神社の名前も場所もいっさい記されていなかった。


 そこで、昔の土地の境界にあたりそうな地点を調べているうちに、東の山の方に向かうバス路線の途中で誰も乗らないような中途半端な地点に停留所が置かれているという話を耳にした。その停留所の近くには境界を守る神様がいるので、その神様に許しを得るために特別に作ったのだという。


 そのバスに乗って、運転手に聞いてみると、たしかにそういう噂のあるバス停があるらしい。


 実際にそこで降りてみると、何の変哲もない峠道の途中にあって、周囲にはこれといった建物も史跡らしきものもない。ただ、「上坂下」という停留所の名称に何かひっかかるものを感じた。


 カミサカという音は神の坂に通じる。そして坂は境を意味するものでもある。神話のイザナギ・イザナミの話に登場する黄泉比良坂は代表的な例だ。あの場合は死者の国である黄泉と現世とを分ける境界ということだが、人間の立場から見た場合、神々の領域とヒトの領域を分ける境界という意味合いが重要だ。それはまさに「生死の境」でもある。そこに神を祀る場所があるのは自然なことだ。


 そのうちに私はあることに気づいた。それは上り下りの二つの停留所の位置だ。停留所はお互いに進行方向にすれ違ったその先に置くのが普通だ。ところがこの停留所はすれ違う前の地点に置かれている。普通とは逆だ。しかも、お互いの位置も普通よりは近い感じがする。


 私はこのふたつの停留所の位置関係に意味があるかもしれないと思って、それぞれを結んだ「線」上に何かないかと道路の真ん中、二つの停留所を結ぶ線を二等分する地点に立ってみた。そしてそれぞれの停留所に向かう「線」の方向を見たところ、北側に向かう「線」を延ばしたその先に、山頂が見えた。そしてその少し下の位置に、並んでいる木々の一部がぽっかりと抜けて窪みのようになっているのが見えた。私はそこに何か重要なものがあると確信した。


 道路からはずれて森の中に入ってみると、かすかにではあるが、ところどころに土が踏み固められた人が通ったような跡が残っていた。それに沿って進んでいくと、ついにその森の中に開いた穴のような空間に出た。そこに、廃墟同然の小さな神社があった。




「今となってみるとなぜそこまで儀式や神社の件にこだわっていたのか分からない。ただ、そのときは一種の達成感みたいなものはあって、その小さな神社にきちんと参拝して家に帰った。ただ、問題はそこからだった」


 私は冷めかけたお茶を一口飲んだ。


「翌日の明け方に、夢を見た。夢というより、幻覚に近いものかもしれない。とにかく、かなり現実に近い印象だった。その中で、巫女の姿をした女の子が泣いていた。なぜか分からないが、私は彼女が一人ぼっちだと知っていた。そして、私はその子のために作った彼女そっくりの人形を、手渡そうとしていた……が、そこで目が覚めた。その女の子こそ、あの山にいる境界を守る神様なのだろうと思った。誰からも忘れ去られた神様は人形を必要としている。だからあんなに寂しがって泣いていたのだと、そう確信した」


「…………」「…………」


 黙りこくったまま話を聞いていた霊夢と魔理沙に、私はすこし自嘲気味に言った。


「馬鹿馬鹿しいと思うだろう? 私は信心深い人間じゃないし、神仏のたぐいとは無縁だった。初詣さえろくに行ったこともない。でも、その夢の中の女の子だけは神様という存在とごく自然に頭の中で結びついた。そして、数ヶ月掛けて人形を制作した。できるだけ人間の身体に近い動きができるように、球体関節もつけた。部品が多くなって、ほとんど手作りといっていい状態だった。そして、ついに完成した……それが二ヶ月ほど前のことだ。さて、ここから話はもっと荒唐無稽になるんだが……大丈夫かい」


「大丈夫です」


「大丈夫だ。真剣に聞いているぜ?」


 二人の返事に、私はうなずいて言葉を継いだ。


「私は完成した人形をもって、例の路線バスに乗り込み、山へ向かった。ちょうどその日は秋分の日だった……」




 上坂下の停留所に着いたときはもうかなり日が西に傾いていた。私は日暮れ前に人形の「奉納」を終えなければと思っていた。夜になってしまってはろくに道もない山の中を歩くのは危険だから。だが……その日はなぜかなかなか神社に辿り着けなかった。ただ、道に迷っているという感じはなかった。確かに前に一度来たことのある同じ道を進んでいる。それなのに、時間はどんどんと過ぎてゆく。


 だがその一方で、どうしても届けなければならない。それも、今日、今この時に届けなければらない、そういう気持ちが強くなっていた。理由は分からない。


 そして……ここからがもうほとんど夢の世界に近いんだが、私はいつのまにか鮮やかな赤に染まった光の中を歩いていた。それが夕日なのかどうのかさえ、よく分からなかった。ただ、正面に小さな人影が見えた。その人影は、私の方を見て手を振って駆け寄ってきた。そして、私はその人影に向かって手にしていた人形を確かに手渡した……。




「その人形が、いまきみが抱いているそれだ。見間違えようがないし、この世に二つとないものだということも、少なくとも私にははっきりしている」


 言外にその人形を手にしている君はいったい何者なのか、という問いも含めたつもりだった。


「…………」


 霊夢は視線をゆっくりと上げ、私の眼を正面から見つめた。そして、はっきりとした口調で言った。


「わたしは……この人形を必要としていた者です」


「……!」


「でも、わたしは間違いなく人間で、神様ではありません。ここからはだいぶ遠いところにある山の上の神社の巫女をしています」


「…………」


「正直に言うと、巫女としてのわたしは、あまりたくさんのことを知りません。だから、うまくお話できる自信がないですけど……例えるならこういうことです。世界には、深さみたいなものがあって、ある深さを超えたところで起きたことは見聞きするのが難しいことがあります。でも、何かの拍子に深いところと行き来できる場合もあります。中には行きっぱなしになる場合もあります」


「行きっぱなしというのは……神隠しのようなものか?」


「そう呼ぶこともあるみたいです。でもそういうことが起きること自体に特別な意味はありません」


 霊夢は落ち着いた口調で答える。


「この人形がどこから来たのか、ずっと調べていたんです。それで、わたしたちはここまで辿り着いたんです……」


 彼女は椅子を引き、立ち上がった。


「あらためてお願いします。この人形をわたしに譲ってください」


 腰を折り頭を深々と下げるその姿に、私は驚きで声も出せなかった。どうして、ここまで……?


「あなたが視た女の子がわたしかどうかは分かりません。でも、もうこの人形はいまのわたしにはどうしても必要なものなんです。この子の中にはわたしを視てくれている魂がいるんです。空っぽだったわたしに生きる人としての形を与えてくれています。それは……わたしの生命と同じぐらい大事な存在なんです」


 どうして……?


 めまいのようなものを感じた。頭の芯がめくれ上がるような……そこで私はまた全身を引っ張られる感覚に襲われた。



~その18へ続く~

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