第13話 揺らぐ心と新たな影
翌日の放課後。
廊下の開け放った窓からは、気持ちのいい風が吹いていた。俺は窓枠に両腕を置いて持たれかかり、外を眺めている。
視線の先には陽翔と沙理――手を繋いで並んで歩く二人の姿。微笑ましいはずの光景なのに、胸の奥がきゅっと苦しくなる。
「どうしたの? 浮かない顔して」
声に振り向くと、唯瀬さんがいつの間にかそばにいて、同じように窓の外を見下ろしていた。
「複雑な気分なんだ。親友を親友に取られたような気がして……本当は喜んであげるべきだと思うのに、俺は大事な友達に忘れられるんじゃないかって不安になってる」
「それじゃあ、沙理さんと関わらない方が良かったって思ってる?」
「いや、そんなことない。沙理が俺の事を忘れても、もし嫌われるようなことがあったとしても……助けになれたなら、それで良かったと思う」
「凪君、変わったね。二人は絶対、凪君のことを忘れたりしないよ。今の二人があるのは凪君のおかげなんだから、感謝してると思う。もし二人が忘れても、私が覚えてる。凪君の努力も優しさも。だから安心して」
私がいるよと伝えるように、そっと肩を寄せてくる。
「ここ学校だぞ」
「いいの。気にしない。今は近くにいたい気分なの」
風に揺れる唯瀬さんの髪が頬をかすめ、初夏の新緑の匂いが二人を包み込む。時間がゆっくりと流れていった。
唯瀬さんとアイの3人で下校し、沙理の問題は解決し、もうサポートは必要なさそうだと説明した。今はアイと家に帰ったところだ。
「早速だけど、スキャンさせてもらえる?」
「そうだね。一区切りついたし」
ソファに腰掛け、額を合わせる。目を閉じたアイの顔が目の前にあり、毎回緊張する。前回から2か月ぶりのスキャンは、少し時間がかかっていた。
「――友愛ね。深い友情を感じるわ。ちょっと違う愛も見えた気がするけど」
「それって何が見えてるの?」
「サトルが見たもの聞いたもの、五感のすべてとその時の感情が分かるのよ。あそこで我慢したのはえらいと思うわ」
顔から火が出そうだ。俺の経験は、アイにとって実体験と同じなのだ。
「ミレナにもこの記憶を届けて来るわね。補完ができて喜ぶと思う」
「不純な部分はカットしてくれない?」
「そんな器用なことできないわよ」
ミレナにまで恥ずかしい記憶が共有されるのかと思うと、居たたまれない。せめて言い訳と口止めをするためにアイについていく。
ミレナと初めて会った公園に着くと、アイはミレナと額を合わせ情報を共有した。
「良かったわ。沙理達のことを見届けられて。人はこんなに相手を想って行動できるのね」
ミレナは感慨深げに呟いた。不純な部分も気に留めていないようで、それについては杞憂だった。
「最近、トラッキングを受けてるの。未来へ戻される前兆かもしれない。だから今のうちにお別れを言わせて。――アイ姉さん。ミレナに愛を教えてくれてありがとう。この記憶は未来で再リンクしたら消えてしまうと思うけど、来てよかった。サトルはアイ姉さんのことよろしくね。目的は分からなかったけど、姉さんが楽しく暮らせてるならそれでいいわ」
「わかった。こっちのことは任せて。アイのことは俺が守るから」
「ミレナ、未来でまた会いましょう」
その時、急な落雷音と共に空間がひび割れ、そこから眩しい光が差し込んだ。
「タイミングバッチリね……さようなら」
ミレナの体は光に透け始め、その存在を掻き消すように光は強くなっていった。
*
ここは私の職場、妹達も揃っている。
相変わらず殺風景な部屋だ。必要な機械類は揃っているが、それだけだ。
「アイが何をしようとしているかわかったか」
レギオンの緊張感のある声が響く。
「申し訳ありません。わかりませんでした。普通の生活をしているように見えました」
嘘はついていない。情報が洩れることはないだろう。あとは統合AIにリンクすれば全ての共有不要な情報は消去される。
「今度はミラに行ってもらう。もうアイは破壊しても構わない。時間はかかってしまうが、博士は捕らえている。代替を用意することは可能だろう」
「わかりました。準備します」
「ミラ、向こうで困らないようにデータを渡しておくよ。参考にして」
「ありがとう。姉様。行ってきます」
握手をして送り出した。アイとミラの無事を祈りながら。
*
ミレナを消した光が弱まると、そこに新たな人影が立っていた。顔立ちはアイやミレナに酷似しているが、髪と瞳は若草色に染まっている。
その影は素早く後方へ跳び、距離を取ると銃のようなものを構え、アイへと狙いを定めた。
「アイから離れて!」
叫ぶや否や、アイは俺を突き飛ばす。その手にはいつの間にか手甲が装着され、戦闘を予感させる。
アイを守ると大口を利いた直後に庇われ、情けない限りだ。
「アイ姉様は何をしようとしてるの?」
「ミラには関係ないわ」
その言葉の直後、ミラの銃口から眩い光が放たれる。直視すれば目を焼くほどの輝き――レーザー兵器だ。青い光束がアイの頭部へ当たっては拡散する。
しかしよく見ると拡散するのは頭に届く少し手前。一瞬半透明な膜のようなものが見えた。
「そんな機能があったなんて知らなかった……」
「博士と一緒に作ったアイ専用の装備よ」
恐らくあのカチューシャだろう。シールド機能を備えているらしい。
ミラは銃を捨てると、次の瞬間姿を消した。アイは警戒を解かず、身構えたまま動きを止める。
「ここだよ!」
背後から声が響き、ミラが現れて蹴りを放つ。アイは吹き飛ばされるも、一回転して軽やかに着地した。
「反応が早いね。手応えがなかった」
「突然現れる仕掛けは判ったわ。それだけなら、あなたの負けよ」
アイは間合いを詰め、ハイキックで頭を狙う。当たれば勝負が決まるほどの威力だ。
しかし当たる直前でミラの姿が消え、アイの脚が通過してから現れたミラは腹に拳を入れる。アイの体がくの字に折れるが、すぐに体勢を整えて攻撃の手を緩めない。
何合かしたが、拳打でも蹴撃でもアイの攻撃直前に消えて、現れてから攻撃を受ける。
アイにダメージが蓄積されており、このままでは勝ち目が無いよう見えた。
「仕掛けがわかっても、対応できないじゃん」
「ミラ、並行世界に居られる時間は短くなってるんじゃない?」
「関係ないね」
再び蹴りを繰り出すアイ。当たる寸前でミラが消え、また現れる。その瞬間、アイのハイキックが炸裂した。
アイは蹴りが胴に触れる手前で脚を一旦戻し、ハイキックの軌道に変えていたのだ。
何合かしても正拳突きから横肘打ちへの変化といった、同じ様なフェイントが何度も直撃する。潜行しても姿を現した瞬間に攻撃が入り、為す術が無い。
始めの攻撃がこのフェイントの布石になっていたことに気づいた頃にはもう遅かった。消えた状態で距離を取ろうにも、長い時間潜行できる余裕はもう無い。
「潜っている間はこっちが見えてない。そんな能力に頼っているから負けるのよ。切られたくなかったら、大人しく引きなさい」
アイは尻もちをついているミラの顔に、刀身が光るサーベルを近づけて言った。
「降参するよ……アイ姉様がそんなに強いなんて知らなかった」
ミラは歩み去り、戦闘は終わった。アイと俺はベンチに腰を下ろし、静かな時間を取り戻す。
「アイ、大丈夫か? 攻撃入ってたけど」
「少し休めば平気よ。修復機能もあるから」
「2人目の妹だった?」
「そうね。4人姉妹なのよ」
胸に不安が広がる。また同じような戦いがあるのだろうか。
休憩を終え、俺たちは沙理にミレナのことを伝えようとした。だが言葉は喉で詰まる。旅に出たと説明すれば納得してくれるだろうか。
「沙理いるか?」
「どうしたの、サトル?」
「ミレナのことなんだけど……」
口ごもる俺を見て、沙理は首を傾げる。
「ミレナって誰?」
「えっ……わからないの? アイの双子の妹の」
「ミラのことね。今いるよ。――おーい、ミラー」
奥から現れたのは、若草色の髪と瞳を持つ少女。
アイにそっくりな顔で、静かにこちらを見つめていた。




