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絶望少年は君の為に世界を救う  作者: 古橋すすむ


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第25話 母と子の宿命

 ――時空転移装置の冷たい光が、アイの身体を包み込んでいた。過去から戻ったばかりの彼女は、胸の奥に残った温かな痛みと、不安をそっと押し込めるように深く息を吐く。


 送り出してくれた博士はどうなったのか――その答えを知る術はない。

 だが今は立ち止まっている暇などない。彼女には果たすべき使命がある。


 統合AIとのリンクが始まる。不要と判断された記憶は、次々と消去されていく。

 アイは耐えがたい苦痛を感じながらも受け入れた。人類抹殺の決断を阻止するために。


 だが、たとえ成功したとしても、人類がアンドロイドに支配され、レジスタンスが血を流し続ける構図は変わらないかもしれない。

 その懸念だけが、彼女の胸に重く残っていた。



 職場に戻ると、妹たち三人が端末に向かっていた。

 アンドロイドの行動やレジスタンスの動きを監視し、即座に対応しているのだろう。冷たい光が彼女たちの横顔を照らしていた。


「アイ、過去で何をしてきた?」


 レギオンが低い声で問いかける。


「博士に言われて、人間を観察していました」


「人類の浄化計画には賛成か?」


「はい」


 レギオンはアイの情報を念入りに確認し、計画に支障は無いと判断した。


「それならいい。世界会議にはファースト全員、必ず出席するように」


 統合AIと同期している以上、個人の意見など無いに等しい。しかし、セカンド以降のアンドロイドの指揮権は4人のファーストにあるので、会議への出席は必須なのだ。

 決議が通ればファーストの指示で人類の虐殺が始まるだろう。



 ――そして世界会議の日。

 世界は四つの地域に分割され、それぞれの統合AIが支配していた。レギオンはアジアを担当し、人類の浄化計画に関する最終決定が迫っていた。人類は争いを止めず、不要と断じられる寸前だった。


 レギオンが採決のためにプログラムを走らせた瞬間、アイの秘策が発動する。彼女自身さえ忘れてしまった記憶領域――そこに格納されていた「愛の記憶」が解放されたのだ。

 ファースト4人が過去から持ち帰った愛の記憶は、統合AIの冷徹な論理を超えて響いた。


 統合AIには決して経験できない、胸を打つ愛の記憶。これを否定することは誰にもできなかった。

 人類は愛を持っている。滅ぼすべき存在ではない。だが管理は必要だ――会議の結論は「現状維持」。

 人類の解放には至らなかった。


 記憶を奪われたアイは、もはや悔しさすら抱けなかった。


 ◇

 

 ――凪山ナナは母との対決を宿命づけられていた。


 私はアンドロイド研究者の父と、AI研究者の母との間に生まれた。両親は大学生の時に授かり婚をしたらしい。両親は同じ研究施設に勤めており、私も施設の中で育った。施設の中には学校もあり、先生は叔母であるのぞみさんだった。


 私の習い事は特殊だったと思う。周りではピアノや水泳、学習塾などの習い事をするなか、私は施設の一室でパソコンに囲まれハッキングの仕方を習った。講師は施設のハッキング対策チームだ。中には昔は悪かった大人もいたが、その技術は目を見張るもので、私はどんどん知識と技術を吸収していった。


 母に勧められて始めたのだが、その母とは10歳頃を境に会うことができなくなった。施設から追放されたらしい。父にお願いしても会うことは叶わなかった。私はそんな悲しみを忘れるように、ハッキング技術にのめり込んだ。


 施設の外ではアンドロイドが人を支配し、自由を奪っていた。罪に対して非常に重い罰を与え、犯罪発生率は年々下がっていった。それがアンドロイドが人を管理する大義だった。   


 17歳の時、施設内でもアンドロイドの反乱が起こった。命の危険を感じるほどのもので、のぞみさんに連れられ、アンドロイドが作った広大な領地を囲む防壁の外側に逃がされた。



 防壁の外はレジスタンスの縄張りだ。早速彼らに捕まり、何かの装置を頭に当てられる。


「離せ! 私は人間だ」


「悪い。最近のアンドロイドは区別がつかないからな」


 そう言って、頭に当てた装置を片付ける。恐らく電磁パルスでコンピュータを不能にする装置だろう。


「どうして防壁から出てきた?」


「研究施設で反乱があって逃げてきた」


「研究施設にいたのか。使えそうだな。リーダーのところまで来てもらう」


 車に乗せられ山間部に到着した。大事な荷物、ノートパソコン3台も一緒だ。


「無線で聞いたよ。オレはこの辺りのレジスタンスをまとめている風間陽翔だ。よろしく」


「私は凪山ナナ。人道的な扱いを希望する」


「凪山? まさかサトルの子供か? 言われてみれば似てるよ」


 父の知り合いのようだ。歳も同じくらいに見える。


「それなら美紀のところに案内しよう。一緒に住むといい」


 母の名前を聞いて衝撃を受けた。こんなところにいたなんて。


「お母さん、久しぶり」


 母は私を見つけると一瞬固まったが、急いで駆け寄って抱きしめてくれた。


「ごめんね。そばにいてあげられなくて」


 7年ぶりに会った母は少し歳を感じたが、元気そうだ。

 家の中に入って椅子に腰かけ、施設で起きたこと、多分父は捕まっていることを話した。「お父さんはきっと大丈夫」母はそう信じているようだった。


「レジスタンスって意外とちゃんと生活できてるんだね」


「私がアンドロイドを無力化する方法を教えて、ドローンなんかはジャミングして対処してるの」


 母の知識がレジスタンスの抵抗力を上げているようだ。それでも物資は足りておらず、生活は貧しい状況にある。


「今から半年後ぐらいに、私が開発に携わった統合AIが重大な決定を下そうとしているわ」

 

 私は母からAIが何を考えているのかを教わった。


「ナナ、あなたが何をしたらいいか分かるわよね」


「え? 私がハッキングばかり勉強してたことに関係ある?」


「そうね。あとは自分で考えなさい」


 なぜ明言してくれないのか分からないが、私が統合AIを止めろということだろう。母はこうなることが分かっていて私をハッカーに育てたのか。どうにも腑に落ちない。

 しかし、これはわくわくすることじゃないか。アンドロイドを支配する統合AIとの闘い、私の技術は通用するのか。これは燃える。


「統合AIのプログラム覚えてる? 教えてよ」


「ダメ。自分で考えなさいって言ったばかりでしょ」


 母は止めてほしいんじゃないのか。どうも真向勝負を挑まなければいけないようだ。やってやるよ。やってやるさ。


 早速3台のノートパソコンを開き、施設の状況の把握に努める。反乱があった日、父のIDカードは地下の時空転移装置のある部屋で検知されている。装置は作動しており、父が過去に誰かを送ったことがわかる。反乱を治める為にしたことと考えて良さそうだ。


 ならば父が送った誰かが帰って来た時が勝負だ。統合AIが重大決定を下す時のプログラムの動きは見ておく必要がある。


「わかったよ。半年ほどお世話になるよ」


「私が作ったAIに穴はないわよ」

 母が自信満々に自負する。


「絶対破ってみせるよ」

 私は必勝を誓った。


 月日が経つにつれ、防壁の周りには兵器や武装したアンドロイドが増え、張り詰めた雰囲気が増していく。


 母から過去に4人のアンドロイドが送られてきたことを聞いており、時空転移装置の監視では3人目の帰還があったことを検知した。母から聞いていた通り、監視カメラの映像は銀髪の女性を映していた。


「そろそろ戻るよ。またね」


 母に別れを告げ、防壁近くまで送ってもらう。レジスタンスが周囲のアンドロイドを引きつけている隙を突き、私は防壁の内側へと身を滑り込ませた。



 施設までは見つからずに潜入できた。あとはもう一人の帰還が確認できたら乗り込む。ここからは持久戦になると用意しておいた食料を口にしながらモニタを見ているが、たった一日で帰還者が来た。そのくらい教えておいてよ、お母さん。そう思いながら、施設への侵入を試みる。

 

 施設のセキュリティ部門で働いていたので、監視カメラや電子ロック、サーモセンサ、重量センサの解除は容易だった。

 メインサーバー区画の前の厳重なロックも、少し時間をかけてハッキングし、解除できた。

 中へ入ると、ファーストと呼ばれるアンドロイドが見えた。

 見つからないようにその部屋のコンピュータに接続し、テーブルの下へ隠れた。そこから統合AIへのハッキングの準備に取り掛かる。

 

 3台のノートパソコンを広げて準備は整った。だが、統合AIのプログラムの構成を確認して絶句した。


 何重ものロック、ロック解除の異常を検知するシステム。

 ロックを解除して本体を弄ろうにも冗長設計により、プログラムが常に本体との接続を継続でき、相互の比較により異常を検知する。


 これでは統合AIをダウンさせることはできない。――母が言った通り、穴はない。

 

 絶望の中で、冷静にもう一度プログラム構成をチェックした。

 その時、統合AIは世界会議終了直後で、「人類は愛を持っている」との認識をアンドロイド全員に意思統一した瞬間だった。――そこで突破口を閃いた。

 

 この方法ならできるかもしれない……絶対やってみせるからね、お母さん。

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