その16
十六
「つまり、そのお金持ちのお嬢さんから譲り受けた……そして、彼女には出所を一切訊くなと言われた。けれども、誰がこの人形を何の目的で作ったかを知りたくて探していた……こういうことだね」
「はい、そうです」
「……まあ出所については置いておこう。なぜ作者を知りたいと思ったのかな? それと、人形を作った目的が何かあるとなぜ思ったのかな?」
「それは……」
黒髪の女の子は少し躊躇して、それからぽつりと言った。
「この人形には、魂が入っているからです」
不思議な真実味がその言葉にはあった。
直感的に、レトリックではなく文字通りの意味だと思えた。
「そうか、魂か……」
「はい」
隣に座っている褐色の髪の女の子は、黙ったままだが、かすかに眉を寄せている。
「…………」
少し間をおいて、彼女たちに状況を整理する時間をあげる方がいいかもしれない。
私はつとめて柔らかな調子で言った。
「興味深い話だとは思う。だが、その話をする前に、ちょっと顔を洗わせてくれるかい。なにしろ起き抜けなのでね、鏡も見ていない状態で、若い女の子と話をするのはいささかつらい。おまけにこの部屋もごらんのようなありさまだから、落ち着いて話ができない。下の台所で待っていてくれるかな。私は洗面所に行って、すこし身なりを整えてくるから」
「分かりました」
私は先に廊下に出て、階段から下に降りた。後ろから女の子たちがついてくる気配がある。どうやら逃げたりはしないようだ。あの真剣な表情から考えると、怪しい目的ではないのだろう。
それにしても、さっきから何かおかしな感じがする。離人症という現実感の喪失のようなものがあるが、あれの裏返しのようだ。過剰に現実感があるような……それとも単なる緊張、ないし興奮だろうか?
台所に入ったときに後ろを振り返り、彼女たちに声をかけた。
「そこの椅子にでも座って待っていてくれ。そんなに時間はかからないから」
二人は神妙な面持ちでこくりとうなずいた。私は軽く手を上げ、奥の洗面所に向かった。
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「どうするんだよ、あんなこと言って……」
「だって、正直に言うしかないもの。どう思われてもいいわ。この世界の常識では認められなくても、わたしたちにとってはそれがあたりまえだったんだから。無理につじつまを合わせようとすると、かえって話がこじれるだけよ」
「じゃあ、まあそれはそれとして……チビはどうなんだ? 本当にいなくなったのか?」
「……少なくとも、この身体の中からは感じられない。でも、分からない。わたしが感じ取れなくなっただけかもしれない」
霊夢は両腕でチビ霊夢の器である人形を抱きしめる。
「でもいまはとにかく、あの男の人から詳しい話を聞き出すしかないわ。やれることはきちんとやっておかなくちゃ」
すると魔理沙はうつむき気味だった顔を上げ、唇を緩めた。
「すこし安心したぜ」
「何が?」
「いや、案外落ち着いてるなと思って」
「冗談でしょ。でも、異変を相手にしてるときに比べればね……それにこんなことでめげてちゃ、それこそチビに顔向けできないわ」
「……すこしここらの掃除でもしておくか」
魔理沙は身体を伸ばすと、裏口近くに立てかけてあった箒をとりあげた。
「魔法は使えないし、せめて怪しい訪問者としてはそれぐらいしておかないとな」
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台所に戻ってみると、床がきれいに掃除されていた。掃いただけでなく、雑巾がけまでしてくれたらしい。テーブルの上も水拭きした跡がうっすら見える。
私に気づくと、霊夢がお茶を淹れ始めた。あらかじめお湯を沸かして用意をしてくれていたらしい。
「勝手にいろいろやっちゃったぜ」
椅子に座っている魔理沙が言う。
「待ってる間にぼーっとしてるのもなんだったからな」
「ああ……いや、かえって気を使わせてしまったね」
「普通だぜ。というか、髭を剃ったらちゃんとした男の顔になってるぜ。さすが九藤さんだ」
何がさすがなんだか、よく分からない。
私が椅子を引いて着席すると、横からすっと霊夢の手が伸びてきて茶托に載せられた茶碗が置かれる。
「どうぞ」
「は……どうも」
まるでこちらが客になってしまったようだ。ごく普通のセーター姿の女の子なのに、「和風」としか言いようがない物腰が感じられる。
お茶が配られると、私の向かい側に二人がならんで座った。
「さて、さきほどの話の続きだが……その人形に魂が宿っているということだったね。つまり、意思を通じ合えるということかい」
「実は、ついさっきまで話ができていたんです。それが、あなたが起きたとたんに、できなくなってしまって」
「ほう……」
普通に考えると、苦しい言い逃れのように思える言葉のはずだ。だがなぜだろう、今はひどくそれが真実味を帯びて聞こえてしまう。
「この子の中にいる魂は、自分が何者なのかを知りたがっているんです。自分がどこから何を目的にしてやって来たのかって……」
「…………」
完全に一線を超えたような領域に入ってしまっている、と思えるような発言だ。だが、なぜか共感を覚える。霊夢の言っていることはまぎれもない真実だと感じてしまう。
私はお茶を一口すすってから、言った。
「……これが君たちにとっての答えにつながるかどうか、私には分からない。ただ、とりあえず私がこの人形を作った経緯と、それにからんだ体験をお話ししよう」
~その17へ続く~