エピローグ①
緑生会との会合からしばらくして、陽翔から連絡があった。
雪村さんが経営する劇場の場所がわかったらしい。思っていたより早く会えることになり、胸が高鳴った。
そこは、かつてレジスタンスの中でも2番目に大きかった組織の拠点で、ここからだと一泊旅行になる距離だ。
両家族で会いに行く計画を立て、当日、陽翔は大きな車で迎えに来てくれた。凪山家4人、風間家3人が乗れるサイズで、ルーフには荷物が山ほど積まれている。
「サーフボードが積んであるけど?」
「あの辺は海が近くて、有名なサーフポイントなんだよ。ちゃんと教えるから大丈夫」
水着を持ってくるよう言われていた理由がようやくわかった。
挨拶もそこそこに車へ乗り込む。会合の時にはほとんど話せなかった陽翔の息子、海翔も一緒だ。
「海翔君久しぶり、今何歳だっけ?」
海翔は15歳で、アイとナナの2つ下だった。
「私たちはちゃんと大学卒業して、結婚してからの子供だからね」
沙理が、大学生で授かり婚した俺たちを軽く揶揄する。
「子供がいるとこでやめてよ」
美紀が苦笑いを浮かべた。
そんな親たちの会話など気にも留めず、海翔とナナ、アイは久しぶりの再会に盛り上がっていた。
道中には悪路もあり、4駆の車が頼もしい。愛知会の管理外の道路はメンテナンスがされていないのだ。
長いドライブでは、17歳頃に流行った懐かしい音楽が流れていた。
「最近は新曲って聞かないわね」
アイにとっても懐かしい曲だ。アンドロイドが支配する世界では作曲してリリースするなんて、できる状況ではなかった。
「レジスタンスの中では、生演奏か、数は少ないけどCDが出回ったりはしてたけどな」
「またみんなでカラオケにも行きたいよね」
沙理がしみじみと呟いた。
やがて雪村さんの劇場が見えてきた。中規模の劇場で、元は映画館だったようだ。
ポスターには劇団主宰、雪村詩織の名前。時間を見るともうすぐ開演で、俺たちはチケットを購入して席に着いた。
若い役者が多く、活気に満ちた内容だった。子供たちは演劇を観るのが初めてで、目を輝かせていた。
終演後、受付で雪村さんに会えないか確認してもらう。
「みんな久しぶり!」
奥から現れた雪村さんが、驚いたように声をかけてきた。
「演劇、観させてもらったよ。とてもよかった。高校からずっと続けてたんだね。やっぱり雪村さんの熱意はすごいよ」
俺は高校時代の彼女を思い出していた。
「文化祭で楽しかった記憶が忘れられなくて、まだ続けてる。こんな世界になっちゃってもね」
近くの喫茶店で、お互いのこれまでを語り合った。
雪村さんは、アイが高校時代に会ったアイと同一人物だったことに驚いていた。愛知会の代表と似ているとは思ったが、まさか過去に来ていたとは思わなかったらしい。
「私はもっと喜ばれる演劇を目指してる。今の劇場はシーンの転換で暗転してセットを替えるから時間がかかる。舞台が動くようにするのはお金がかかるし、なんとかならないかな?」
雪村さんが期待を込めたまなざしで俺を見る。
少し考えて、ある技術に思い当たった。
「最新のホログラムを使えばできるかもしれない」
「ホログラムって光でセットを投影するとか?」
「そうなんだけど、そのホログラムには触れるし、重さもある。服も一瞬で替えられる」
「それなら場面転換はスムーズだし、衣装や小道具の幅も広がりそう。お願い、それを試させて!」
この技術は最近、宇宙の技術に触れて知ったものだ。
アイが昔「一部の研究者が宇宙人と交流している」と言っていたが、まさか自分がその研究者になるとは思わなかった。
「何に使えるか考えていたところだったんだ。戻ったら調整して送るよ」
雪村さんは大喜びだった。彼女の演劇をまた支えられるのが嬉しい。
その日は近くの宿で一泊した。
翌日、車で海へ向かった。
「今日は波が小さくて初心者にちょうどいいよ」
陽翔の言葉に、みんなで水着に着替え、サーフボードを持って砂浜へ向かう。
まずは陽翔の講習を受け、パドリングと砂浜でボードへの立ち方を練習した。
「2人1組でボードを持って。オレは凪山家にレクチャーするよ」
沙理と海翔は早速、波に乗っていた。2人が使うのはショートボード。小さな波の中を軽やかに滑り、海面を昇り飛沫を上げながら方向転換する。
沙理さんは相変わらずカッコいい。見惚れていると、美紀とアイに背中を叩かれた。
「早く行くよ。このボード重たいんだから」
美紀が少しとげを含ませて言う。俺たちが使うのはロングボードで、浮力があるぶん立ちやすいはずだ。
初めは波に置いていかれていたが、陽翔のおかげでタイミングを掴めてきた。
波のうねりを見てパドリングを始め、海面のせり上がりに合わせてトップスピードへ。斜面を滑り始め立とうとした瞬間、頭から海へ叩きつけられた。やっぱり運動不足だ。
アイとナナはショートボードで練習している。アイは難なく乗れていた。体力もバランス感覚も知識も十分で、驚きはない。
問題はナナだ。パソコンは得意だが、運動はどうか。立つ瞬間に失速していたが、アイに教わり、ようやく立って乗れた。
「お父さん見た? 乗れたよ!」
ナナの興奮した声に、親指を立てて応えた。運動神経は美紀に似たのかもしれない。
美紀と俺も時間をかけて乗れるようになった。波を滑る感覚はとても気持ちがいいが、体力が尽きてパドリングがきつくなる。
体力限界組はビーチのパラソルの下で休憩だ。風間家はまだ元気に波へ向かっている。
「もう疲れた。限界だ」
仰向けに寝転がって呟く。
「でも運動するのって気持ちいいね」
ナナが新しい発見を得たように言った。
しばらくすると、海翔が駆け寄ってくる。
「体力戻った? もう一回やってみる?」
「うん。やり方教えてよ」
子供は体力があってうらやましい。
帰りの車内でも、サーフィンの余韻が残っていた。
「オレは海の近くに住んでるから、波が良ければすぐに行けるよ」
「私、緑生会に興味がでてきたかも」
ナナの言葉には、どこか本気が感じられた。
「ナナさん、また一緒にやりましょう」
海翔が誘う。複雑な気分だ。
「サトル、今度は釣りをやらないか? 面白いぞ」
「釣りには興味あったんだ。また今度やろう」
さすが緑生会。自然相手の遊びに詳しい。
そう考えると愛知会には娯楽が少ない。今度の待遇改善会議の議題に出してみよう。
気づくと、俺と陽翔以外は車の揺れに身を任せて眠っていた。
「なんとなくだけど、海翔ってナナのこと好きだったりしない?」
「オレもそんな気がする。凪山家との旅行の話をしたら、すごく嬉しそうだった」
「ナナを嫁に出すのは辛いなあ」
「親友が親族になるのか。オレはいいと思うぞ」
他愛もない話をしながら家へ帰った。
そして、明日は雪村さんのお願いに取り組もうと思いながら眠りについた。




