I.〈ヴェヒターの結界〉 ルネティア視点
「ふぁ――……」
(今日も掃除しないと)
彼女はヴェヒター家――〈英雄〉の屋敷に仕える者だ。
この屋敷の主は二人。〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ロード・ヴェヒター。そして、〈孤影の英雄〉トイフェル・ヴェヒター。
先代の〈英雄〉たちは既に亡くなっていて、この屋敷に住むのは彼女と〈英雄〉の三人だけ。
と言っても、〈英雄〉はこの屋敷にはあまり帰ってこない。最低限の掃除ができていればいいらしい。だから、彼女がこの屋敷に仕えている理由は特にない。彼女はただの使用人なのだ。
――ただ、強いていえば。
『結界に反応ありよ、ルネ』
「うん、分かってる」
彼女は掃除道具を置き、急いでバルコニーまで階段を登る。
(……いた)
武器を持った男が数人。魔術師の女が一人。彼女は探知魔法を使って襲撃者を見た。
(魔力量は少ない。……これは、勝てる)
「何をしているのですか? ここは〈英雄の一族〉ヴェヒター家の屋敷です」
「存じておりますとも!」
彼女の問いに、低くしゃがれた声の男がそう言う。
「今なら、追いません。引き返してください」
「それに応じるとでも?」
(後悔しても、知らない)
「攻めるつもりでしたら、容赦はいたしません」
彼女は杖を出してすぐさま攻撃態勢に移る。
「カルス・ツィルーフリア」
早めに攻撃態勢に移ったのだが、二、三人くらいしか死んでいない。もう少し殺せるかと思っていた。侮りすぎたのだろうか。
(……それか、防御、得意?)
「俺たちには防御に特化した魔術師がついている! 〈英雄〉ですらない、お前では勝てぬ! むしろ、そちらが降伏せよ」
(……〈英雄〉ではない、ね。確かにそうだ)
「降伏しては、我が主に叱られます故」
「カルス・マーギッシュカフ」
高速、というより不規則な動きをさせると、意外と当たった。あんな威勢がよかった割に防御は甘いし、防御する技術も少ない。反撃しようと距離を詰めてくることもなかった。
残り一人。魔術師の女だ。
「ひ、ひぃっ……こんなに強いなんて、聞いてないわよっ!」
(……あ、逃げた)
「追いかけるって、最初に言わなかったっけ?……ヴォラーレル」
走る魔術師を高速で、飛んで追いかける。幸い、道に沿って真っ直ぐ走る馬鹿だったから、すぐ見つかった。
「ヴァラドゥーリ」
(……えいっ)
大きく振りかぶって槍を投げる。空中で投げるのは少し難しい。今度、練習しなければならない。
槍は女の心臓の辺りを貫いたらしい。まだギリギリ生きているけれど、死ぬのは時間の問題だろう。
「いやぁっ。痛い痛い痛い痛いッ!!」
「追いかけると最初に申し上げたのですが、聞こえなかったのですか?それとも、そんな数分前のことも忘れちゃうような馬鹿だったのでしょうか?さっきの槍だって、盾持つか防御魔法でなんとでもなったと思いますけど」
魔術師の女に近づく。身につけている魔石は銀色なので、中級魔術師だろう。それなりに新しいローブ羽織ってるから、成人したばかりなのかもしれない。
だからといって、生かすつもりもない。
(……あ、これ、あれだ。イリーナ・アベニウス。オリアン子爵領の中級貴族の娘か)
「あ、あんたはぁっ」
「ご存じないようですから、死ぬ前に教えて差し上げましょう、イリーナ・アベニウス嬢」
自身の名前を当てられたイリーナが彼女に畏怖の目を向ける。
イリーナから槍を抜き取ると、意識が朦朧としだしていた。もう死ぬだろう。
「私はルネティア・ロード・ロデス。〈ヴェヒターの結界〉です」
「ロデ、ス家――〈英雄の臣従〉……」
イリーナは目を閉じ、絶命した。
(……さ、早く帰って、後片付け。あと、掃除の続きしないと)
「やぁ、ルネティア」
「……!!」
彼女――〈ヴェヒターの結界〉の振り返った先には、金髪の女性がいた。存在感があり、美しい女性だ。なんと言っても、〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ロード・ヴェヒターなのだから。
そして、小さな子供も連れている。
「アンジェリーネ様……お久しぶりです」
「うん、久しぶりだね。そういえば、なんでこっちまで――?……あぁ、なるほどね」
アンジェリーネは先程、殺した女の亡骸を見てそう言った。アンジェリーネが〈ヴェヒターの結界〉の頭にポンと手を乗せる。
「ありがとう。大変だっただろう」
「……いえ。仕事、ですので」
懐かしい気持ちだ。なんと表現すればいいのかは分からない。泣きそうな感情さえある。
少しだけ感傷に浸って、〈ヴェヒターの結界〉はチラリと小さな子供を見る。
「あの、そちらは?」
「あぁ!忘れてた。さ、挨拶して?」
「………………アダ」
アダ、と名乗った少女はこちらを睨む。警戒されているのだろう。
(女の子、でしょうか?)
ボサボサになっている赤褐色の髪は短く不規則な長さをしている。
「アダちゃんだよ! 孤児らしくてねぇ。わたしの予想が正しければ、〈英雄〉の資格があるはず。引き取ったんだぁ。この屋敷で育てておくれ。〈英雄〉でなくても、使用人くらいにはしてあげようと思ってるんだぁ。教育は任せるね? ルネ」
昔に呼んでいた愛称でアンジェリーネは〈ヴェヒターの結界〉を呼ぶ。
「……次の〈英雄〉として、ですか?」
「そうだよ」
「かしこまりました」
礼をすると、アンジェリーネが手を振って、去っていく。
「アダをよろしくね、ルネティア~。夜頃には多分、フェルトが来ると思うから、説明もよろしく~」
(……全部押し付けましたね、アンジェリーネ様)
だが、もういつも通りのことだ。魔石獣での連絡による無茶ぶりなど、昔からあった。
「かしこまりました。お気を付けていってらっしゃいませ」
もう一度、深く礼をすると、隣でアダが〈ヴェヒターの結界〉のことをチラリと見ながら、〈光明の英雄〉に礼をしていることに気づいた。
そのエメラルドの瞳には、憧れが詰まっている。
(この子も、〈光明の英雄〉に憧れる一人ですか)
「アダ様、お屋敷を案内いたします。すぐに戻らねば、また〈英雄〉の屋敷を攻めてくる者がやってきます故。……オイレ」
〈ヴェヒターの結界〉の魔石獣――アレクシアを呼び出す。
『やっほぅ! さっきのヤツらは殺し終わったんだぁ。で、そっちは?』
「ひっ」
アレクシアはアダを見て首を傾げる。アダはびっくりして、〈ヴェヒターの結界〉の服の裾を掴んだ。
(初めて見たのでしょうか、魔石獣)
「アダ様。アンジェリーネ様の予想が正しければ、次の〈英雄〉」
『え、〈光明の英雄〉の子供!?』
〈ヴェヒターの結界〉はアダを先にアレクシアに乗せ、その後ろに乗る。
「違う。きっと養子にするんでしょ」
「お、おいっ! 養子ってどういうことだ!?それと、お前ら誰!」
「申し遅れました。〈ヴェヒターの結界〉ルネティア・ロード・ロデスと申します」
「ゔぇひたーのけ――」
そのとき、アダの言葉を遮って、アレクシアが声を上げる。
ピリッと体に違和感があったのは〈ヴェヒターの結界〉も同じだ。
『ルネ! また結界にっ!』
「どうやらそうみたいね。アダ様、飛ばすので、掴まっててください」
アダが〈ヴェヒターの結界〉の服を掴むのを確認する。アレクシアにうんと魔力を込め、屋敷にまで飛んでいった。
屋敷が見えてきた。同時に、屋敷を攻めている者も見えてくる。
それを見て、アダがポツリと呟いた。
「狼?」
「いえ、あれは――」
屋敷には狼が――否、魔獣が屋敷を攻めている。
異形な角の生え方。あれは屍体魔獣だ。元々ただの動物だった死体に、魔獣の細菌が入り込んで、魔獣となっている。基本的に通常の魔獣より強く、消滅に時間がかかるのが特徴だ。元々狼だったのだろう。
「屍体魔獣です」
「したいまじゅう?」
「積もる質問もあるかと思いますが、質問は後で。アレクシア、アダ様をよろしく。このまま、空中で待機。アダ様と話すことは許可する」
『わかった。気をつけて』
〈ヴェヒターの結界〉はアレクシアから飛び降り、杖を出す。ついでに杖を大鎌に変えた。
「ファレーシス」
狼ならざるものに大鎌を振り上げ、殺していく。杖から変形させた武器はあまり重くないので、楽に動かせる。
(最後の一匹)
大鎌に魔力を込め、放つ。殺せる且つ、最小限の魔力で。
「マーギッシュカフ」
攻撃が狼ならざるものにあたったことを確認し、大鎌を杖に戻した。
そのタイミングで、アダを乗せたアレクシアがこちらに降りてくる。
『お疲れ~』
「なぁ、あの〈ヴェヒターの結界〉は強いのか?」
『ん? あぁ、ルネのこと? チョー強いよ。アイツらなんて余裕なくらいさ』
「じゃあ、〈ヴェヒターの結界〉はどんなヤツだ?」
『さぁ、どんなだろうね。でも、優しい子だよ』




