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その1

東方傀儡異聞Ⅲ~神坂越えて辿る面影~



                   碓井央


     一



 部屋の中は薄暗かった。が、雨戸の隙間から洩れ出る光が障子に薄く映り、すでに日の出を過ぎていることを告げている。


「起きたの?」


 隣で寝ている霊夢が身動きしないまま、問いかけてくる。


『ああ』


 私たちはたいてい同時に目が覚める。仕組みは分からないが、おそらく霊夢の身体が発する霊気がこの人形……もしくはそれに宿っている私自身の何かを刺激するのだろう。


 霊夢は寝返りを打って私の方に顔を向ける。その顔つきがなんとなくいつもと違っているように感じた。どう言えばいいのか……穏やかというよりは静かな顔というべきか。


『どうした?』


「……なんかね、妙な夢を見たような気がするの。夢そのものを覚えているわけじゃないんだけどね。誰かに名前を呼ばれていたような、そんな気がするの」


『名前をか。しかし、妙だというほどじゃないだろう。夢ならよくありそうじゃないか』


「それがね、わたしが呼ばれてるんだけど、その名前は霊夢じゃないのよ」


『…………』


「何か別の……女の子の名前。その名前のついたわたしを誰かが呼んでいるの」


『そうか……』


 例によって、もう少しで何かが浮かび上がってきそうなのに出てこないような、軽い焦燥を感じた。


「もしかして、何か心当たりある?」


『いや……でも少し気になる話ではあるな』


「まあ、霊夢なんて所詮は仮の名前だからね」


 私は驚いて思わず身体を起こした。


『じゃあ、別の本当の名前があるのか?』


「そうじゃないけど。ただ、はっきりしているのはこの名前は親がつけた名前じゃないってことよ」


『…………』


「前はね、霊夢って呼ばれても自分のことだっていう気がしなかったものよ。だからぼんやりしてるだとかつかみどころがない奴だって言われたりもしたの」


『誰がつけた名前かも分からないのか?』


「……これを人に言うとびっくりされるからあんまり言わなくなったんだけど、わたし、八つか九つか……それぐらいから前のことってあんまり憶えがないの。だから、先代の博麗の巫女が誰かも知らない。気がついてみたらわたしはここに一人で住んでいて、何か知らないうちに巫女だってことになってた。そういう意味じゃ、あなたほどじゃないけど、自分の正体がよく分からないっていう気分は実はわたしにもあるのよ」


『そうだったのか……』


 まったく想像だにしていなかった話だ。


『しかし、今はどうなんだ』


「どうって、何が」


『前は自分の名前だっていう気がしなかったって言っていたじゃないか』


「ああ……そういうこと。そうね、近頃は名前を呼ばれることが多くなったしね、誰かのせいで。ちゃんと自分が呼ばれてるんだって感じるわよ」


『それは良かった』


 私は布団から出た。そして、同じように布団から起き上がって大きく伸びをした霊夢に言った。


『おはよう、霊夢』


「おはよう、チビ」


 私を抱き上げて見せたその笑顔は、すでにいつもの霊夢のものだった。



~その2へ続く~

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