第12.5話 沙理
今思えば、私は本当に恵まれた学童期を過ごしていたのだと思う。
一人っ子として両親に可愛がられ、バスケのクラブではいつもコート脇から声援が飛んできた。
特別なことは何もないのに、自分に自信があって、毎日がまぶしくて仕方なかった。
その景色が変わったのは、中学1年の春。
母が双子の女の子を出産した日からだ。
可愛い――その気持ちは本物だった。
けれど、母が双子を抱きながら私に向けた、あの一瞬の「ごめんね」というような笑顔を、私は今でも忘れられない。
私を大切に思っているのに、手が足りない。そんな気持ちが滲んでいた。
気づけば私は“お姉ちゃん”として扱われ、戦力として数えられるようになっていた。
それでも、双子が初めて私の指をぎゅっと握った日の温もりは、胸の奥にずっと残っている。
泣き止まない夜、膝の上でようやく眠ったときの、あの小さな寝息も。
翌年、待望の男の子が生まれた。
しかし、またしても双子だった。
4人同時の育児なんて、今思えば正気の沙汰じゃない。
夜泣きで眠れなかったのは私も同じだったが、母は4人を抱えて、眠る暇すらなかったはずだ。
その頃から両親はぎくしゃくし始め、父は育児から距離を置くようになった。
その穴を埋めるように、私は母を助けた。
4人が幼稚園に入る頃、母はパートに復帰した。
生活のためでもあり、会社からの強い要望もあったらしい。
そして――離婚。
父は5人の子を育てることを諦めたのだろう。
最後に聞いた言葉は「ごめん」だけ。
私は“仕方ない”と、そう思うしかなかった。
けれど、養育費をほとんど払っていないと知った時は嫌いになった。
母はすぐに正社員になった。
私は弟妹の世話に追われ、普通の学生らしい生活からどんどん遠ざかっていった。
もし弟妹がいなかったら――そんな想像をしたことがないと言えば嘘になる。
でも、ちび達の寝顔を見るたびに、私は“守る側”であることを選び直していた。
そんな日々の中に、サトルが現れた。
どうして彼があんなにも私に親切なのか、最初は理解に苦しんだ。
けれど、彼は確かに私の世界に光を持ち込んだ。
まるで、暗い部屋に差し込む朝日のように。
夜の公園で久しぶりにバスケをした時、胸がどくどくと跳ねた。
運動したせい――そう思い込もうとしたけれど、違う。
私はあの瞬間、サトルを好きになっていたのだと思う。
「キスしていいよ」
あの言葉は、半分冗談で、半分本気だった。
もし彼が応えていたら、きっと私たちは付き合っていた。
でも彼は奥手で、自分の魅力をまるで理解していない。
そこがまた、彼らしいのだけれど。
クラスで浮いていた私にとって、サトルと友達になれたことは救いだった。
隣のクラスに呼びに行くたび、迷惑そうにしながらも優しい顔をする。
その表情を見るのが、密かな楽しみだった。
彼の自尊心を少しでも高めてあげたい――そんな気持ちが芽生えていた。
その頃、バスケを通して陽翔とも再び親しくなった。
1年の頃、彼に密かに恋心を抱いていた。
しばらく会えなかった彼と、今では公園で一緒にバスケをしている。
それもサトルが繋いでくれた縁だ。
サトルと陽翔。
どちらが好きなのか――その問いは2ヶ月間、ずっと胸の奥で燻っていた。
サトルは優しくて、支えてあげたくなる。
陽翔は紳士的で、スポーツをする姿が眩しい。
答えは簡単には出なかった。
そんな時に陽翔に告白された。
彼は図書室の前で私を待っていて、いつもより少しだけ緊張した顔で言った。
「……好きだよ。オレと付き合ってほしい」
その一言だけだったのに、胸が強く締めつけられた。
返事をしようとしても、すぐには言葉が出なかった。
本当は、このまま3人で仲良く過ごしたかった。
だからサトルに相談した。
彼は「親友になりたい」と言った。
その言葉が本心かどうかは分からない。
でも、あの不器用な優しさが、私は好きだった。
そして私は陽翔の告白を受け入れた。
学校に通うことすら難しかった頃と比べて、今は驚くほど楽しい。
これは、サトルが私にくれたものだ。
彼は「何かあったら頼る」と言っていたけれど、きっと邪魔しないように気をつかってしまうだろう。
だから私は決めた。
――こっそり、彼を見守ろうと。




