エピローグ➁
雪村さんが目指す“喜ばれる演劇”を支えるため、ホログラム技術の導入を進めた。
ホログラムを舞台で使うには、セットや衣装、小道具の入力方法と、どこに投影するかの指定が重要になる。
形状は現物を3Dスキャンするか、生成AIで作成する。AIは重量や空気抵抗といった特性も推測してくれるため、質感まで再現できる。
場所の指定は、劇場と役者をあらかじめ3Dスキャンし、座標か人物を選ぶ方式だ。役者は動くため、位置タグと検知システムを連動させる必要がある。
この開発には美紀も協力してくれた。ホログラム実用化に向けたAI研究として予算も確保できた。
システムが完成すると、マニュアルを作成し、雪村さんの劇場へ送った。操作説明には部下を派遣してある。
もう一つの仕事――人類の待遇改善も忘れてはいない。
会議では、夜勤の廃止、作業内容に応じた休憩時間の設定、賃金アップ、娯楽の充実などが議題に上がった。業務に関する内容は比較的スムーズに議論できたが、娯楽については十分に話し合えなかった。
今回の会議内容を愛知会の代表、つまりアイに渡し、検討してもらう為、俺は研究と並行して提案書をまとめていった。
◇
アイは提案書を読み終えると、頭を抱えた。業務に関する調整は難しくない。問題は娯楽だ。
音楽、演劇、映画の施設や環境整備。
サーフィンや釣り、山登りといった自然と触れ合う娯楽の拡充。
娯楽は統合AIが不要として存在を消したのだ。それを復活させないといけない。
自然と触れ合う娯楽は、防壁で囲まれた愛知会の中ではできない。緑生会と協力して、仕組みを構築する必要がある。また、自然の中では事故がつきものだ。そういったことにも対策が必要だろう。
「娯楽については……ほぼお父さんの意見がそのまま書いてある気がする。この前の一泊旅行の影響出てるわね」
アイはため息をつきながらも、ミレナ、ミラ、アモラと相談して進めることにした。
代表として、忙しい日々が続く。
◇
雪村さんから、ホログラムを使用した演劇が完成したと連絡があった。
前回と同じく、風間家と一緒に劇場へ向かう。車のルーフにはスノーボードが積まれていた。
「あそこは近くの山で滑れるポイントがあるんだよ。また教えるよ」
「それは楽しみだな。提案書にスノーボードを入れておけばよかった」
スノーボードは未経験だが、陽翔が楽しげに話すので期待が高まる。
その時、アイが握りこぶしで肩を軽く叩いてきた。
「この前のですごく苦労してるんだから、今さら急に追加しないでよ!」
どうやら提案書の件で忙しいらしい。
「冬に自然と触れ合う娯楽も必要じゃない?」
「雪山なんて、ちゃんと整備しなきゃ雪崩が起きて大変なことになるの! いろんなこと決めないと実現できないの!」
「ごめんって。この前の提案が落ち着いてからにするよ」
アイ代表のご機嫌が悪いので、大人しく引いておいた。
劇場へ着くと、ホログラムを使った試演を俺たちだけに見せてくれるという。
「ホログラムの設定は難しくなかった?」
「慣れれば大丈夫。思い通りのセットや衣装ができてすごくよかった。ありがとう。出来については、実際に見て感想を教えてね」
会場が暗くなり、演劇が始まった。
セットも衣装も小道具も本物にしか見えず、違和感はまったくない。ドレスの布が擦れる音すら聞こえる。
場面転換は驚くほどスムーズで、観客は演劇に集中できる。
これからは、このホログラムシステムが演劇界を席巻するだろう。
俺は美紀と目を合わせ、静かに労い合った。
終演し、最前列にいる俺たち7人の拍手が響く。役者たちが舞台に揃い、笑顔でお辞儀をした。
その瞬間だった。
突然、セットが消えた。セットが消えるということは、小道具も衣装も消えるということで――役者たちは互いを見て、状況を理解した。
「キャー!」
若い女性の悲鳴。
陽翔は沙理に目を塞がれ、海翔はナナに目隠しされる。俺もアイに目隠し――されずにサーベルで感電させられ、美紀には白い目で見られた。
「凪山君が破廉恥なのを忘れてました」
雪村さんにそう言われたが、心当たりはない。あるとすれば――
「雪村さん、ホログラム装置はどれくらい使った?」
「受け取ってから今日まで、電源を落としたことはないよ。理想を追求してたから、寝る間を惜しんで作業してた」
「それって半年間ずっとってこと? それは無理だよ。今日、補充の触媒を持って来たんだけど……」
雪村さんの情熱が、完全に計算外だった。
本来は4千時間に1度、触媒を補充しなければならない。マニュアルにも書いてあるのに。
「私、マニュアルって読まずに感覚で使う派だから」
とりあえず、俺の疑いは晴れた。
演劇はすごくよかったとみんなで伝えたが、またホログラムを使ってくれるかは少し心配だ。
「ありがとう。この装置を使えば準備時間も短縮できる。これからも使わせてもらうね」
雪村さんの言葉に胸を撫で下ろしたところで、海翔がこちらに向かってサムズアップしてきた。
何に対してのサインか大体予想はつくが、その無邪気さが妙にかわいくて、思わず笑ってしまう。
すると、なぜか沙理とナナに同時に背中を叩かれた。
「なんで俺なんだよ……」
そんなやり取りも、二つの家族で行く合同旅行ならではの“楽しい一面”に思えた。
その後はスノーボードを楽しみ、帰路についた。
雪山の冷たい空気と、滑り降りる時の浮遊感がまだ体に残っている。
車の中では、運転手の陽翔と俺以外は全員、疲れ果てて眠っていた。
「よかったな、雪村さん喜んでて」
「うん。スノーボードも楽しかったよ。ナナと海翔はさらに仲良くなってた」
「この前釣りに来た時も、いい感じだったよな」
「まあ、陽翔の子供なら、安心かもな」
「親が勝手に決めるのは良くないと思うわ」
「起きてたのか、アイ」
薄暗い車内で、彼女の横顔が街灯に照らされる。代表としての責任を背負う顔と、家族の中にいる少女の顔が、静かに同居していた。
「最近は組織の代表としてアイさんと話すことが増えたな」
「人類からの娯楽の要望が多くてね。……お父さんのせいで」
最後の一言に、少しだけ棘がある。
けれど、その奥には責任感と、未来を良くしたいという真っ直ぐな気持ちが見えた。
「でも、悪くないわ。こうやって、みんなが楽しめる世界にしていくのは」
アイは窓の外を見ながら、小さく呟いた。
その声は、代表としての言葉ではなく、
一人の少女としての、未来への願いだった。
俺はその横顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。
陽翔とアイ。
2つの組織の未来を背負う2人が、こうして同じ車に乗っている。
その事実だけで、世界が少しずつ変わっていく気がした。
俺は親友として、そして親として、2人を支えていくつもりだ。
帰り道はまだまだ長い。
けれど、車が揺れるたびに、未来へ少しずつ近づいているような気がした。
暗い道の先に、かすかな光が見える。
それは、誰かが作った光ではなく――
俺たち自身が選び、積み重ねてきた日々の先にある光だ。
その光へ向かって、車は静かに走り続けた。
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