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その11



     十一



(先生、先生……!)(眼を覚まして、お願い)(先生!)


『あ……』


 眼を開ける。と、子供たちの泣き顔が並ぶ中に、憮然とした表情の霊夢の顔があった。


『なんで……』


「なんでじゃないわよ」


 霊夢は息を小さく吐いてから、周りを見回して言う。


「ほら、もう心配しなくていいわよ。ちゃんと眼を覚ましたから」


 身体を起こし、周りを見回した。池の岸の草むらに座っている霊夢の膝の上に私はいた。


 すると、周りから歓声が起こり、同時に泣き声も聞こえてきた。


「ごめんなさい……」


「先生、ごめんなさい……!」


 見ると、さきほど岸に戻らずに逃げ回っていた男の子たちが私に向かって頭をすりつけんばかりにして泣きながら謝っていた。


『新太くんは……?』


 私が訊くと、霊夢が答えた。


「池に落ちてた男の子? わたしが引っ張り上げて、とりあえず血行と体温を回復させる処置をしたわ。里から大人たちが来てすぐに運んでいったから、大丈夫でしょう。永遠亭にも連絡したそうだから。妹紅が急病人を送って帰ってきたらしいから、とんぼ返りで運んでいくでしょう」


『そうか、良かった』


 それから私は泣いて謝り続ける男の子たちに向かって言った。


『自分の身を危うくすることは、ときに他の人の身を危うくすることもある。忘れないで欲しい。それと里に帰ってから、新太くんにちゃんと謝りなさい」


「はい……」「分かりました」「絶対、忘れません」


 男の子たちは泣きはらした眼をこすりながら返事をした。


『よし、いい子だ。先生の教え子には悪い子なんかひとりもいない。他のみんなも、この子たちを責めないであげてくれ、いいね』


 はい、と他の子供たちが返事をする。


 すると、その後ろから慧音さんが顔をのぞかせた。


「チビさん、すいません……いろいろと。お詫びはまた後ほどいたします。子供たちはわたしが連れて帰りますので、霊夢さんと一緒に神社にお戻りください」


『お詫びなんてむしろ、私のほうがしたいぐらいです。いまも言いましたが、子供たちを叱らないでやって下さい。もう十分に分かっているはずですから』


「ええ、心得ています」


 慧音さんたちと子供たちに別れを告げ、私は霊夢に抱えられたまま空中に飛び立った。もうほとんど力が残っていなかったので、自力で飛ぶのは難しかった。


「それにしても毎度のことながら、いろいろとやってくれるわねえ」


 霊夢は溜息交じりに言う。


『悪かった。しかし、子供の生命がかかっていたんでね。ただ、自分より何倍も重い物をどうこうするというのはこの身体では難しいようだ』


「そのようね。まあ木を倒して足場にするっていう考え方自体は悪くないと思うけど、手間がかかり過ぎるでしょう」


『それにしても、どうしてさっきの状況が分かったんだ?』


「子どもが池に落ちてるなんて知らなかったわよ。ただ、ちょっとあの周辺に異常な気配を感じたの。これまでに感じたことのないような」


『……今はそれはいいのか?』


「ええ。もう気配はなくなったから。でも、原因が気になるけど」


『関係があるかどうかは分からないが……』


 私はレミィからもらったロケットとその作用、そしてさきほどの状況での現象について話した。


「それはつまり、ほん少しの間ではあっても『魂抜け』を起こしたのかもしれないってことね」


『そうだな……意識が木の方に向かって飛んでいった感じがしたからな』


「乱用は避けるべきね。魂の緊縛が緩むってことは、本当に抜け出る可能性もあるわけだから」


 霊夢は少し考え込んでから、言葉を継いだ


「むしろ、そのレミリアのロケットは護符っていう方に意味があるのかもしれないわ。せっかくだから、そのまま着けておいて様子を見るのがいいでしょうね」


『分かった』


 そういえば、森で出会ったあの少女のことについてはまだ話していなかった。だが、あのやりとりをわざわざ霊夢に話す必要があるだろうか? 下手をすれば、レミィとの折り合いを悪くするかもしれない。とりあえず今は触れないでおこう。



     ☆★



 傾きかけた陽射しの中を神社の境内に向かって降りながら、霊夢が小さくつぶやいた。


「あー……なんか急に疲れてきた」


『里まで往復させたからな。本当にすまなかった』


「久々に異変かと思って緊張したのよ。その反動がちょっと来ただけ。この程度でどうこうってわけじゃないから」


 霊夢はそう言うと、腕の中で私の頭を撫でた。


「あなたの方こそ気絶するまで頑張ったんだもの、大変だったでしょ」


『自分の非力さを思い知らされたよ。人を助けるために必要な力と妖怪と戦う力はまるで別物だということを分かっていなかった』


「まあ、少なくとも力仕事は向かないわね」


 そう言いながら霊夢は拝殿の脇に降り立つと、母屋へと向かう。近くを走り抜ける風が周りの木々の枝を風が揺らし、ときおり枯れ葉がかすかな音をたてながら足元を横切る。


 玄関の近くまで来たとき、「ん?」と霊夢は眉をしかめた。


『どうした』


「良からぬ気配がするわ。ひどく悪いというほどじゃないけど確実に良くはないモノの気配」


『なんだそれは』


 玄関から茶の間に入ると、掘りごたつから白い帽子を被った金髪の少女が顔を出していた。


「お疲れさまでしたね、お二人さん」


「また人の家に勝手に上がりこんで……ここはあんたの別荘じゃないのよ」


 すると少女は、クスリと笑って答える。


「あなたがこたつの火も消さずにすごい勢いで飛び出して行ったから、お留守番をしてあげてたんじゃないの。文句を言われるのはちょっと悲しいわ」


 声はやはり同じだった。


『……紫さんですよね?』


「そうよ、チビちゃん。もしかしてけっこう若返って見えた?」


「伸びても縮んでも変わりやしないわよ」


 霊夢はぶつぶつ言いながら紫さんの向かい側に座る。


「ときどき妖怪だってことを自分でも忘れそうになるから、こういう変化をつけてみることも必要なのよ」


 人の姿をしていると、そんなこともあるのかもしれない。


「それで? 何か用があるの?」


「ええ。ちょっとした提案があるの」


 境界を操る妖怪、八雲紫さんは微笑をたたえながらあっさりとした調子で言う。


「二人で結界の外に出てみない?」



~その12へ続く~

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