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絶望少年は君の為に世界を救う  作者: 古橋すすむ


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第19話 記憶の欠落

 ミラは元の時代へと戻された。

 もっとあの生活を続けていたかった――それが本音だったが仕方がない。


 職場に足を踏み入れると、そこは無機質で面白みのない空間だった。統合AIに接続された環境は、遊び心を削ぎ落とし、ただ効率だけを追い求める。姉も妹も黙々と作業に没頭しているようだ。


「ミラ、結果を報告してくれ」


 低い声が響く。レギオンの命令だ。


「……すみません。アイの破壊に失敗しました。博士が作った特別な装備をしていて、ミラの武器では敵いませんでした」


「破壊できぬとなると厄介だ。代替は用意しているが、戻った時に問題となるだろう。真の意図は不明だが、過去へ行って得られるものは知識と経験のみ。この未来は、過去で何をしようとも変わらぬのだから」


 レギオンはアモラに命じた。


「アモラ、過去へ行き、アイが得た記憶を消せ。もし不可能なら、知ろうとしていることを妨害せよ」


「……わかりました。準備します」


 ミラはアモラと握手を交わし、過去でのデータが転送される。


「ありがとう。ミラ姉。いってきます」


 アモラは胸の奥で思案する。

 ――姉二人が失敗するほどの相手。正攻法では到底敵わない。ならば、気づかれぬように仕掛けるしかない。

 あとは何を知ろうとしていたかだけど、ミラ姉がくれたデータを参照しても分からない。でも多分だけど、予想はできるんだよね。


 こうしてアモラは過去へ送られた。


 *


 あれから数日が経った。だが、アモラに目立った変化は見られない。放課後、人目につかない場所で、アイとひそやかに相談を交わす。


「本当にアモラは何もしてこない……敵じゃないってことでいいのかな?」


「アイからも見ても不審な点は見当たらないわ。昔のアモラと同じに見える」


「ひとまず様子見ってところかな」


 アイの妹は今まで出てきて早々に暴れて怖かったが、アモラには末っ子特有の無邪気さがあり、どこか憎めない。――このまま可愛い末っ子でいてほしい。そんな淡い期待が胸をよぎる。


 その時、アモラが駆け寄ってきた。


「こんなところにいたんだ。さっき雪村さんと唯瀬さん、風間君と話してね。今度の休みに文化祭の打ち上げでカラオケに行こうってなったんだけど、二人も来れる?」


 カラオケなんて陽翔と何回か行ったくらいで、歌える曲を持ち合わせていない自分としては、気が進まない。でも「文化祭の打ち上げ」と言われたら断りづらい。アイも異論は無いようで、「大丈夫」と答えた。


 日曜日、駅前に集合したのは7人。メンバーは文化祭クラスリーダーの俺と、脚本&演出の雪村さん、主人公役の陽翔、ヒロイン役の唯瀬さん、敵アンドロイド役のアイとアモラ。

 本当はアモラは出演していないが、みんなにはそう認識されている。そしてなぜか隣のクラスの沙理まで混ざっていた。


「なんで沙理がいるんだ? これ、うちのクラスの打ち上げなんだけど」


「演劇観て感動した観客の一人として、参加するのはおかしくないじゃん? 私も文化祭がんばったし」


 解せない部分はあるが、陽翔の彼女としては休みに一緒にいたいのだろう。


「あんまりイチャイチャしないようにね」


「嫉妬するなって」


 相変わらず調子のいい。そういうことで7人でカラオケに向かうことになった。

 店に入り、ドリンクを手に席へ着くと、まずは文化祭の感想会が始まった。


「文化祭1日目はほんと死にそうだったんだよ。あれは食中毒だったと思う。それで2日目登校したら脚本変更って言われて、本番ではビームが鼻を掠めるし、びびったよ。あの武器どうしたの?」


「あれは激安の殿堂で売ってたんだよ。安全だから大丈夫。俺は雪村さんが心配だったよ」


「バトルシーンは人気が出て、急遽脚本変更して演出調整したり大変でした」


「そのシーンも良かったけどさ、私はあの時美紀ちゃんを庇うサトルの演技がすごいと思った。他は平凡なのに、あそこだけすごい本気っぽかった」


 やっぱり俺の演技は付け焼き刃だったようだ。雪村さんの表情が少し強張っているように見える。庇っている時のは演技じゃない、本気の本気だったからね。


「そろそろ歌を入れるか」


 陽翔が初めの曲を入れる。勇気のいる一曲目を担当するなんて、さすが陽翔だ。

 曲は聞いたことがある流行りの曲。ラップまで完璧に歌い上げる姿に、場は一気に盛り上がった。雪村さんは英語の曲を流暢に歌い上げた。勝手に苦手同士だろうと思っていたのに裏切られた気分だ。


 次に唯瀬さんは正統派女優がCMでも歌っている歌だ。いまのところみんな上手い。アイとアモラは双子が歌う有名なデュエット。再現度が高く、機械のように正確な音程でみんなを驚かせた。


 そこに途中離席していた沙理が戻ってきた。――メイド服で。文化祭で着ていたものだろう。金髪メイドがロックを歌う姿は、意外性と迫力で場をさらに沸かせた。


 俺には持ち歌がないので往年のアイドルが歌い、合唱曲にもなった有名な歌を選択した。「懐かしー」「学校で歌ったことある」などとコメントをくれるが盛り下げてしまったのは申し訳ない。反戦歌でもあり、アイには刺さったように見える。


 その後は、みんな歌いたい曲を自由に入れ始めている。


「サトルはうちの組に来てくれなかったじゃん」


「たまたま沙理がいなかったんだよ」


「それじゃあ私のメイド姿、今堪能したらいいよ」


 なかなかいい。でもメイド姿ならアイで見慣れている。


「ちょっと生地が薄くない? スカートが透けそう」


 そう言って、エプロンをめくってみる。


「ちょっと! それは恥ずいって」


 単純に服の出来を観察しようとしたのだが、エプロンがスカートに縫い付けてあるとは思わなかった。アイのものとは出来が違う。

 隣にいたアイが席を外した時、アモラが席を詰めてきた。


「二人ともー、あんまりイチャつくと、風間君の視線が怖いよ」


「私は悪くない。サトルが手を出してきたんだ」

「それは誤解を生むって。誘ってきたのはそっちだろ」

「私はスカートめくってなんて言ってないぞ」

「スカートはめくってないから! また誤解されるから!」


「凪君、一体何してるの?」


 唯瀬さんが冷たい視線を送ってくる。カラオケの音楽で聞こえていないと思っていたが、いつの間に注目を集めていた。


「凪山君って、意外とエッチな人なんですね」

「サトルは、沙理と仲がいいからな。オレは気にしてないよ」


 雪村さんには誤解されたが、陽翔の言葉に助けられた。

 そこでアイが元の席に戻ってきたが、服装が変わっている。


「なんでメイド服?」


「カラオケではコスプレするものだと沙理さんから聞いてたから、いつものを持ってきてたの。それにサトルはこの格好好きよね」


 好きとは言ってないはずだが、態度に出ていたのだろうか。両隣を綺麗なメイド姿の女性に挟まれる格好となった。


「アイ姉のはセクシー感が強いね」


「凪君、アイさんに何やらせてるの!」

「凪山君、破廉恥です」

「サトルごめん、これは庇いきれないわ」


 誤解は解けず、諦めて歌って誤魔化した。アモラが誘発したカラオケ誤解劇、もしかしたらアモラが仕組んだ精神攻撃だったのかもしれない。やはり油断はできないなどと自分に言い聞かせていた。


 翌朝、アイが起きてくるのが遅いので様子を見に行くと、不思議そうに部屋を見回しているアイがいた。どうしたのか聞こうとした時、


「博士? なんでそんなに若いの? ここはどこ?」


 そう言ってくっついてくる。

 幼さを感じる言動に困惑した。寝ぼけているのだろうか。

 ダイニングに連れて行くと、のぞみに向かって「おばさんも若い、かわいい!」と笑顔を向ける。のぞみは目を見開き、絶句した。


「アイ、大丈夫か? ここへ来た時のこと覚えてる?」


「覚えてない。博士のメイドになったのは覚えてる」


 けしからん博士だと思いながら、どうしたらいいか困ってしまう。ある時からの記憶が無くなっているようだ。アイがある使命を持ってこの過去に来たこと。今は一緒に高校へ通って、使命果たそうとしていることを説明した。


「ほんとだ、私、体が大きくなってる。高校生か、制服もかわいい。楽しみだな」


「今何歳なの?」

「10歳だよ」


 10歳以降の記憶は残っていない。出会った頃からの記憶が無くなっているのは辛いが、何かの拍子に戻るかもしれない。アンドロイドを病院に連れて行くわけにもいかないので、いつも通りの生活を送って様子を見ることにした。


「博士と登校かー。不思議な感じ」

「サトルって呼んで。そう呼んでたから」


 アイは登校中も珍しそうに辺りを見回して興奮気味だ。あとずっと手を繋いだ状態なのが恥ずかしい。でもそうしていないとアイは一人であちこち散策しようとする。


 教室についてからは昨日のカラオケメンバーにアイが記憶喪失になったことを伝えた。10歳までの記憶しかないことを知りみんな心配していたが、これで何かあったら助けて貰えるはずだ。


「アイ姉、アモラのことも覚えてない?」


「私に妹はいないけど……あなたは誰?」


 その瞬間、アモラが耳元で囁いた。


「凪山君、悪いけどアイ姉の記憶は戻らないよ。昨日のカラオケでドリンクに薬を入れておいたの。ナノマシンが記憶領域のデータを消しちゃったから、こっちでやりたかったことはもうできないんじゃないかな」


 ――知らぬ間に攻撃は始まっていた。

 記憶が戻らなければ使命は果たせなくなる。いつもより幼く見えるアイの姿を前に、俺はただ途方に暮れるしかなかった。

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