III.アダ、養子になる
「やっほー、久しぶり~」
〈英雄の屋敷〉ヴェヒター家にやってきたのは、〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ロード・ヴェヒター。アダがやってきてから、半年。これで五度目の来訪である。
手をヒラヒラと振り、とても楽しそうだ。
「おかえりなさいませ、アンジェリーネ様。お早いお帰りですね」
「うんっ! 最短記録だよ! やったね」
「それは何よりです」
このヴェヒター家で過ごして、分かったことがある。〈ヴェヒターの結界〉は〈光明の英雄〉が来ると、雰囲気が和らぐらしい。今、分かった。
「あっ、アダ~、久しぶり! 元気してた~? 勉強は順調?」
「えっ、あ、はいっ」
(また、会えた……!)
アダは表情を隠すように俯いてはにかんだ。
「アダ様はアンジェリーネ様がいらっしゃると、やけに素直ですね」
「えぇ~、いつもは素直じゃないの?」
「うっせ、〈ヴェヒターの結界〉!」
「あっはは、〈ヴェヒターの結界〉って呼んでるの? 堅苦しいねぇ」
〈光明の英雄〉がケタケタと笑う。
「ちなみに、なんでアダは女の子の格好をしてるの? 男の子だよね? それ、わたしの服だし」
「何を言っているのですか。アダ様は立派な女性です。アレはついてないです。それに、最初アダちゃん、と呼んでいらっしゃったでしょう」
「アレってなんだよ! アレって!」
「えぇ~、なんとなくだよぉ。ごめんね、男の子だと思ってた」
アダの声を無視して、〈光明の英雄〉は手を合わせて謝る。
「い、いいですよ、別に……」
「やっぱり素直……」
「うっせ、ヴェヒター!」
「ほんと、ぶれないねぇ」
〈光明の英雄〉が呑気な感想を述べる。
すると、〈ヴェヒターの結界〉が挙手する。
「どうぞ、ルネティア!」
「あの、アダ様。たまに面倒くさくなって『ヴェヒター』と呼ぶのはやめていただきたいです」
「確かにねぇ、思った」
「私の苗字は『ロデス』であって、『ヴェヒター』ではないのです。特に、外で呼ばれると困ります。ロデス家は特に有名でもないのですが、ヴェヒター家はとてもとても有名なので。とても目立って困ります」
「あ、あぁ」
アダは曖昧に頷く。〈ヴェヒターの結界〉が無言の圧力をアダに向けてきて怖い。
そのとき、〈光明の英雄〉が純粋な疑問を投げかける。
「二人で外に出かけてたの?」
「はい。買い出しに。そのときは非常に目立って最悪でした」
「あぁ~、ルネティアは目立つの嫌いだもんね」
そうして、雑談は終了し、本題に入った。
「ところで、どうしてこちらに? 大きな用でもなければ帰ってこないでしょう」
「あぁ~。うん、えっとね、養子縁組、早めに済ませちゃおうと思って。それともう一つ」
「もう一つ?」
「うん、陛下がね……」
いつも明るい〈光明の英雄〉のオパールの瞳が陰る。
「アダに会いたいんだって。それと、わたしとルネティア」
「は?」
「準備面倒じゃないですか。断れないんですか、〈英雄〉権限で」
「あははぁ、無理だねぇ。今回はガチの勅命だからさぁ」
とりあえず、皇帝に会う話はあとにして、先に養子縁組の話をすることになった。
「あの、よーしえんぐみってなんスか?」
「血の繋がりのない方同士を法律上で親子関係とするものですね。今回の場合は、アンジェリーネ様は母で、アダ様が子、ということになるでしょう」
「うん、そんな感じ」
「えっと、〈光明の英雄〉様が母さん……?」
「あっはは、変な感じだねぇ。別に母さんって、呼ばないでいいよ。わたしだって、母親なんて柄じゃないし。あっ、でも公的な場所では呼んでもらわないと困るかも」
(良かった。流石に〈光明の英雄〉様を母さんとは呼べねぇ……)
「そんじゃ、養子縁組始めよっか」
〈光明の英雄〉は紙を取り出し、机に広げる。
最近、文字を習い始めたので、簡単な単語は分かった。
「じゃあ、名前書いてくれるかな。名前書ける?」
「はい。書けるっス」
できることが少し増えた。ただそれだけで、少し嬉しくなる。
先に〈光明の英雄〉が名前を書き、万年筆を手渡される。
【アンジェリーネ・ロード・ヴェヒター
アダ】
美しい字の下に、アダの不格好な文字が並ぶ。
ちょっと恥ずかしくなってきた。
「〈規則の女神〉シュタインレードゥへ告ぐ。アンジェリーネ・ロード・ヴェヒターと、アダ・ドティフ・ヴェヒターはこれを誓う」
〈光明の英雄〉がそう告げると、文字だけが赤く燃えた。紙は燃えない。
(どういう原理だよ)
不思議に思ったが、貴族の魔法をアダに理解できるわけがない。アダは考えることをやめた。
「じゃあ、これから君はアダ・ドティフ・ヴェヒターって名乗ってね」
「……ドティフってどういう意味なんスか?」
(〈光明の英雄〉様や〈ヴェヒターの結界〉のロードは当主とか爵位を持つ人間だって習ったけど、ドティフって習ってねぇんだよな。〈孤影の英雄〉は特にないし)
「んん?あー、養子って意味だよ。ちょっと長くてごめんね」
「いや……それは、全然いいんスけど」
養子縁組を終え、皇帝と会う話が進んだ。
「何故そんなことになったのです? アンジェリーネ様が何かしたんですか?」
「ん〜、伴侶をいくつか勧められたんだけどさー、養子をとるって言ったら興味持たれちゃって」
「アンジェリーネ様のせいじゃないですか。というか、私関係ないですよね?辞退していいですか」
てへっと舌を出してウィンクする〈光明の英雄〉。なんというか、場が和むというか。
「駄目だよ〜。ルネティアは当主になってから一度も城に行ってないんだし、陛下が連れてきなさいって」
「トイフェル様は?」
「ん? あぁ、フェルト? 一応誘われたよ。でも断わっといた」
「……やはり、トイフェル様には甘い……」
「そういうんじゃないって。フェルトって、陛下でもお構いなしに睨んでるからねぇ、流石の陛下もあんまり気は進まなかったんだよ、きっと」
「私も次そうしようかな……」
「不敬罪で殺されるよ?いいの?」
(何なんだろ、この会話)
幼馴染二人の様子を見ていたアダはひっそりとため息をついた。




