番外編I.マナーと訓練
(お、重い……っ)
現在、アダは女性用の衣装を身に纏っていた。
レースがついたフリフリで可愛らしいのは流石にやめてもらってシンプルでカッコイイ衣装ではあるのだが、やはり重い。今までボロ着しか着てこなかったアダにはかなりの苦痛であった。
「背筋を伸ばしてください、アダ様。また曲がってます」
「し、仕方ねぇだろ……!!」
今はマナーの授業。皇帝との面会では食事の予定はないので、挨拶の練習をしている。
「真っ直ぐ、ストンと腰を落とすのです」
〈ヴェヒターの結界〉がやってみせてくれる。アダとは違って、滑らかな動きで。
皇帝など、自分より明確に身分が高い者には跪いて挨拶することが多い。
〈英雄〉は特に身分は定められていない。だが、伯爵家に相当するというのがイメージである。
しかし、皇帝は重要視しているし、国民は慕っている人が多い。その一方で、〈英雄〉を嫌う人間は平民とすら思っている者もいる。
アダは跪いて挨拶する者が少ないので、まだましな方である。
「む、無理っ、だろ!」
コルセットのせいで、体が思うように動かない。気持ち悪い感覚だ。
重い衣装に、コルセットでは歩くのさえ困難だった。
「……仕方がありません。今日のところは終わりにしましょう。着替えたら、庭に出てきてください。いつもの格好で構いませんので」
「ん、分かった」
アダは自分にあてがわれた部屋に戻った。正直なところ、かなり広い。壁の一面は窓が広いので、孤児院より広く思える。
本来ならば、アダが一人で着替えることはない。伯爵家に相当するヴェヒター家の人間としては使用人にやらせるべきなのだ。だが、アダ自身がなれていないこと、そして、〈英雄〉は使用人を活動に連れていくことはないので、一人で着替えることの方が多くなるためらしい。
アダは自分にできることはできるだけやっている。まぁ、〈英雄〉としての教育が忙しくてできていないことも多いが。
そうして、アダは庭に出た。
「訓練をします。杖の取得はまだですが、アダ様はこちらの方がお好きでしょう」
「まぁ、そうだな」
身体を動かすことは好きだ。
「こちらを」
〈ヴェヒターの結界〉から短剣を二本手渡される。見た目より軽い。ブンブン振り回せそうだ。
「なぁ、これで何するんだ」
「アダ様には、これを使いこなしていただきます」
とりあえず、これを扱えるようになれ、ということだ。
「私を殺す気でかかって来てください」
「……」
「大丈夫です。アダ様を殺す気はありません」
「……」
アダは深呼吸をして、〈ヴェヒターの結界〉を見た。そのままの勢いで走り、右手の短剣を振り上げた。
「おりゃああーっ!」
〈ヴェヒターの結界〉は素手のまま、アダの振り上げた手を掴む。
それならば、と左手の短剣を刺そうとすると、左手の軌道を軽く変えられて、体を持ち上げられ、そのまま転がされた。
「うぇっ」
(いてぇ……)
「さぁ、もう一度」
アダは起き上がり、再び〈ヴェヒターの結界〉に向かって走った。
「疲れた……」
「慣れますよ、これくらい」
嫌な言葉が聞こえてきた気がする。気のせいだ、きっと気のせい。
見上げると、〈ヴェヒターの結界〉も何故か嫌そうな顔をしている。どういうことだろうか。
〈ヴェヒターの結界〉も同じような目にあったことがある、ということをアダはまだ知らない。
次の日。魔石に魔力を込めたり、抜いたりする訓練だ。
「これです」
本来こういうものは、貴族学院で習うものらしいが、アダは〈英雄〉の慣習に従い、貴族学院三年生、つまり十五歳に編入生となる。
〈英雄〉は魔法や武術を先に学んで、使いこなせるようになっておくものらしい。
これもその一貫だ。杖を持たない者が魔法に慣れるにはこれが一番なのだそうだ。
「ふんみゅううううう」
そして、今。アダは魔石を全力で握り、魔力を抜こうとしていた。
魔力を込めるのはアダにもやったことがあった。孤児院に受け入れられるのは、基本的には平民の魔力持ちだ。成長して魔力量が多くなると、暴走することもよくあった。魔力を減らすため、アダたちには魔石が配られた。苦しくなったら、それを握って、何かを送り込むイメージさえあれば苦しくなくなる。
だが、魔石から魔力を抜くのは難しかった。
「どうも進みが遅いです。魔力を込めるのは簡単にできていたではありませんか」
「……魔力を込めるのは、何回かやったことがあんだよ」
「…………どちらで?」
「孤児院。先生は、魔力を暴走させねぇためとか言ってたな」
「あぁ、なるほど」
〈ヴェヒターの結界〉は納得したように頷いた。
アダがいた孤児院の先生役はかなり利己的な人間に見えたが、国から支給された魔石はちゃんと孤児のために使っていたらしい。
「んえ、どうかしたか、考え込んで」
「……いいえ、何でも」
「ん、そうか?」
「えぇ、本当に何でもないのです」
心配してくれる人間がいるということに、ルネティアは少しだけ口角を上げていた。




