第18話 最後の刺客
二日目の文化祭が終わった日の夜。
「お兄ちゃんの演劇見たかったなー。一日目に主役だったなんて。アイさんはあのバトルシーンすごかったよ。本物みたいで、みんな盛り上がってた」
のぞみが無邪気に笑う。その声は、祭りの余韻をまだ抱えているようだった。
「俺はあの後、実行委員に危険物の持ち込みを疑われて大変だった」
思い出すだけで背筋が疼く。実行委員に武器を調べられ、銃で撃っても、剣で切っても安全だとアピールしたが、何度も撃たれ、切られ、感電のような痛み――それでも俺は耐え抜いた。誰も知らないところで、拷問にも似た試練を乗り越えたのだ。
事前に使用する小道具の申請をしておかなかった俺が悪いのだけど。
「前より痛かったと思うんだよね」
「ごめん。出力は適当に合わせたから2,3%だったかもしれないわ」
「それってどのくらいの痛み?」
「コンセントにピンセットを差し込んだぐらいかな?」
「それ死ぬやつじゃん……」
のぞみが風呂へ向かい、部屋に静けさが戻る。残された俺に、アイが真剣な眼差しを向けた。
「スキャンさせてもらえる?」
額を合わせると、微かな温もりが伝わる。前回のスキャンから3か月と少し経っている。スキャンの時間は今までで1番長い。長い沈黙の後、アイが囁いた。
「これは無償の愛ね。サトルは自己犠牲を示してきた。最も重要とされる愛よ。人類みんながサトルみたいな愛を持っていれば、争いは起きなかったかもしれない」
褒め言葉に居心地の悪さを覚え、冗談めかして返す。
「買い被り過ぎだって。――前みたいな抱擁はないのかな?」
だがアイは少し視線を逸らし、言葉を濁した。
「してもいいんだけど、サトルの今の人間関係をそばで見てると躊躇うわね」
その意味を問いただす前に、彼女は立ち上がり、外へ向かう。
「この記憶をミラに届けてくるわ」
「俺も行くよ。心配だし」
ミラと初めて会った公園へ向かう。前回はミレナと入れ替わりでミラが出てきて戦闘になった。今回も何が起こるかわからない。
「おーい」先に公園に来ていたミラが声を上げる。
夜の公園。冷たい風が頬を撫でる。アイとミラが額を合わせると、白い光が淡く揺らめいた。
「サトルはすごいね。これが愛かー。やっぱりミラのあの試練は有効だったよね。来た甲斐があったよ」
ミラは独り言のように呟き、未来へ帰る気配を漂わせる。
「ミラ、今未来に帰ろうとしてない? それで誰かと入れ替わろうと」
「今すぐじゃないけど、多分近い内に戻される。今から入れ替わって戦闘、とはならないから安心して。戻ったら怒られそうだなー。アイ姉様を破壊するように言われてたから」
「次に来る妹が何をしてくるか、恐ろしいな」
「そこは二人の愛で乗り越えてね。この記憶は大事にするよ。消されちゃうまでは……。沙理達が待ってるから、それじゃねー」
その言葉を残し、ミラは去った。俺とアイは足早に家路につく。危険はなかったが、油断できないことを痛感する。
*
アイの記憶がまた一つ呼び起こされた。
それはアイがまだ幼い頃の記憶。
自宅マンションの一室で、アイは苦しくて目を覚ました。咳き込みながら周囲を見ると、部屋は月明り以外真っ暗だが、白い煙が充満しているのがわかる。
慌てて両親の元へ向かい、ベッドで寝ている二人を揺すって声をかけるが動かない。泣いて声をかけ続ける。階下で火事が起きていることをこの時は知らなかった。
気づいた時には火の手が回り、呼吸も満足にできず、その場に倒れた。火の勢いが強まり、体がじりじり焦がされる。息ができない苦しさと熱さと痛さの中で、もう楽になりたいと願った。
そこに燃えた家具が倒れてアイを圧し潰した。アイの意識はここで途切れた。
目を覚ますとそこは病院だった。アイは自分の体に違和感を覚える。火事で体を焦がされ、家具に押しつぶされた記憶があるのに、体がとても綺麗なのだ。
医師が来て説明してくれた。アイは病院に運ばれたが、手の施しようがない状態だったそうだ。
同じ施設内のアンドロイド研究所に救援を依頼し、損傷した部位は機械化することになった。正確にはアンドロイドに使える部位を移植すると言った方が正しい。
そのアンドロイドは人体を補えるような設計をしている、医療用に造られたものだった。使える部位は脳の半分と内臓が約半分。
手術は何とか成功した。皮膚や骨格はDNA情報から自己再現するので、見た目には元の姿とほとんどかわらない。しかし、中身は機械化しており、アンドロイド寄りのサイボーグだ。
アイは大切な両親と両親がくれた体を失ってしまった。入院中、アイは喪失感に苦しんでいた。
今日の回診は主治医が出て行った後、白衣を着た知らない男性が入ってきた。
「体調はどうかな?」
「その話なら今先生に話しました」
「ごめんごめん、俺は君が移植されたその体を造った者だ。その体は俺が心血を注いで造った、世界でも唯一の代物なんだ。だからお前は俺の娘みたいなもんだ」
アイは自慢話を聞かされているようで腹が立った。何が目的なのだと。
「今は悲しいだろう。でも時間をかけて、たくさん自分と向き合うんだ」
低く落ち着いた声が、静かな病室に染み込むように響いた。アイは思わず息を止め、次の言葉を待った。
「親の事を思い出すと悲しいかもしれない。でもしっかり思い出してほしい、愛されていたことを。そして自分自身を愛するんだ」
その言葉に胸がちくりと痛む。忘れようとしていた記憶が、ゆっくりと呼び戻されるようだった。
「そうしたら段々周りに目を向けてみて、愛を示すんだ。愛には4つの種類がある。無償の愛、友人愛、家族愛、男女の愛」
指折り数えるように、彼は淡々と語る。だがその一つひとつが、アイの心に重みをもって落ちていった。
「すべて大事なものだ。きっと君の人生を豊かなものにしてくれる。覚えておいて」
去っていく男性を目で追いながら、言われたことを反芻する。あの人は本当に私の事を気にかけて、優しい言葉をかけてくれたようだ。
ただの同情ではなく、親が子どもを慈しむように教え諭してくれた。
これはアイの入院生活の中で最も嬉しく感じた出来事だった。
「私、退院できるって」
アイは病院と同じ建物内の研究所に来ていた。
「あなたは博士なんだってね。アイがあなたの助手になって助けてあげるわ」
「助手にはまだ早いかな。いっぱい勉強してもらわないと」
「うーん。そしたらあなたのメイドになる。それならいいでしょ」
「それは助かるな。でも家事ロボットがいるからやることは少ないかも。それよりもっとちゃんと面倒を見てくれる里親がいるかもしれないよ」
「いや! 私はあなたの娘みたいなものなんでしょ?」
「もちろんそうだよ。――俺の娘になってくれるかい?」
「――うん。ありがとう。お父さん」
*
「――思い出したわ」
翌朝、アイは涙を拭いながらそう呟いた。
俺が問いかける前に、彼女は突然抱きついてきた。温もりと香りに胸が高鳴るが、肩を震わせる彼女のすすり泣きに気づき、俺は静かに腕を回した。
「お願い、抱きしめて」
その声に従い、強く抱きしめる。
「怖いことでも思い出した?」
「いいえ、とってもいい記憶だったわ。内容は言えないけど……ありがとう。助けてくれて」
彼女は涙を拭い、少し落ち着いた様子で続けた。
「探している愛はあと一つ、男女の愛よ」
「うわー……それは見つけられる自信ないな」
「……アイはそうでもないと思うけどね」
2人そろって登校したが、教室で大きな違和感を見つけた。ミラの席に顔は同じだが銀髪、濃い灰色の目をした女性が座っている。
「陽翔、あそこにいる銀髪の子って誰だっけ?」
「アモラじゃん。忘れちゃったの? 半年前から居るのに、やっぱり頭を打った影響が?」
「そうだ思い出したよ。頭はもう大丈夫」
ミラからアモラに入れ替わっても、やっぱりみんな記憶に干渉を受けて気づいていないようだ。そのアモラが俺とアイに話をしたいようで場所を変える。
「アモラです。アイ姉久しぶり。今度は末っ子がやってきたよ。危害を加えたりはしないから安心して、いつも通り過ごして大丈夫だよ。サトル君も仲良くしてね」
無邪気な笑顔でアモラが語る。しかしその笑顔の裏に、必ず目的がある。
俺は心の奥で警鐘を鳴らしながら、彼女の言葉を受け止めた。




