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絶望少年は君の為に世界を救う  作者: 古橋すすむ


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第22話 恋の季節

 昼休み、俺は指定の場所にやってきた。唯瀬さんはまだ来ていない。屋上へは鍵が掛かっていて出られないので、ここに来る生徒は基本的には誰もいない。

 陽翔も唯瀬さんもここを相談場所に指定しており、この学校では相談事はこの場所を使うというのが暗黙のルールなのかもしれない、と冗談交じりに推測する。

 

 手すりの壁にもたれながら彼女を待つ。グラウンドで遊ぶ遠くからの声が微かに聞こえる以外は静まり返っている。

 そこに階段を昇ってくる足音が響いた。階下を覗くと肩下まで伸びた髪を揺らしながら足早に昇ってくる女性が見えた。唯瀬さんが来たことが分かり緊張感が増した。


「凪君、お待たせ。でも……ちょっと待って、息を整えるから」


 彼女は胸に手を当て、目を閉じて深呼吸を繰り返す。その仕草さえも、俺の緊張を煽った。


「ごめん。もう大丈夫」


「話って、何かな?」


 唯瀬さんの表情が一瞬で真剣さを帯び、今からの話には誠心誠意応えなくてはいけないと感じた。


「まずは謝りたい。中学の頃、凪君は私を助けてくれたのに、私は何も返せず距離を置いてしまった。ごめんなさい」


「それは唯瀬さんが謝ることじゃないよ。むしろ感謝してる。あの時、一緒に出掛けたこと、一緒にいて欲しいと頼まれて、支えになれたこと……俺の暗い中学生活で唯一色づいた記憶なんだ。あの記憶だけで、いい中学生活だったと今も思える」


 彼女の瞳が潤み、「本当に?」と問いかける。俺が「本当だよ」と答えると、緊張した口元が少しだけ緩んだ。


「私達は小学校の時、仲良かったよね。でも高学年からは、会うことも無くなっちゃった。あれはどうして? あの頃から辛いことがあったの?」


「それは母親の宗教が原因で両親が大喧嘩してたのと、その宗教を知らないうちに強要されていて、それが辛くて自分の殻に閉じこもっちゃったんだ。今は離婚して宗教とも縁が無いけど、子供の頃の傷はなかなか治らないんだよね」


「そんな悩みがあったんだ。難しいね。知っていても助けになれたか自信がない……。本当はなんで言ってくれなかったのって、逆ギレしようと思ってたのに」


「怖いよ。――でも2年の初めに励ましてくれたでしょ。あれを頼りに頑張れたよ。自分のことが嫌になりそうな時は、唯瀬さんに言われたことを思い出してた」


「凪君最近変わったよね。沙理さんをみんなで助けたり、文化祭を成功させたり、クラスでも存在感がある」


「それもきっかけは唯瀬さんのおかげ。たくさん助けてもらったしね。だから感謝してる」


 唯瀬さんはきっと俺と関わったことで、良心の呵責を抱えてしまったのだろう。申し訳ない気持ちになってしまうが、俺のせいでなんて発言をしたら余計に悲しませてしまうと思い。胸の内に留めた。


「もう一つ言いたいことがあってね。私は凪君に惹かれてるって気づいたの。……好きです」


「ありがとう。友人として好きって前も言ってくれたよね。振られたような気分にもなったけど」


「そうじゃなくて、今回は異性として好きなの!」


 その言葉に、心臓が痛いほど鳴った。


「付き合うとかそういう意味の?」


「うん」


 俺は戸惑いながらも答える。

「嬉しいけど……俺なんかでいいのかな。俺は唯瀬さんが思ってるような人間じゃないと思うというか、付き合ってもがっかりさせちゃうかもしれない」


「そのままの凪君でいい。付き合ってほしい」

 

「正直唯瀬さんには憧れてたし、好きって気持ちもある。でも少し考えさせて。自分に自信が無いから、決断するのに時間がかかるんだ」


「わかった。じゃあ教室へ戻ろっか」


 その後の唯瀬さんはさっきのことが無かったかのように振る舞ってくれている。あんな返事をしたら恋愛感情も冷めてしまうかもしれないが、あの場ではあれが精一杯だった。まさかの告白で動揺と胸の高鳴りが抑えらずおかしくなりそうだった。


 家に帰ってから、体がうまく動かせず学校を休んでいたアイに確認する。


「今日唯瀬さんの様子がおかしかったんだけど……アモラの精神干渉を受けたかどうかってわかる?」


「彼女なら大丈夫。この前ここに来た時、プロテクトをかけておいたから」


 いつの間にと思ったが、その言葉に安堵する。ならば今日の告白は本心なのだろう。だが――自分が彼女と付き合う姿はどうしても想像できなかった。どこが良いと思ってくれているのか、聞いておけばよかったのかもしれない。けれど、そんなことを尋ねれば嫌がられるかもしれない。答えは出ず、ただ考え込むばかりだった。


「お兄ちゃん、夕食食べないの? ぼーっとして」


「のぞみ……もし俺が唯瀬さんと付き合いたいって言ったら、どう思う?」


「あんなきれいな人が相手をしてくれると思えないから、早く振られたらいいと思う」


 その言葉に苦笑する。だがアイがすぐに口を挟んだ。


「サトル、のぞみちゃんはお兄ちゃんを取られたくなくてそう言っているだけだから、気にしないで」


「アイさん!」


 のぞみが恥ずかしそうにしているが、やっぱり客観的に見ると、のぞみの言う通りなんだろうなと思う。

 

 夜、眠れぬままスマホを見ていると、陽翔から短いメッセージが届いた。

 ――「沙理と別れた」


 驚きと焦りで、すぐに電話をかける。今日も仲良さそうにしていたはずなのに。陽翔は「好きな人ができたから別れたいと言われた」と打ち明け、深く落ち込んでいた。明日は学校を休むと言うほどに。

 

 今は自分のことで手一杯なのに、沙理は一体何をしているんだ。明日、直接聞くしかない。そう思いながら眠りについた。


 翌日。

 俺は沙理の席へ向かった。周囲の視線など気にしていられない。


「沙理。陽翔とのこと、何があったんだ?」


「今は人がいるから……放課後、屋上前に来て」


 俺が来ることは予想していたのだろう。驚きは無く、沙理から小声で提案された。


 放課後、二日連続で屋上前にやってきた。沙理は先に来ていて、壁にもたれて立っていた。金髪で不良そうな見かけに反して彼女はいつも優しかった。だからこそ、陽翔にひどい別れ方をするなんて信じられなかった。


「他に好きな人ができて別れたって本当? 昨日の二人を見てると、そうは思えないんだけど」


「本当だよ。昨日急に気づいちゃったんだ。その気持ちを抱えたまま交際を続けるなんて、私にはできなかった」


「それにしても急過ぎない?」


「ほんとは気づいてたんだよ。私はサトルが好きってこと」


 穏やかな笑みを浮かべてそう言った。何かやむにやまれぬ事情があったのだと、せめてそれを聞いて納得させてほしかった。なのに俺が原因だったなんて……。


「それは親友としての好きだって、お互い納得したじゃん」


「でもそうじゃなかったって、昨日気づいた。サトルは私のこと好きじゃない?」


「好きだよ。でも……違うんだって――」


 言葉を遮るように、沙理が急に飛びついてきた。首に両腕をまわして「それでもいいよ」と囁く。


「一度抱きしめてほしい。そしたら吹っ切れるかもしれない」


 迷ったが、これで沙理が満足するならと、背中に手を回し抱きしめた。沙理の呼吸のリズムと体温を感じる。思った以上にこの行為は危険だった。気持ちを制御できなくなりそうだ。


「私……やっぱり、吹っ切れないや」


 沙理は少し呼吸を荒くしてそう言うと、体を入れ替えて俺を壁に押さえつける格好になる。そして両脚の間に沙理の片脚が滑り込んできた。短いスカートから白い肌があらわになる。


「沙理さん、脚が当たってるんですが……」


「当ててるの。サトルの方こそ、当たってるんだけど」


 こんな状況は経験はもちろん、想定もしていなかったのでどうしたらいいかわからない。さらに首に絡めた腕で引き寄せられ、唇を近づけてきたので顔を背けた。

 それでも沙理はそのまま首にキスをして、柔らかく湿ったものに首筋をなぞられる。そのまま耳に到達して脳内に唾液の音が反響する。片手は俺の胸に爪を立ててやさしく引っ掻くと、反応があったところを繰り返しなぞっている。

 

 完全に理性が飛びそうになっていた。据え膳喰わぬはというけれど、今の状態は咀嚼した食べ物を口に入れられた状態だ。あとは飲み込むだけ。だがこれ以上は親友の関係でいられなくなる。それは嫌だ。俺は辛うじて繋がっていた理性を手繰り寄せ、吐き出す選択をした。

 

 なんとか振り切って、教室に荷物を取りに戻った。そこには雪村さんが一人残っていた。


「珍しいね、雪村さんが残ってるの」


「凪山君がまだいるみたいだったから、話をしたくて。文化祭で凪山君はたくさん助けてくれたでしょ。それで私、あなたのこと好きになっちゃったみたい」


 おかしい。昨日から立て続けに3人に告白されている。これがモテ期なのか。


「雪村さん、嬉しいけど……もうちょっとよく知り合ってみないとわからないんじゃないかな」


「私の下の名前知ってる? 沙理さんを呼ぶみたいに呼んでほしい」


「詩織さんだよね。知ってるよ」


「さんも要らない」


「……詩織」


「ありがとう。私もサトルって呼ぶ。サトルはエッチだから、こうでもしないと振り向いてもらえないよね」


 そういうと雪村さんは、ブラウスのボタンを外し始めた。


「ちょっと待った!」


 途中で止められてよかったが、既にあられのない姿だ。普段は小動物のような可愛さを持っている彼女だが、今は妖艶な雰囲気を纏っている。


「やっぱり私じゃダメかな? サトルの周りはきれいな人多いもんね。でもサトルの為なら私、もっとできるよ」


 そう言ってスカートに手を伸ばし、たくし上げようとする。慌ててその両手を押さえに駆け寄った。


「そういうのは付き合ってからするものだと思うよ。ごめんだけど、今日は急いでるから帰るね」


 その場を逃げるように後にした。

 急速に崩れていく人間関係。胸の中は喪失感でいっぱいだった。

 ――明日から、どんな顔で学校へ行けばいいのか。


 屋上から見下ろすアモラの存在に、俺は気づくことができなかった。

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