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その14



     十四



『落ち着いてるな、霊夢』


「そう? まあ、そうね……わたしももう少し勝手が違うかなと思ってた」


 私たちはバスの最後部の座席に座っている。隣の魔理沙は窓に張りついて道に沿って次第に変わってゆく光景に見入っていた。中心街まではまだ距離があるためか、他には乗客はいない。


「あんまり驚いていないのが自分でもすこし不思議かな」


 霊夢は私の頭を撫でながらつぶやく。


「ただ、周りがすこしだけ遠く感じるこういう感じって、懐かしい気もする……」


『そうか』


 それは私が幻想郷に来たばかりのときの印象に近いのかもしれないが、おそらく霊夢が言っているのは、子供の頃のことだろう。言葉にできない、思考では捉えきれないものに包まれていた時代。それは、言わば神様に抱かれていた時間だった。


 私はふとあの新太くんが言っていた『虹は龍神様の通り道』という話を思い出す。世界の捉え方は、さまざまだ。


「でも、あなたがいなかったら、そんな風に考える余裕はなかったかもしれない。自分が夢の中にいるような、ふわふわした感じになって……。両方の世界を知っているあなたがわたしを繋ぎとめてくれてるのよ」


『それこそ境界上の存在というわけか……』


 バスが停まり、制服を来た若い女の子が二人と、年配の女性がひとり乗り込んでくる。


『ここから先は、何かあったら独り言風に言ってくれ。そうしないと、周りの人が奇妙に思うだろうからな』


「なんか難しいわねえ」


 霊夢は苦笑する。


「まあ少しおかしい奴だと思われてもわたしはかまわないけど」



     **********



 駅前はちょうど朝の通勤通学の時間帯で、ターミナルに横付けされたバスからは続々と人々が吐き出されて駅に向かい、逆に駅から吐き出された人々はターミナルへと流れてゆく。


「ここらへんの連中はかなり子作りに精を出したんだな」


 交錯する人々の流れの中で魔理沙が言う。


「あんたが言うと冗談に聞こえないから恐ろしいわ……」


 霊夢は憮然とした表情で返す。


「冗談に決まってるだろうが。人の数が多いことはちゃんと知ってたぜ。それより、まるで本の中身が飛び出してばらまかれたような感じだな。そこらじゅうが字だらけだ。しかも意味がまったく分からん」


 魔理沙は周りを見回す。


「それに、車の中から見てたらどこの店も入り口が鉄板で塞がれてたぜ。これは店をたたんだってことなのか?」


「……朝早くから店を開いてるところは少ないんですって。それよりあんまりそうやって物珍しそうに見ないで。目立ってるわよ」


 霊夢はすこしうんざりしたような顔で魔理沙の手を引く。二人は人々の視線を集めつつも、人ごみから抜け出て駅前ロータリーから離れていった。


「わたしは別に目立とうとしてるわけじゃない」


「……外国人だと思われてる可能性があるって、チビが言ってるわ。髪を染めたぐらいじゃ誤魔化しきれないのかもね」


「わたしは生粋の大和民族だぜ。知っての通り、和食派だしな」


「そういえば、朝が早かったから食事してなかったわね。魔理沙は?」


「当然してないぜ。真っ暗なうちから起きてたからな」


「どこが当然なんだからよく分からないけど、とりあえず食事ができるところを……ん、ああ……あれ?」


 霊夢は駅前通りの向こう側に暖簾が出ている店に顔を向ける。


「何だ、霊夢」


「食事するならあそこあたりがいいかもって、チビが」


 シャッターを降ろしている周囲の店に比べると、その素朴かつ古くささが滲み出る店構えはひどく浮いている印象があり、営業しているのかどうか疑わしい感じだった。だが、店に近づいてみると、入り口には「朝食サービスメニュー実施中」と貼り紙が出ている。


「こんにちは……」


「はい、いらっしゃい!」


 すこし掠れた感じの、しかししっかりとした響きの男性の声が返ってきた。


「空いてるお席へどうぞ!」


 とは言っても少々くたびれた感じの店内は右にテーブル席が二つ、左側に厨房を前にした横長のカウンター席という至ってシンプルな構造で、客は他に誰もいない。


 だが霊夢は無造作にすたすたと歩いていってカウンターの席の中央に席を占め、魔理沙もその横の席に並んで座った。


 髪も眉もかなり白くなっている店の主人らしき人物はカウンター越しに湯のみに入ったお茶を出すと、ふたりの手元に置かれているメニューを指し示して言った。


「朝食はこちらになってます。あ、お荷物は横の席に置いて下さって結構ですよ」


「わたし、この焼き鮭定食をお願いします」


 と霊夢が言う。


 すると、魔理沙は内容を確かめるように横からメニューを覗き込むと、主人に向かって訊ねた。


「このご飯大盛りってのは、何割ぐらい多くなるんだ?」


「えっ? まっ、そうだね……三割以上五割未満ってとこかね」


「では五割未満の大盛りでわたしも焼き鮭定食をお願いするぜ」


「了解しましたっ」


 主人は愉快そうに言うと、書き終えた伝票を置いて、調理にかかる。


「それで、どこから当たる? 人形のことを闇雲に訊いて回っても効率が悪そうだ」


「……街とのからみだと神社のほうじゃないのかって」


 霊夢はちらりと店主の背中を見て、付け加える。


「そういうことみたいよ。あそこを知ってる人っていうことになればこの街の中の人でも限られるだろうって」


「そうか? しかしあそこにはさっき乗ったバスも停まるわけだし、案外知られてるんじゃないか?」


「うーん……」


 ややあって、カウンターにトレイに載せられた食事がふたり分載せられた。


「はい、こっちが普通盛り、こっちがご飯五割増しの焼き鮭定食です」


「おっ、早いな」


 魔理沙はトレイを受け取りながら訊ねる。


「ご主人、東の山の端っこにあるボロい神社のこと知ってるかい」


 すると店主はすこし驚いたような顔をした。


「神社? へえ、あんたらそんことに興味があるのかい」


「たぶん土地の名前は『かみさかした』だと思うんですけど……その近くにあるんです」


 霊夢が補足して言う。


「ああ、上の坂に下って書く奴な。神社というのは知らんけど、場所は知ってるよ。あそこには山の入口を守る神様がいるって話はむかーし聞いたことがあるけどな。あそこを素通りすると祟られるから、バス停があるんだとかな」


「面白いな。ご主人もそういう話が好きなのか?」


 魔理沙が味噌汁をすすりながら訊くと、いやいや、と手を振りながら店主は答えた。


「近くに仏壇屋があって、そこの親父から聞いたのさ。滝山っていうんだけどね」



     ☆★



 表通りから一本奥の通りにあったその店は、先ほどの食堂に負けず劣らず古めかしい感じの店構えで、褐色に塗られた木造の建物の入り口に掲げられている木製の看板には店名が右から左に向かって『滝山仏壇店』と刻まれている。まだ店は開けていないようだったが入り口の近くで掃除をしていた年配の男性に訊いてみると、さきほどの話に出た滝山氏当人だということが分かった。すでに店の経営からは退いていているという滝山氏は、二人を裏口から招き入れると、店の裏手にある離れに案内し、縁側でお茶まで出してくれた。


「あそこは神社が建てられる前は道祖神を祀っていた場所だと言われているんですよ。まあ隣村との境界ということもあるんですが、神々や妖かしたちが住まう領域と人の住む領域を分かつための目印ということでもあります」


「ははあ……」


 魔理沙とともに縁側に座った霊夢はお茶をすすりながら神妙な顔で耳を傾ける。


「道祖神の御神体にあたるものは残っていませんが、人形が御神体だったという話もあります。様々な災厄を防いでくれる身代わりとしてね。また、別の話では、その人形を依り代に神様を呼び出して、物の怪のたぐいを退治してもらったという話もあるようです」


「…………」「…………」


 二人は顔を見合わせる。


 すると滝山氏は微笑んで言葉を足す。


「いや、お持ちになっているその人形に無理に結びつけたわけではないんですが、人形がヒトが神聖な存在というものに人格を重ねて意識するようになる上できわめて重要だったのは間違いないんですよ。まあ、言うなれば神々と対面するための仲立ちとして一定の役割を果たしてきたということです。実はこのあたりの話はわたしの知り合いの仏師からのまた聞きですが」


「ブッシ?」


 首を傾げた魔理沙に、霊夢が短く説明する。


「仏像を彫る人のことよ」


 滝山氏は霊夢の言葉にその通りです、とうなずき、その仏師がもともとは神社で使う神具類などの制作をする家の血筋だったらしいとも話した。


「ところで、実はわたしからもひとつうかがいたいのですが……」


「はい、なんでしょう」


 霊夢は背筋を伸ばす。


「そのお人形は……どこで手に入れられたのですか?」


 滝山氏は霊夢の抱いているチビ霊夢を眼で示して訊ねる。


「ええと、知り合いから譲ってもらったんです」


「相手はけっこうなお金持ちのお嬢様だぜ」


 と魔理沙が言わでものことを付け加える。


「そうですか……いや、実はその仏師の息子が巫女の人形を作っているという話を聞いたことがあったもので、そのお人形の作り手について何かご存知だったら教えていただきたいなと思ったのですが……」


「!……その仏師さんのお名前はなんていうんですか?」


 霊夢は抑えた声で訊く。


「九藤というんですが……息子はなんて名前だったか。父親の方は、九藤孝一郎といいます。仏師として腕のいい人だったんだが、だいぶ前に亡くなってねえ……そのあと外に出てた息子が戻ってきたという話を聞いて、すこし気になっていたんですよ」



~その15に続く~

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