第24話 最後の愛
ようやく家にたどり着いた。
「もう大丈夫だから」そう声をかけて唯瀬さんを玄関へ上げると、彼女は限界を迎えたように廊下へ倒れ込んだ。
「もう動けない……」仰向けに崩れ落ちた姿を見て、のぞみが小さな悲鳴を上げる。
「どうしたの? 唯瀬さん、ボロボロだよ!」
「強敵に木刀でやられた。でも敵は二人で倒した」
「そんなことより、手当てしないと!」
唯瀬さんは負けてないことを主張しておきたかったが、気にも留められなかった。のぞみは打撲した体を冷やす為、氷を用意して状態を確認している。
「全身、痣だらけ……。どうしたらこんなになるの。お兄ちゃんも冷やすの手伝って」
肌を見ると痛々しい。「ごめん」と心の中で謝りながら二人で全身を冷やす。その後は内出血を抑える為に包帯を巻いていく。
「全身包帯だらけになっちゃいそう。服を脱がすから後は私がやっておくよ」
その場はのぞみに任せ、アイに話しかける。
「これありがとう。アモラは動けなくなったから、避難してきた」
サーベルを返し、唯瀬さんが襲われて一緒に闘った状況を説明した。アイは体が動かせるようになったようで、もう心配はいらないとアモラの襲撃に備えて装備を整えた。
「いい表情してるわね」
「唯瀬さんと付き合うことになったんだ。スキャンしてもらえる?」
アイは少し驚いた表情を見せてから、お互いの額を合わせ前回の続きからを視てもらう。
「頑張ったわね。これで最後の愛も揃ったわ。あとはこれをアモラに届けたら、全ての任務は完了よ」
アイは俺と唯瀬さんに安心した眼差しを向けると、静かに最後の任務へと歩み出した。
アモラの動向を探るため、まずはアイと一緒に道場へ忍び込んだ。闘いを終えた後の真っ暗な道場で、アモラは一人座っていた。
「アモラ、あなたはまだレギオンの影響下にあるの?」
アイは警戒しながら近づき、問いかける。アモラは一瞬驚いた表情を見せてから答えた。
「気を失って目が覚めたら、頭がすっきりしてたんだ。さっきまで唯瀬さんを殺そうとしてたんだよ……危なかった。止めてくれてありがとう、サトル」
「こっちが本当のアモラなんだな」
アイはアモラと額を合わせて愛を共有する。額を寄せ合った場所から、白い光がぼんやりと溢れ、記憶と感情が静かに交わっていく。
「これが男女の愛なんだね。人間はすごいね」
「アイの目的、よくわかったわね」
「妹達の名付け親はアイ姉でしょ。全員愛と関係してるからね。きっと大事にしていることで、過去で知ろうとしてることもそれだと思ったんだ」
「正解よ」
そう答えた直後に落雷のような大きな音と共に空間に亀裂が入った。
「やっぱりあれは規則違反になっちゃうか……また未来でね。アイ姉」
亀裂から光が放たれ、目の前が真っ白になった。そして暗さを取り戻すとアモラの姿は無くなっていた。
これでアイの任務は全て完了した。アイは今何を思っているだろうか。達成したことを喜んでいるのか、帰るのが寂しいという気持ちもあるだろうか。
「さあ帰りましょう。唯瀬さんが心配だわ」
家に戻ると唯瀬さんは客間で布団に寝かされていた。発熱もしており、今は安静にしておかないといけないそうだ。服は前回と同じく、俺のジャージに着替えている。今はぐっすり寝ているので、そっとしておくことにした。
◇
私は朝早くに目を覚ました。体を動かそうとすると体中から鈍い痛みを感じる。
昨日のことを回想し、アモラに滅多打ちにされて、凪君の家に避難したことを思い出す。
凪君に支えられて歩く途中、かけてくれたあの言葉は現実だっただろうか。
すごく嬉しくて、恥ずかしくて、変な顔になっていなかったか、ちゃんと返事ができたか不安になる。家に着いてから会話していないので、余計に不安になってしまう。
付き合うことになったその日に、彼の家に泊まって、彼の服を着て朝を迎える。字面だけだと赤面ものだけど、そんなロマンチックな状況ではない。
まずは顔を洗って身だしなみを整えようと洗面所を借りる。ぼさぼさの髪のまま寝ていた姿を見られていないといいのだけど。
そこでアイさんに出くわし、「お願いがある」と言われた。
「あなたは将来、AIの分野で活躍するわ。あなたが開発する画期的なAIにはバックドアを作ってほしい。そうしないと人類は機械に支配され抑圧された世界になってしまう」
突然の話に、反応が遅れてしまった。しかし、あのしっかりしたアイさんがただの妄想話をするとも思えない。
「……信じ難い話だけど、もしそうだったら、初めから作らなければいいんじゃない?」
「それだと私が帰る未来には影響を与えられない、この世界の人類にとってはそれが一番いいんだろうけど。――私は我儘を言っているわ。そもそも私のお願いすら同じことかもしれないのに」
アイさんは何者なんだろう。私の未来を知っているようなことを言う。でも彼女を安心させたくて答えた。
「わかったわ。もし私がAIを開発する時があったら、その言葉を忘れないようにする」
「ありがとう」
アイさんには一旦家に帰ることを伝えて、凪山家を後にした。
親には怪我の話をしてあったが、帰ると大変心配をされて病院に行くことになり、その日は学校を休むことになった。
◇
学校ではアイが今日を最後に転校すること、アモラは急だが転校したことが告げられた。アイの周りにはお別れの挨拶を交わす人々で人だかりができている。
そこには沙理も来ていて、「残念だね」と俺にも声をかける。
「アモラは急にいなくなったのか?」
「うん。でもアモラが使ってた引き出しに置手紙があって。親戚の家に行くって」
アモラ、ミラ、ミレナの誰かが用意しておいたのだろう。立つ鳥跡を濁さず、か。俺はなんとなく沙理の顔をぼんやり眺めていた。
「何だよ」
「あの時の俺、よく耐えたなって」
「……。忘れるって言ったじゃん!」
バシッと背中を叩かれる。あの時耐えていなかったら唯瀬さんとも付き合えなかっただろうと、つい思い耽ってしまった。唯瀬さんとは昨夜家に帰ってから、話しもできずにいて寂しい。
アイはその日の夜、お別れの挨拶をしたいそうで、唯瀬さんを家に呼ぶように頼まれた。
唯瀬さんを迎えに行くと、彼女は私服姿で現れた。
「ようやく話せるね。私服姿は初めてだけど、きれいだよ」
長めのスカートが清楚な印象を与え、包帯を隠していることなど忘れさせる。
「ありがとう。手繋いでく?」
ぎこちなく手を繋いでみる、彼女の手が温かい。手を繋ぐのってこんなに官能的な行為だっただろうか。
唯瀬さんも恥ずかしいのか、お互い口数は少なかった。
家につくと、のぞみが夕食の準備をしていた。今日はお別れ会なので、豪華にしたいそうだ。唯瀬さんも手伝ってくれて、準備は整った。
のぞみにも唯瀬さんと付き合い始めたことは話していたが、本人から聞いてようやく「信じられない」と言いながら信じてくれたようだ。
アイと唯瀬さんとのぞみと4人で食事をとり、アイが転校してきてからの出来事を振り返る。
のぞみが一緒に住むようになった経緯には唯瀬さんが驚いていた。同時に同じ問題を抱えていた俺についても納得がいったようだ。
沙理を助ける中でみんなでバスケをしたことは楽しかった。ただバスケも沙理も、結局いいところは陽翔に全部持っていかれたという話で落ちがついた。
文化祭はクラスリーダーと代役をやってのけた俺を持ち上げてくれたが、アイと唯瀬さんのおかげで成功したと3人の成果を称え合った。
食事の最後にはホールケーキを出して、写真を撮ってから切り分けた。もうすぐ帰ってしまうアイのことを思うと悲しくなってしまうが、本当に楽しいひと時だった。
最後に主役のアイから挨拶があった。
「今日は私の為にありがとう。みんな大好きです。知ってると思うけど、私は未来からきたの。いつ戻るか自分でもわからないから、早く伝えておきたかった。未来が変わるようなことを言うと、世界線が分岐して、私がきた未来と変わってしまうから、気をつけて話すね。――私の本名は凪山アイです」
みんなが息を呑む。おおよそ意味することはわかる。俺の娘か、血族か。
「私はサトルの娘、正確には養女。大怪我をした私を助けてくれた博士。また会えるから、寂しく思わないで。のぞみ叔母さんもまた会える」
「唯瀬さんには会ったことがない。けどサトルの結婚相手と聞いていたから、あなたは私のお母さん。AIの反乱があったせいで離れ離れになったと聞いた」
「おばさんってそういう意味だったんだ。二人は付き合ったばかりなのにもう結婚だって」
のぞみの言葉で唯瀬さんと目が合い、照れくさい雰囲気だ。離れ離れになるのは困るのだが。
「私が来た目的は、みんなのおかげで達成できた。ありがとう」
その時、落雷のような音が響き、空間が割れ、光が差し込んできた。規則違反があったのだろう。
「サトル、唯瀬さん、のぞみちゃん、――お父さん、お母さん、のぞみさん、さようなら……また未来で」
部屋中を真っ白に染め上げていた光と振動が静まり、アイの姿は無くなっていた。
「アイさんって、本当に未来からきたのね……」
忽然と姿を消したアイに、唯瀬さんは驚きの声を漏らし、のぞみもただ呆然と立ち尽くしていた。
突然訪れた喪失感に、場は悲しみに包まれ、すすり泣く声が響く。
俺もまた、アイが自分の養女だったと知り、胸を強く揺さぶられた。だが、それなら未来で再び会えるはずだ――その時まで待つさ。
今は片付けも終わり、自分の部屋でベッドに背をもたれてくつろいでいる――いやくつろげていない。
唯瀬さんが同じようにして隣にいるからだ。
「そろそろ唯瀬さんって呼び方を変えない?」
「そうだね。美紀ちゃんがいいかな?」
「美紀でいいよ。私は凪君って呼び方が昔から好きだから、このままでもいいかな」
「美紀、それはずるいぞ」
「ははっ。変な感じ。下の名前で呼ぶのは結婚してからにしようかなって」
「気が早いですね。……でもアイが言うんだからするんだろうね」
美紀が肩に寄りかかってくる。手を俺の脚に置くので、握り返した。
「こっち向いて」
美紀に言われて見つめ合う。瞳が潤んで、顔は赤らんで見える。
心臓が高鳴り、吸い込まれるように顔を近づけると、美紀は繋ぎ合った手の指を絡める。美紀の瞳が閉じられたのを見て、そのまま触れるだけのキスをした。
顔を離して一呼吸を置いてからは、相手の頭の後ろを手で支え、互いを求め合う深い口づけを交わした。
「私達は結婚するんだから、もっとしてもいいんじゃないかな」
美紀が俺の脚の上に跨り、向かい合って言う。先ほどの口づけで、お互い気分が高揚してしまっている。
「もっとって?」
「いろんなとこにキスしたり、触ってみたり?」
その体勢で強く抱き合い、首筋にキスをする。美紀が小さい声を漏らすのを聞いて、理性が失いそうなほど気持ちが昂ぶる。
「変なところに何かが当たるんだけど」
そう言って指で確認するように触れられる。
「……っ!」
「お兄ちゃん! お風呂空いたって……。ごめんなさい」
急にドアを開けられ、二重の驚きがあった。盛り上がり過ぎて周りの声が聞こえなくなっていたのだ。
「待って、のぞみちゃん。これは違うの」
「大丈夫です。未来の義姉なのは分かってますし」
そう言って、のぞみは苦笑いを残してその場を離れた。
「絶対誤解されたよー」
「誤解はされてないんじゃない?」
「私の人間性を疑われたの!」
二人の暴走を抑えられたのはのぞみの功績だ。もっとゆっくり愛を育んでいけたらと思う。
アイに見せた愛がいきなり性欲だらけに変わってしまったら、騙してしまった気分になる。
どちらにしても、アイが未来へ旅立って寂しくなった夜にしては不謹慎だったと反省をした。
アイは未来での目的を果たせただろうか。
これは本当に気がかりだが、それが分かるのは俺がアイを過去へ送り出し、そのアイが戻ってきてからだろう。
アイの計画の成功を心から祈っている。




