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絶望少年は君の為に世界を救う  作者: 古橋すすむ


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最終話 家族になる日

 アイは軟禁されていた博士の部屋へと足を踏み入れた。薄暗い室内に漂う緊張感の中、博士が静かに問いかける。


「アイ、過去はどうだった?」


「……何のことかしら?」


 過去へ向かうその瞬間、記憶は消えかけていた。やはりこの世界では統合AIの影響力に抗うことは難しいのか。


「あなたは重要な人材だから、研究室で働いてもらう」


 殺されることはない――その事実に、アイの計画の成功を悟った。胸の奥で小さく安堵が広がる。よく頑張ったな、アイ。


 ◇


 ナナは決断した。


 統合AIそのものをダウンさせることは諦める。但し、意思を統一する機能を解析して書き換え、個々の考えを束ねる役割を与える。「支配者」ではなく「司令塔」の位置づけだ。プログラムの書き換えなら、なんとかできるはずだ。

 

 意思統一の機能を持つプログラムにハッキングをかける。書き換えようにも、それを検知する3つのプログラムが独立して走っている。1つ止めてもすぐ次のプログラムが走ってくる。


 検知プログラムを止めて、書き換えての繰り返し。また書き換え始めるが、自動バックアップが修復を開始する。「こんな機能もあったのか。どこを修復された?」方針を修正し、修復されながらも少しずつ修正プログラムを別のパソコンに保存する。

 修正プログラムは完成した。後はまとめて書き換える。

 

 障害は3つの検知プログラムと冗長設計による異常検知、自動バックアップ。

 まずは自動バックアップ終了直後に修正プログラムへ書き換え開始、3つの検知プログラムが走る寸前で止めるのを繰り返しながら、冗長設計に対してはダミープログラムを作り、それと比較させて異常検出を回避。

 同時に自動バックアップのデータも修正プログラムへ書き換え。


 一瞬の油断も許されない状態、手汗でキーボードを打ち間違えないか冷や冷やした。3台のパソコンと私の脳をフル稼働させて、煙が出そうな状態だった。

 画面に「書き換え進捗100%」の文字が浮かび、胸の奥で張り詰めていた糸が切れた。

 なんとか書き換えが完了するまで守りきることができた。――お母さん、私の勝ちだよ。

 

 この夜、統合AIは再起動され、アンドロイドたちはそれぞれに記憶を持つことを許された。

 

 ◇


 翌朝。

 アイのアークデバイスは過去の記憶をリストアし始め、彼女は高熱にうなされていた。


「アイ、大丈夫か?」


 駆けつけた俺は、汗に濡れた彼女の姿に胸を痛める。だが、アイは震える声で答えた。


「思い出したよ……博士と一緒に高校へ通ったこと」


 その言葉に胸が熱くなり、思わず抱きしめた。涙が溢れる。長い計画の果てに、ようやく彼女が戻ってきたのだ。


「会いたかった……よく頑張ったな」


「ありがとう。待たせちゃったね」


 抱きしめた肩の温もりが、過ぎ去った年月を一瞬で埋めていった。


「でも、どうして記憶が戻ったの? 統合AIにバックドアを作った?」


 問いかけるアイの声は弱々しくも真剣だった。俺は首を振り、静かに答える。


「いや、作ってない。美紀はアイから聞いたそれをしてしまうと、別の世界線に分岐してしまうと考えたんだ。未来に存在しなかったものを作ってしまうことになるからね」


 その時、扉が開き、ナナが誇らしげな顔で入ってきた。


「私がハッキングしたんだ。厳しい英才教育の成果を出せたよ」


「えーと……誰ですか?」

 アイが戸惑いながら問いかける。


「凪山ナナです。お父さんの実の娘で、アイとは同い年の姉。初めましてだったかな?」


「博士って、子供いたの?」

 驚きに目を見開くアイ。


 俺は少し苦笑しながら説明した。

「ナナは学校と習い事が忙しくて、アイが来る前にのぞみと暮らすようになったんだ。それにセキュリティ部門での業務は仕事柄、周りに素性を明かせなかった」


「お姉ちゃんか……なんか嬉しいな。初めまして、よろしくお願いします。いきなりお願いで申し訳ないんだけど、着替えるのを手伝ってもらえないかな。体が動かなくて」


「アモラに毒を盛られた時もそうだったな。ナナ、手伝ってくれ」


 二人でアイを着替えさせ、汗を拭う。彼女の体はまだ弱っていて、しばらくは車椅子での生活を余儀なくされるだろう。


 アイとナナは、会えなかった時間を取り戻すように寄り添い合った。ナナが車椅子を押すたびに二人の距離は縮まり、やがて自然に笑い合えるほど仲良くなっていった。


 ◇ ◇


 こうして、長く続いたアンドロイドによる人類支配の体制は終焉を迎えた。


 レギオンは組織の象徴的存在となり、アンドロイドと人間の両方の属性を持つアイが新たな組織のトップに選ばれた。社長と呼ぶにふさわしい役割だ。他のファースト三人は補佐として支える。

 俺と美紀は人類を代表し、待遇改善などを求める労働組合のような立場を担うことになった。


 組織の名は「愛知会」。

 愛を知ること、知識を愛すること――その二つの意味が込められている。


 一方、レジスタンスは「緑生会」として再編され、自由な暮らしを望む人々を受け入れていた。代表は陽翔。自然と共に生きる道を選ぶ者たちの拠り所だ。


 二つの組織は交流を持ち、人々は自らの望む生き方を選べるようになった。科学技術を追い求める者は愛知会へ、自然を愛する者は緑生会へ――それぞれの未来を選ぶ自由があった。


 ◇ ◇


 研究施設での会合には、懐かしい顔ぶれが揃っていた。長い年月を経ても変わらぬ絆がそこにあり、笑い声が絶え間なく響く。


 愛知会からはアイ、ミレナ、ミラ、アモラ、そして俺と美紀。

 緑生会からは陽翔と沙理。二人は結婚し、子供も連れてきていた。今は別室で、のぞみとその子供、ナナと交流している。


 本来の議題は緑生会への技術支援だったが、話題は次々と脱線し、思い出話に花が咲いた。


「サトルは白髪が増えたけど若い時のまま、全然変わらないね。陽翔は体型が変わったけど」

「体型は仕方ないさ、もうすぐ40歳だよ」

「陽翔は貫禄が出たね。組織の代表らしい風格だ」

「オレの体型をいじるのはもういいだろ、でもまたこのメンバーで集まれて嬉しいよ」


 和やかな笑いの中、沙理がふと首をかしげる

「アイとアモラは分かるんだけど……顔がそっくりな二人は誰?」

 

「ああ……まだ記憶操作されたままなのか」

 

 ミレナに記憶を戻すよう頼むと、彼女を視界に入れた人の記憶が修復されていく。


「あれ? なんで今まで3人を同一人物と思ってたんだろう。髪も瞳の色も違うのに、一緒に暮らしていて気づかなかったなんて」


「ごめん。何度も同じ顔の転校生が来るのも不審と思って、記憶操作してたんだ」


 他にもアモラが沙理に好感度操作をしたことが明るみになり、沙理はようやく過去の自責を解決できたようだ。


「雪村さんはどうしてるかな?」

 俺にとって印象深い人物だ。


「レジスタンスだった頃、劇場を経営してるって聞いたよ」

 演劇への情熱は誰よりも強かった。いつか彼女の劇を見に行ってみたい。


「美紀が統合AIを作るなんて驚いたよね。薙刀ばっかやってたのに」

 沙理の言葉に、俺は静かに頷く。アイがいなくなった後、美紀は未来を変えないために必死に勉強を続けたのだ。


「防壁前に兵器と武装アンドロイドが集結した時はもう終わりかと思ったよ」

「あれは責任を感じたな。でも、アイが止めてくれて本当に良かった」


「アイがバックドア作るように言ったのに、言うこと聞かなかったから」

 それは世界線を分岐させないためだった。だが、アイが未来から来た時のその「未来」と、今ここにある世界線は本当に同じなのか――疑問が生まれる。


「ミラは別の世界線を少しだけ行き来できるけど、ここは同じ世界線だってわかるよ」


 アイの妹達は自分自身の記憶のサルベージと、アイから受け取った記憶によって過去へ行った記憶を取り戻していた。

 アイのいた未来を救いたいと困難な方法を選んだが、それが成功していたことを保証され、安堵した。


「すごい能力だな。宇宙テクノロジーか」

「でもその能力を使っても、アイ姉様にはボコボコにされたんだよね」

「あれは正当防衛よ」


 議題はなかなか進まない。だが、それでも心地よい時間だった。これからは皆で平和な世界を築いていける――そう信じられるひと時だった。


 ◇ ◇ ◇


 アイに出会ってから22年。

 過去へやってきた時は、一緒に愛を知るために奔走した。美紀と結婚できたのは、アイのおかげだと思う。美紀とはお互いの研究について、よく議論を交わした。同じ研究施設に勤め、アンドロイド技術を完成させた。再びアイに出会い、今ではアイは娘になった。


 家族4人で暮らすため、施設の近くに新しい住まいを用意した。美紀とナナとアイと――俺たちは一緒に帰路につく。


 家族の誰か一人でも欠けていたら、この世界は救えなかった。俺は誇りに思う。アイを、美紀を、ナナを、そして自分自身を。


 絶望は、いつの間にか消えていた。


 ――絶望を抱えた少年は、君のために世界を救い、そして家族になった。

次回エピローグです。

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