先客
ギイッと鳴るドアを押して店へ入ると、右へ伸びるLの字の形をしたカウンターの端に、先客が一人いた。
白髪のマスターがカウンター越しに、客と将棋を差していたようだ。
「いらっしゃい」
マスターが振り向き、にこやかに会釈した。
格子柄のベストと赤い蝶ネクタイが、いかにもバーのマスターらしく似合っている。
「おや、お連れ様でしたか。ようこそ」
「こんばんは」
僕は短く挨拶して朱美の右側に座った。
「むぉっほほほっ」
先客は僕等を見て甲高い声で笑った。
何だろうか?
「うむっ! 儂は待っていたのじゃ。ひやっはははは……むほほほほっ」
細く長い白髪をだらりと下げた老人は、気味の悪い声で笑い続けた。顔がシミだらけで、かなりの高齢者だ。70代後半……いや80歳に近いのではないか?
「どうじゃ、マスター。儂の勝ちじゃな?」
「参りました」
マスターは、大仰に頭を下げている。
「ふぉっほほほ。では今宵は、たらふく呑ませて貰おうかのう」
長い白髪の老人は得意げに笑い、目を細めている。
「賭けをしているのよ。次に来る客は男か、女か、カップルかって」
朱美が僕に耳打ちしてコートを脱いだ。
なるほど。そういうことか。店に入るなり笑われて、訝しく感じたが、そうと聞かされ得心がいった。
朱美は脱いだコートを壁際のハンガーに掛け、僕に向き直って両手をかざした。
同じようにせよということらしい。
僕が立ってコートを脱ぐと、彼女はそれを受け取って自分のコートの上に掛けた。
「幾分、暖かくなって来ましたね。何を作りましょうか?」
マスターが灰皿とピーナツを盛った小皿を置きながら訊いて来た。