第3話 急襲する妹
「ここであなたを失うわけにはいきません!」
鋭い声が黄昏の静けさを破った瞬間、アイの手に握られたサーベル状の刀身が蒼白の光を放ち、アイは俺の前へと躍り出る。
ビームが空気を焼き切るような「ジジジッ」という低い唸りが耳を震わせ、焦げた空気の匂いが鼻を突いた。迫り来る金属塊の重量に圧されるはずだったが、彼女の光刃は目にも留まらぬ速さでそれを刻み、粉々の破片が地面に散らばる。破片が地面に散るたびに焦げた鉄と熱気が漂った。
「久しぶりね、アイ姉さま。さっきはそこの人間の記憶をスキャンしてたようだけど……何を企んでいるの?」
声の主はアイに瓜二つの少女。恐らくアイの妹で、あのホームで感じた視線の正体は、彼女だったのだろう。彼女の声は氷のように冷たく、耳の奥に残響を残す。
「久しぶりね、ミレナ。私の計画についてはあなたが知る必要は無いわ。それと、二度とこんなことしないで」
「どうして? やっぱりその男がいなくなるのは不都合ってこと? 本当は何をしようとしているのか掴みたかったけど……もういいわ」
ミレナの周囲に槍状の金属が浮かび上がる。空気が震え、鋭い金属音が連続して鳴り響く。鉄の匂いがさらに濃くなり、息苦しく感じるほどだった。その槍先は俺の方を向いて、機を窺っている。
「あなたがアイに勝てるわけないじゃない。アイは――凪山サトルを絶対に守る」
その言葉にミレナの顔が強張る。アイの言葉に感動しつつも胸の奥で祈った。どうかこれ以上挑発しないでくれ、と。
「アイ姉さま、再起不能になる覚悟はしてもらうわ」
宙に浮かんだ槍はアイに狙いを変え、雨のように降り注ぐ。空を裂く鋭い風切り音が耳をつんざく。アイは人間離れした速度で駆け、避けきれぬものはビームサーベルで焼き切る。刃が触れるたび、金属は赤熱し、焦げた匂いが立ち上る。遊具を踏み台に跳躍し、旋回する光刃で追尾する槍をまとめて薙ぎ払う。衝撃音と熱気が公園に反響し、地面が震えた。
勢いをそのままにミレナまでの距離を一気に詰める。もう少しで攻撃が届きそうな距離、ミレナは後方へ跳ね退いて逃れる。ミレナの身体能力はアイと遜色なく、距離を取られると遠距離攻撃が得意なミレナに分がある。
追いかけても距離は縮まらず、攻撃は止まない。次第に躱しきれない傷が増えてくるが、致命傷は免れている。
苛立ったミレナは、近くのビルを丸ごと浮かせた。空気が唸りを上げ、瓦礫が落ちる前から埃とコンクリートの匂いが鼻を突いた。
「危ない!」
思わず声を上げ、俺はアイへ駆け寄る。瓦礫が迫る轟音に心臓が跳ねる。自分が行ったところで何もできないし、足手まといになる可能性の方が高い。だがこの攻防に圧倒されるなか、俺には一つの疑問があった。――なぜ槍は俺を狙わなくなったのか。アイの言葉を境に、矛先は彼女へと移ったままだ。
瓦礫が迫る。俺はアイに覆い被さり、地面へ伏せた。衝撃に呑まれる寸前、瓦礫の動きが止まる。耳に残るのは、ビームの低い唸りと鉄骨が軋む音だけ。
「離れなさい! 巻き込まれるわよ!」
「嫌だ!」
覚悟を決めて目を閉じる。だが衝撃は訪れず、瓦礫は別の場所へ落ちていった。粉塵が舞い、埃っぽい匂いが肺に入り込む。
ミレナの息も荒い。消耗しているのだろう。アイのそばを離れない俺を見て、
「ここは一旦退くわ。でも監視は続ける。忘れないで」
そう告げて、彼女は黄昏に消えた。残されたのは、ビームの残響と焦げた匂いだけだった。
「サトル、ミレナは義理堅いからよかったけど……もうこんな無茶はしないで」
「わかったよ。無事でよかった」
「せっかく服を買ってもらったのに、もう傷だらけにしちゃってごめん」
「それくらい気にしなくていいから。……それにしても厄介な相手だったな。アイもあの金属曲げたり宙に浮かせたり――超能力みたいなことができるのか?」
「ミレナみたいな芸当、アイにはできないわ。アイは不完全だから」
物憂げにそう言う。その姿は、さっきまで自信満々に戦っていた彼女からは想像ができない。
話題を変えようと、公園の惨状へ視線を移す。
粉々になったはずのジャングルジムも、槍へと姿を変えた雲梯も、投げつけられたビルさえも、今は元通りに戻っている。
アイの説明によれば、ミレナが操っていたのは並行世界に存在する物質で、この世界では長く留まることができず、やがて消えるのだという。確かに、公園は何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。
――ミレナは危険な力を持っている。監視すると言っていたが、この先どうなるのだろう。
「何があってもサトルのことはアイが守る。だからサトルは使命の方をちゃんとやりなさい」
そう言ってアイは背中を軽く叩いた。その温もりに、サトルは彼女を信じ、自分にできることをやろうと決意する。
*
「ミレナ姉様は無事アイ姉様に会えたかな」
「大丈夫だよ。宇宙テクノロジーが導入されて、ちゃんと技術は確立してるし」
4人姉妹のひとり、アモラはミラにそう答える。
「それより子供たちのお世話をしなきゃ。レジスタンスが暴れて被害が出てる。鎮圧と増産の手配……よし、問題なし。物資を横取りされて生産が遅れるのは痛いけど」
「レジスタンスなんて、その気になればどうとでもなるのに……もどかしいな。姉が帰ってきたらきっとレギオンがすぐに執行してくれるよね」
*
――今日は学校だ。行きたくない。
夜は寝つきが悪く、ストレスで金縛りに遭うことも多い。そして緊張で目覚ましより早く目が覚める。だから朝はいつも眠い。ふらつく足取りでリビングへ向かう。
「サトル、おはよう」
「あっ……おはよう。なんでもう起きて……朝ご飯、作ってくれたの?」
「うん。昨日はアイのせいで危険な目に遭わせちゃったしね。お詫びのつもりよ」
たまには作ってくれるらしい。ありがたい。
「おいしいよ。ありがとう。……ところで、そこにかけてある制服って?」
「アイも同じ高校に通うの。そうしないとサトルを守れないし、愛の観測もできないからね」
学校へは連絡済みで、今日面接に行くという。きっと形だけのものだろう。それにアイなら入学するくらい、未来の技術でなんとでもなりそうだ。
「サトルは元気ないわね」
「学校嫌なんだよ。考えるだけでお腹痛くなるし、教室では浮いてないか気になるし」
学校は家から近い進学校を選んだ。勉強はできたから、なんとなく大学へ進学するだろうと考えて決めた。
今は2年生になってまだ半月、新しいクラスに馴染めず憂鬱だった。本当は愛どころではない。
「それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ぎりぎり学校に間に合う電車に乗り、ホームに着いてからは時計を見ながら到着する時刻を調整する。
授業が始まるまでのコミュニケーション強者達が支配する時間を避けるためだ。チャイム直前に教室へ滑り込み、席に着いた。
今日のホームルームでは担任が転校生の紹介をするという。
(まさか……アイ? 今日は面接のはずだけど)
先生が合図を送る。教室に入ってきたのは――アイと瓜二つの顔を持つミレナだった。
「はじめまして。佐々木ミレナです。父の仕事の都合で越してきました。よろしくお願いします」
「それじゃあ、一番後ろの空いてる席に座ってくれ」
席へ向かうミレナと視線が交差する。本当に監視するつもりなのだろう。背中に突き刺さるような視線を感じ、ちらりと振り返ると、目が合った。慌てて顔を背ける。
――アイ、頼む。早く転校してきてくれ。




