第23話 譲れない想い
沙理がどうして急にあんなことを言い出したのか、まるで分からない。胸が高鳴り、恋なのか、それとも別の感情なのか、自分でも判別がつかなくなる。彼女の仕草はあまりに艶めいていて、思わず心を揺さぶられた。
雪村さんの妖艶な姿は理性を試すように迫ってきた。その姿は、裸体よりも抗いがたい美しさを放っていた。触れられたわけではないのに、やっとのことで振り切れた。
思い返すと語彙が消え、ただただ「エロかった」としか言えない。
今日もアイは体が動かせず退屈そうだ。相談したいことは山ほどあるのに、恥ずかしさが邪魔をする。そんな心を見透かしたように、彼女は静かに問いかけてきた。
「何か悩んでるの?」
「……沙理と雪村さんに好きって言われたんだ。二人にはプロテクトかけた?」
「かけてないわ。アモラが何か仕掛けた可能性はあるわね」
「もしそうだとして、狙いはなんだろう」
「詳しいことが分からないとなんとも。スキャンさせてくれればわかりそうだけど」
「それは恥ずかしくて無理かな」
「でも、最後の愛を見つけた時、結局スキャンはさせてもらうわよ」
「……それじゃあ、お願い」
不本意だけど、口ではうまく説明できないだろうから、視てもらった方が早い。アイと額を合わせる。
アイはいつも通り目を瞑って記憶と感情を読む。
額を離したアイは呼吸を荒く、顔を真っ赤にしていた。
「なんてものを見せるのよ。やっぱりサルじゃない!」
久しぶりにそう呼ばれた。勇気を出して視てもらったのに、ひどい言われようだ。
「でもよく耐えたわ。年頃だものね。えらいわ」
その評価も、それはそれで恥ずかしい。
「恐らく、唯瀬さんとの会話をアモラに聞かれてたのよ。それを邪魔する為に、二人を利用した」
「ということはアモラはアイの目的に気づいてる?」
「そうなるわね。今日の失敗で、次に危ないのは唯瀬さんだと思う。彼女を守ってあげて。アモラは姉妹の中では賢いけど身体能力は低い。それでも普通の人よりずっと強いから気を付けてね」
その夜、陽翔からメッセージがあった、「沙理と寄りを戻した」と。詳しく聞くと、沙理はどうして陽翔と別れると言い出したのか自分でもよくわからないそうで、ものすごく謝られたそうだ。
どうやら洗脳が解けたらしい。だが次の標的は唯瀬さんになるだろう。守らなければならない。
翌朝、早くに登校し、生徒のいない教室で読書をしていると、沙理が勢いよく教室に入って来た。
「昨日はごめん! 自分でもなんであんなことしたかわからないんだ」
「記憶は、残ってるんだ」
「……うん」
顔が火照った様子で肯定された。どうせなら記憶を消してあげればいいのに。
「驚いたけど、あのことは忘れるよ。もちろん陽翔にも言わない」
「ありがとう。ほんとにごめん」
そうして入れ替わるように入って来たのは雪村さんで、
「昨日はごめんなさい。なんであんなことしたのか、私の深層心理にはもしかしたら……」
「大丈夫、あれはきっと誰かの洗脳を受けたんだよ。お互い忘れよう」
「ありがとう、サトル。じゃなくて凪山君」
まだ昨日の記憶を引きずっている様子の雪村さん。巻き込んでしまって申し訳ない。
アモラが廊下に見えたので、問いただしに行く。
「沙理と雪村さんを洗脳したのはアモラだろ」
「洗脳? ちょっと凪山君への好意を増幅させただけだよ」
「同じだよ。そのやり口はもう効かないから、絶対やらないで」
「ただの性欲に溺れてしまえばよかったのに。次はどうしようかな、アイ姉が動けない今がチャンスだからね」
不穏な笑みを残したまま、アモラは登校してきた生徒たちの流れに紛れて席へ向かった。こちらの状況は把握されている。そしてまだアモラは諦めていない。今までの妹の中で一番厄介だ。
放課後、俺は武道場の近くに隠れていた。唯瀬さんを見守る為だ。特に異常は無く部活が終わり、帰ろうとする彼女に声をかけた。
「一緒に帰らない?」
「びっくりした。待ってたの?」
「そう。一緒に帰りたくて」
告白を保留していることについてはお互い触れず、普通の雑談をして帰った。周りに異常が無いかは常に警戒していたが何もなかった。本人が仕掛けてくるか、洗脳された人が襲ってくるかもしれない。
家まで送り、最近は物騒だから戸締りに気を付けるように念を押して別れた。
家にいれば安全だろうか。自分の家に帰りながら自問する。いっそのこと同居を提案してみよう。それがいい。誘い文句を考えながら帰った。
◇
部活の帰りを待っていてくれるなんて、初めてで嬉しかった。部活後は汗のにおいとか気になるから、積極的に来てほしいとは思わない。だけど、一緒に帰りたかったなんて、思わず笑みがこぼれてしまう。
これは脈有りと考えていいのかな。でも彼のことだから、答えは気長に待つと決めている。
やる気が出てきたので、道場の方で演武の練習をすることにした。防具は付けずに薙刀木刀を手に取る。袴の裾を揺らしながら、型の動きを繰り返す。
そこに突然アモラが入って来た。
「どうしてここにいるの?」
「凪山君のこと、諦めてもらえないかな?」
「あなたには関係ないでしょ?」
「関係大ありだよ」
そう言うと、道場にあった木刀を手に取った。竹刀と同じ長さの木刀だ。
「諦めるまで痛めつける」
迫力たっぷりにそう宣言される。武道の精神を全くわかってない。でも相手が明らかにやる気満々で相手をせざるを得ない。
アモラが剣先をまっすぐ前に構えた。私も剣先に触れる距離で構える。リーチではこちらが有利だ。
だがその距離を一足飛びに詰めてきた。変則的な動きに対応が遅れる。なんとか刃を柄で受けたが、強く押されてバランスを崩しそうになったところで面を狙われる。柄を詰めて持ち、頭を防御した。
だが、それがフェイントで脇腹を強く打たれる。苦鳴を漏らしながら距離を取り直す。彼女が本気だとわかった。
次は入らせないと脛を狙うが、跳んで躱される。そのまま前方に跳んで面を狙われ、足さばきで避けるが木刀が肩に入る。防具が無い、ルールも無い、試合の感覚では負ける。脇腹と肩がズキズキと痛む。
もう一度脛を狙い牽制すると予想通り跳んだ、そこに打突を腹に決めた。
「痛いなあ。本気でいくよ」
木刀で薙刀を下に強く打ち付け、間合いを詰められてからは避けるのと、被害を最小限に抑えるので精一杯だった。
頭以外は打たれていない場所を探す方が難しいだろう。手首も打たれて、薙刀を持つのも辛くなってきた。
「諦める気になった?」
「全然」肩で息をしながら答えた。体中が痛いが、諦めるのは別問題だ。
「それじゃあ続行だね」
殺気のこもった彼女の目。
また凄惨な攻撃が始まろうとしていた。いつまで耐えられるだろうか。次まともに叩き込まれたら、立っていられる自信はもうなかった。
その時、もう一人道場に入って来る人影を見た。
◇
「唯瀬さん!」
彼女の稽古着や袴は何か所も裂けており、満身創痍で辛うじて立っているように見えた。途中で引き返してきたのは正解だったが、そもそも彼女から離れたのが間違いだった。
「アモラ、俺が相手だ」
アイから受け取ったサーベルを構える。出力は落としてあるが一撃入れば行動不能にすることはできるそうだ。妹を破壊したくないのと、出力最大の武器を一般人に渡すと規則違反で戻される可能性があるそうだ。
使う時は不意打ちするように言われていたが、堂々と名乗り出てしまった。
「アモラが狙ってるのは、唯瀬さんだけなんだけどな」
「一般人にそんなことして、規則違反にならないのか?」
「それって基準が曖昧で、どこからが違反かわからないんだよね。殺しちゃったら違反になると思うけど、それで未来に戻されても任務は達成できるし、私は困らないよ?」
不敵に笑うアモラ。殺すことも厭わないと、脅しをかけている。絶対にさせないと意気込み、切りかかる。
それと同時に唯瀬さんも動いた。俺は正面を一閃、唯瀬さんは横一文字。アモラは俺のサーベルの軌道を避けながら木刀で薙刀を受けた。
それを見てすぐに横薙ぎに変化させるが、アモラは唯瀬さんを優先して攻撃する為に間合いを詰めようとする。
そこに半回転させた薙刀の石突の一撃が入る。一瞬動きが止まったところに切りかかるが、後ろ蹴りを鳩尾にもらって、激痛と呼吸困難に陥る。
そのアモラの技後の隙を逃さず、唯瀬さんが咽喉へ鋭い突きを放った。大きく仰け反ったアモラに、息ができないままサーベルでの突きを合わせ、アモラは感電したように硬直して倒れた。
「唯瀬さん大丈夫? ……じゃないよね」
「うん。体中ボロボロ。アモラさんって何者?」
「説明は後、まずは逃げよう、今は一時的に動けなくなってるだけだから。歩ける?」
「うん。支えてくれれば大丈夫」
アモラとの戦いを終え、唯瀬さんを支えながら夜道を歩く。彼女の体温が腕を通して伝わってきて、胸の鼓動が落ち着かない。戦いの緊張が残る中で、心を大きく揺らしていたのは彼女の存在だった。
「唯瀬さん、強くてカッコよかったよ」
「その評価は女子としては複雑だけど……助けに来てくれてありがとう」
「最後の一撃は唯瀬さんのおかげで入れられたし、『俺が相手だ』とか言ったのに恥ずかしい」
「あんな人相手に一人はムリだよ。共闘できてよかった。防具を付けてない人の喉に突きを入れちゃったけど。大丈夫かな」
「こんな時にまで敵の心配だなんて優しいね」
彼女と笑い合って、戦いを振り返る。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥で昨日から燻っていた不安が、音を立てて崩れた。
――俺なんかでいいのか。がっかりさせるんじゃないか。
そんな迷いがずっと胸につかえていたはずなのに、今はもう抑えきれない。
「さっきの戦いで……唯瀬さんを失いたくないって、心の底から思ったんだ。刺し違えてでも守りたいって」
声が震える。けれど、逃げる理由はもうどこにもなかった。
「だから……俺は唯瀬さんが好きだ。ずっとそばにいたい。改めて……俺と付き合ってほしい」
息が詰まるほどの静寂だった。
「――うん。こちらこそ、お願いします」
その答えを聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。暗闇の中で彼女の微笑みが見えた気がして、戦いの痛みも恐怖もすべてが溶けていく。彼女を支える腕に力がこもる。
二人の距離は近いはずなのに、さらに近づいたように感じた。




