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絶望少年は君の為に世界を救う  作者: 古橋すすむ


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第17話 ワン フォア オール

「今日の演劇をどうするか、決めてほしい。先生は――中止になったとしても、仕方がないと思う」


 その言葉が落ちた瞬間、教室の空気は凍りついた。隣の教室からは笑い声が溢れているのに、ここだけは時間が止まったように静まり返っている。『中止』――その一言は、刃のように全員の胸を突き刺した。


「代役は……どうだ?」

 

 俺は慌てて問いかける。だが返ってきた答えは重かった。


「ごめん。陽翔はいつも出席してたから、その役は練習できてないんだ」


 代役の担当が申し訳なさそうに頭を下げる。その時大きな椅子の音を響かせて、勢いよく立ち上がった生徒がいた。


「ごめんなさい! 私のせいです……。欠員があるところに優先して代役を入れていて、この状況は想定できていませんでした。本当に……ごめんなさい」


 雪村さんの声は震え、今にも消えてしまいそうだった。彼女は準備の段階から誰よりも熱心に取り組んでいた。彼女がいなければ、この演劇は形にもならなかっただろう。――その彼女のせいなわけがない。


 胸の奥で、ひとつの問いが芽生える。

 ――俺なら、陽翔の代わりができるだろうか。


 舞台の練習は何度も見ていた。動きは頭に入っている。だが演技は? セリフは? 唯瀬さんと練習した時、何度も声に出したが、暗記するつもりではなかった。

 それでも、この場で代役を務められる可能性が一番高いのは俺だ。雪村さんのために、みんなのために、文化祭を成功させたい。――失敗すれば、中止よりも惨めな結末が待っているかもしれない。


 考えに考え抜いた末、俺は立ち上がった。


「雪村さんのせいだなんて、誰も思ってない。……俺に、代役をやらせてもらえないかな」


 雪村さんの瞳が大きく揺れる。


「できるの?」


「練習は見てたし、セリフの練習相手もやった。あとは演技と暗記が、開演に間に合えば」


「……わかりました。13時ぎりぎりまで練習しましょう」


 その言葉に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。開演が午後であることが、唯一の救いだった。午前中いっぱいを練習に費やせる――それでも足りるとは思えないが、やるしかない。


「先生、練習ができる個室はありますか?」


「職員室横の応接室が使えると思う、付いて来てくれ」


 俺は雪村さんと唯瀬さんに視線を向ける。


「二人とも、部活の出し物以外では協力お願い」


「もちろんよ」


 唯瀬さんが力強く頷き、雪村さんも涙を拭って顔を上げた。


 教室の後ろから「頼んだぞ!」と声援が飛ぶ。背中を押されるように、俺たちは応接室へ向かった。


 通された部屋には、豪華なソファが4脚、向かい合うように並べられ、中央には低いテーブルが鎮座していた。校長先生が来客を迎えるために使うような、重厚な空気の漂う空間だ。


「凪君が主役を名乗り出るなんて、驚いたよ」


 唯瀬さんがソファに腰を下ろし、教室での出来事を振り返るように言った。


「正直逃げ出したいよ。でも……みんなが頑張ってるの見てたからさ。成功させなきゃって思ったんだ」


「ありがとう、凪山君……」


 雪村さんが小さく微笑む。だがすぐに真剣な顔つきに戻り、声を張った。


「時間がないから、すぐに練習を始めましょう。まずは脚本をじっくり読み込んで。セリフは一字一句を覚えなくてもいい。主人公の心を感じて、この場面ならどう考え、どう話すかを意識して。読み合わせの中で自然に言葉が出るようにするの」


 応接室の静けさが、彼女の言葉をより鋭く響かせた。唯瀬さんも思わず背筋を伸ばしている。


「その後は演技指導よ。午前中にやり切る! やるからには半端なものは見せられません!」


 雪村さんの声は熱を帯び、部屋の空気を震わせた。


 その熱意に圧倒され、胸が苦しくなる。呼吸が速くなり、過呼吸の手前まで追い詰められた時、唯瀬さんがそっと背中をさすってくれた。


「ちょっとリラックスしよう。ゆっくり呼吸して」


 その優しい声に救われ、ようやく息を整える。雪村さんも我に返り、申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません……熱くなりすぎました。演者の心の状態にも配慮しなくちゃいけませんね」


 俺は脚本の文字を追いながら、主人公の心に自分を重ねていった。この場面なら、彼はどう考え、どう言葉を紡ぐのか――その想像を繰り返し、セリフを体に染み込ませる。

 唯瀬さんとの読み合わせでは、まだぎこちないながらも、台本に近い言葉を口にできるようになっていた。

 雪村さんの指導は厳しくも温かく、声の出し方、動き、表情の細部まで教えてくれる。ぎりぎり、間に合った――そう思えた。


「お昼ごはん、買ってきたよ」

 

 同じクラスの原さんと水野さんが模擬店の焼きそばなどを買って様子を見に来てくれた。

  

「どう? やれそう?」


「凪君は大丈夫そう。実際の舞台で通しの練習ができてないのは不安かな」


「もうぶっつけ本番で頑張るよ。フォロー頼んだ」


 昼食を取りながらも、俺の視線は脚本から離れない。文字を追わなければ不安に押し潰されそうだった。

 一般参加有りの文化祭、初めての舞台、しかも主役。無茶だとわかっていても、もう後戻りはできない。


 やがて準備の時間となり、クラス全員で体育館へ。

 開演時間を暗い舞台の袖で静かに待っている。胸の鼓動が、静寂を破るほどに響いていた。

 緞帳がゆっくりと上がる――出番はすぐそこだ。


 覚悟を決めて舞台に飛び出してからは、劇が勝手に進んでいるような錯覚を覚えた。

 自分が身振り手振りを交えてセリフを発している。それを上から眺めているような感覚だ。練習の賜物だろうか。この調子なら最後まで走り抜けられる――そう思った矢先。


「どうして、私を止めるの?」


 唯瀬さんの声。

 未来から来たアンドロイドが、コアを破壊する為に研究施設へ向かうシーン。但しコアを破壊すれば自分も消えてしまう。

 もしアイにこんなことを言われたら、どう答えるだろう。そんな思考がよぎった瞬間、自分のセリフを忘れたことに気づいた。

 不自然な間ができて、焦りが加速する。


「それは――」


 続けようとして、何も出てこないことに愕然とした。


「君は優しいね。言いたいことはよく分かるよ。でも私は行くね」


 唯瀬さんのアドリブで自然な形で繋がった。彼女の機転に救われ、舞台は再び流れを取り戻す。


 場面が研究施設に切り替わる。ここでは敵アンドロイドと戦闘になり、その攻撃から唯瀬さんを庇うシーンだ。

 

 ミラが唯瀬さんを襲うはずだが様子がおかしい。

 離れた位置で唯瀬さんの方に手をかざしたと思ったら、唯瀬さんの後ろのセットが崩れて彼女に倒れ掛かる。

 慌てて唯瀬さんを庇いに入る。セットは軽くできているので大したことはないと考えたが、想像より大きな衝撃を受けた。

 頭に当たった為、意識が朦朧とする。庇い切れずに彼女を押し倒すように倒れたが、何とか背中の重みに耐える。

 

 この重さは尋常じゃない。まるで鉄でできた大型冷蔵庫が圧し掛かっているようだ。

 呼吸を止めて最大限の力を全て振り絞っても、現状維持がぎりぎり。既に唯瀬さんにも幾らか体重を掛けてしまっている為、彼女を逃がす事もできない。

 気になったのはセットが倒れる時、その場所で倒れずに立つセットの両方が見えたことだ。


 ミラがミレナと同じ手法を使い、仕込んだのだろうか。どちらにせよ、並行世界のものなら時間が経てば消えるはずだ。それまでは何としても耐える。

 今重さに耐えられなくなったら、唯瀬さんに大怪我を負わせ、演劇も失敗になる。

 頭からは血が流れ、唯瀬さんの服を汚している。唯瀬さんは心配そうな表情でこちらを見るが、喋ることはできない。

 一瞬でも力を抜いたら潰される。息が続かず、肺が悲鳴を上げている。全身の骨が軋む。支えきれなくなった両腕の関節が少しずつ曲げられていく。


 その時、急に体が軽くなった。アイが光るサーベルで背中の重量物を粉砕したのだ。


「私も人類に送られたアンドロイドなの。邪魔させて貰うわ」


 そう言ってミラと対峙すると、二人の戦いが始まった。サーベルで切りかかるが、素早い身のこなしで避けるミラ。

 ミラは銃でビームを撃つが、アイはサーベルを振り回しビームを弾く、弾く、弾く。跳弾が飛んでくるが、静電気レベルの設定なのかわからず気が気ではない。

 観客はこの派手なバトルに歓声を上げているようだ。


「ここは私に任せて、行きなさい!」


 こうして俺と、唯瀬さんは舞台から一旦捌ける。


「大丈夫? 頭から血が出てる。手当しなきゃ」


「次は手当してもらうシーンだから、ちょうどいいね」


 俺は力尽きた状態で返事をする。演劇が中止にならずに済んで良かった。

 あともう少しだ。あと少しで成功だ。


 ――カーテンコールの歌の終わりに合わせて、緞帳が下りる。拍手が嵐のように降り注ぐ。


 高揚感と安堵感が全身を支配する中、雪村さんが駆け寄り、涙を浮かべながら抱きついてきた。


「本当によかったよ! ありがとう、凪山君」


 クラスメイトは驚いた表情でその光景を見ていた。

 これは雪村さんが、演劇に夢中になり過ぎた姿なのだろう。普段の彼女からは全く想像ができない。


「こちらこそだよ。雪村さんが頑張ったから、みんな頑張れた」


「凪君はそれより保健室行くよ」


「付き添ってくれるの? ありがとう」


 唯瀬さん以外は血糊と思っているかもしれないけれど、本物だ。

 ちゃんと止血した方が良さそうだ。保健室の先生は俺の状態を見るや、大慌てで手当してくれた。


 保健室のベッドで横になって寝てしまっていたが、そばではアイが見守ってくれていた。


「潰れる前に助けてくれてありがとう。あれはミラの能力だったのかな?」


「どういたしまして、本人に説明してもらうわ。ミラ、目を覚ましたから来なさい」


 近くに待機していたのか、ミラが飛んで来た。


「ごめん。何故か君の行動をもっと見たいと思っちゃって。でもほんとに危なかったら止めるつもりでいたからね」


 ほんとに危ない状態になってたと思うけど。まだ体中が痛い。

 文化祭一日目が終わり、唯瀬さんも来てくれた。


「凪君が私を庇ってくれた時のあれって、演技だったの? 怪我までして」


「あんな演技、俺にはできないよ。すごく重かったんだ。何でかはわからない」


「不思議ね。重い破片が飛散したと思ったら消えていたの。でも助けてくれてありがとう」


「俺はあのアドリブに救われたよ。今度お礼をさせてください」


「そうね。あれは私でも上手くやったと自画自賛してる。今度楽しみにしてるね」


 唯瀬さんが照れながらも、笑いかけてくれる。

 保健室に雪村さんも様子を見に来てくれた。


「今日は最高の演劇にしてくれてありがとう。あとさっきは勢い余って抱き付いてごめんなさい。唯瀬さんの気持ちに気づいてたのに目の前であんなこと、反省してます」


「雪村さんちょっと!」


 唯瀬さんが急いで部屋の隅に雪村さんを連れて、話し込んでいる。

 

「さっきの話は気にしなくていいからね」


 戻った彼女たちは、二人とも作った様な笑顔でそう口にした。


「明日も風間君が休みだったら、代役お願いしますね」


 そう言って雪村さんは去っていったが、明日はもう勘弁してほしい。

 

 願いが通じたようで、次の日には陽翔が復帰して主役を務めることになった。

 そしてアンドロイド同士のバトルシーンは大好評だった為、正式に脚本に組み込まれた。きっと陽翔は驚いただろう。舞台上でビームの跳弾が飛び交う状況に。


 こうして二日間の文化祭は大成功のうちに幕を閉じた。


 みんなの満足そうな笑顔に、すべての努力が報われたように思えた。

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