夕空
ふと窓に眼を遣った時だ。
ブラインドの隙間からオレンジ色の空が見えた。
僕は仕事の手を止めて立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
西の空が茜色に染まり、輝いている。
手前に浮かぶ雲は灰色のグラデーションを為して連なり、ゆっくりと流れている。
人の手では決して造り出せぬ幻想的な光景に、僕は息を呑み、しばし見とれた。
画家ならば、これを一幅の絵に留めて残したいと筆を執るだろう。
写真家ならば、迷わずシャッターを切る筈だ。
「あれはっ?」
夕空に影絵が浮かび上がった。
由香里だ!
雲が、二年前に亡くした妻の面影を描き出したのだ。
由香里……
時よ止まれ!
もう少し、あと少しだけ、この夕空を眺めていたい。
そうだ! 屋上だ!
僕は部屋を飛び出しエレベーターを待つ時間を惜しんで階段へ向かった。
「あ……葉山さん。ちょっと訊きたいことがあるの」
部長秘書の桐原朱美が通路で呼び止めたが、僕はそれを振り切って階段へ駆け出していた。
「すまない! すぐに戻るから」
僕は階段を使い3階から屋上へ一気に駆け上がった。
由香里……待っててくれっ!
ドアを押し開けて屋上へ飛び出した。
だが、無情にも、その光景は刻一刻と姿を変え、由香里の影絵は見えなくなっていた。
街の彼方へ陽が沈んだのだ。
はあはあと肩を揺らしながら息を継ぎ、既に暗くなった夕空を、僕は茫然と眺めた。
バカげている。
由香里は死んだのだ。
2年前に39歳の若さで呆気なく逝ってしまった。がんだった。
もう、由香里は、この世の何処にも存在しないのだ。
由香里……