第12話 親友と親友
「ただいまー。アイいるか?」
玄関を開けると、湯上がりののぞみがタオルを肩に掛けて立っていた。濡れた髪から滴る水が、白い肌をきらりと光らせる。
「お兄ちゃんお帰り。遅かったね」
その笑顔に少し救われる。
「悪いな一人にさせて、あと二か月近くはこんな感じになるかも」
「いいよ。人助けしてるんだもんね。アイさんならリビングにいるよ」
リビングでは、メイド姿のアイがくつろいでいた。きっと、のぞみと食事をした後の片付けまで済ませてくれたのだろう。
「アイ、よかった。消えてなくて。いついなくなるかわからないって本当か?」
「本当よ。でも博士はアイの使命を知っていたはずだから、そんな短時間で戻されることはないと思うわ」
ひとまずは安心だが、いつまでいられるかわからないのは落ち着かない。
「私は急に帰っちゃったら寂しいな」
その言葉に、胸が少し痛む。
「のぞみってアイが未来から来たって本当に信じてるの?」
「この前、自分で言ってたじゃん」
「いや、あれだけで信じちゃうのもどうかと思う」
素直すぎる妹が、悪い人に騙されないか心配になる。
「そうだ、休日に沙理たちとバスケしようと思うんだけど、アイはバスケできる?」
「アイの頭の中にはバスケットの知識も豊富にあるから、問題無いわよ。なんならダンクシュートも決められるわ」
「それは大事になるからやめて、極普通の女子の体力って設定でお願い」
「わかった。完璧にこなしてあげる」
心配は拭いきれないが、他に頼るあてがないのでありがたくお願いする。
ゴールデンウィークの休日、公園にスポーツウェア姿のバスケメンバーが集まった。
バスケ部のイケメン陽翔、学校一の才色兼備、唯瀬さん、バスケ休部中の沙理、未来アンドロイド、アイとミレナ、バスケの知識は漫画のみの俺。あと得点係として今日も可愛いのぞみも連れてきた。
「大沢さん久しぶり。部活で会えなかったから心配してたよ」
「風間君、今日は来てくれてありがとな」
「凪君の妹さんかわいい。中学生なんだよね」
「はい。3年生です。いつも兄がお世話になっています」
みんなそれぞれ会話が弾んでいる。
陽翔もボールを持ってきたので、みんなで練習を始めた。
「入った! やったー」
「すごいよのぞみちゃん、今のスリーポイントだよ」
のぞみを連れてきてよかった。のぞみにはいろんなことを経験してもらいたい。
みんなの体が温まったところでコートを描き、チーム分けをすることになった。
「チーム陽翔かチームサトル、どっちに入るか選んでもらえる?」
「そこは決まってんだ。バスケ経験者としてはサトルの方に入った方がいいよな」
「アイもサトルで。ミレナは私と同じ実力だからチーム別れましょ」
「残った私は陽翔チームね」
ということでチームは陽翔、唯瀬さん、ミレナ VS 俺、沙理、アイとなった。各チームで作戦会議を始める。
「誰をマークするか決めよう。俺は陽翔を抑える」
「無茶だって風間君うまいんだから。って言っても聞かないか。私は唯瀬さんね」
「アイはミレナで」
陽翔のマークを買って出たが、これは無謀だった。
隙あらばボールを弾いてやろうとドリブルを始めた陽翔に付いていくが、ボールが背中側に回ったと同時に逆側を抜かれ、あっさりゴール。ドリブルで加速すると思わせて、スリーポイントラインからゴール。さらには俺の股を抜いてゴール。
「沙理ごめん。俺にはムリだわ」
「知ってたって。マーク交代ね」
沙理が陽翔を抜かせないようになったおかげで、パスが回って混戦になってきた。
ここで気づくのは今まで動きでは大して目立たなかったアイとミレナだが、フリーでボールを受けると確実にゴールを決める。目の前にディフェンスがいても後ろに跳びながらシュートを決める。ゴール前では片手でフックシュートをするからこれも相手の手が届かない。今のところ百発百中。
「アイさんもエレナさんもシュート成功率えぐいね!」
陽翔も驚きを隠せない。おそらくアイとエレナの体力は普通の女子設定だが、シュートを決める物理演算機能はそのままでチート状態になっている。ただ両方のチームにいるから点差には影響していない。
沙理にボールが渡り、陽翔がディフェンス。
活躍できていない自分としてはなんとか援護したい。俺は沙理のドリブルについていく陽翔のディフェンス進路に飛び出す。陽翔の勢いでぶつかられたら大怪我しそうだがここは気合でスクリーン。
沙理は陽翔をかわしてレイアップシュートを決めた。
「ナイッシュ!」
声をかけると沙理はサムズアップで返す。
唯瀬さんはコート内を走り回り、パスを受けられる位置に移動したり、シュート成功率の高いミレナにパスを出して、堅実なプレーを見せている。
「ナイスパス」
陽翔が唯瀬さんに声をかける。さすが陽翔は周りがよく見えている。
陽翔のレイアップシュートをブロックしようと一緒にジャンプすると、後ろを走っていた唯瀬さんにそっとパスしてそのままレイアップシュートを決められる。陽翔と唯瀬さんの笑顔が眩しい。
そろそろ目立った活躍をしたいところ。
ボールはアイが持っている。アイの知識なら俺が今からやりたいことは想像がつくはずと考えディフェンスを振り払いゴールへダッシュ。アイに目線を送る。
アイのタイミングぴったりのパスを空中で受け取りそのままレイアップシュート。
ボールはリング上をぐるぐる回りついにはゴールに吸い込まれるように――とはならず逸れた。
すかさず沙理がリバウンドしてゴールを決めた。
「惜しかったな。アリウープ」
「漫画で読んだだけじゃダメだな」
「ははっナイスパスだったよ」
日が暮れるまでボールを追い、笑い声が絶えなかった。帰り道、沙理の生き生きとした姿を思い出し、胸が温かくなる。
「アイさん、すごかったね。シュート完璧だった」
「結局一度も外してないもんね。ありえないって」
「普通の女子の体力を完璧に再現したわ」
自信満々のアイには悪いが、次回はシュートを時々外すようにお願いしようと思う。
「そういえばのぞみはゴールデンウィークが明けたら転校だから、制服とか揃えなきゃな」
「ついに転校かー。どきどきする。今日みたいに遊べる友達ができたらな」
「のぞみなら大丈夫だって。メンバーが足りなかったら呼んでくれ」
家に帰ってからチャットが来ていることに気づいた。
沙理から「今日はありがとう。楽しかった」とのメッセージで、また一つ沙理のやりたいことを叶えることができたと充足した気分で一日を終えた。
それから2か月の間、沙理の授業への出席率は随分改善された。子ども達の世話やお迎えはアイとミレナがサポートした。
俺は沙理が授業についていけるレベルになるように、学校終わりはなるべく沙理の家で勉強を教えた。
休日には集まれるメンバーでバスケの練習も続けた。特に陽翔は熱心に教えていたと思う。
そうして迎えた6月末、今日は期末テストの結果が返却された。俺は上位をキープできてほっとする。勉強を教えることで基礎を復習できたのはよかった。
休み時間、沙理が手を振りながら俺を呼ぶ。
「おーい、サトルー」
こうやって呼び出されるのにはもう慣れた。
「見てこのテストの点! 全部平均点以上!」
「よかったな。がんばったもんな!」
「ありがとー、サトルのおかげだよ。あとね。ちび達は保育園入れたし、母ちゃんも転職してちび達の面倒を見れるようになるって。サトルがいなかったら、絶対何も変わらなかったから、本当に感謝してる」
「ついに、目標達成か。長かったけどほんと良かったよ」
「私、部活に復帰するね。たまには応援に来てよ」
「沙理が活躍するとこ見たいし、行くよ」
「それじゃ。またね」
これからは沙理に勉強を教えに行くこともなくなるし、バスケの練習で集まることもなくなるだろう。正直寂しさもあるが、今が沙理にとって一番いい状態のはずだ。
教室に戻って陽翔に話した内容を共有すると、陽翔も喜んでいた。
「オレ、沙理に告白しようと思う。ずっと考えてたんだ」
陽翔はこの2か月で沙理と親密になり、下の名前で呼び合う仲だ。
「確かに今はいいタイミングだな」
「放課後、図書室前に来てもらうように、メッセージ送っておこうかな」
「待った。その役目、俺にやらせてくれ。伝えてくる」
告白はおそらく成功するだろう。今までの雰囲気で大体分かる。最後に俺がしてあげられることをしようと思った。
次の休み時間、2組の前で沙理の様子を窺う。窓側の席にいるが仕方ない。意を決して沙理がしてくれたように呼び出す。
「おーい、沙理ー」
手を振りながら沙理を呼ぶ、2組の生徒の視線が集まる。見ないで……
沙理は驚いた表情でやってきた。
「びっくりしたー。初めてじゃん呼び出すなんて」
「前同じように呼び出す約束をした気がして」
「そうだったかな。でも嬉しい。どしたの?」
「陽翔が放課後、図書室前で待ってる。直接話したいことがあるみたい」
沙理の表情が一瞬固まり、戸惑いの表情を浮かべる。
「それじゃあ、それだけだから」
そう言って自分の教室に戻る。俺にできるのはここまでで、これからは陽翔が支えになるだろう。
その日は邪魔にならないように、陽翔に頑張れと伝えて帰った。
帰宅途中、沙理から連絡があった。話したいと。
今はバスケの練習をしたいつもの公園のベンチで沙理と隣り合って座っている。
「さっき陽翔に告白された。付き合おうって」
「なんて答えたの?」
「少し考えさせてって」
「陽翔のこと好きそうに見えたけど違った?」
「好きだよ。前に『好きな人に会いたい』って言ったのは陽翔のことだったし」
知らない間に沙理の願いをもう一つ叶えていたようだ。
「それじゃあ、どうして?」
「正直今はサトルのことも好きで、どうしたらいいか分からなくなっちゃって。サトルには返しきれないくらいのことをしてもらった。これからも一緒にいて、今度は私が助けてあげたい、ずっと寄り添っていたい」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。今の沙理の俺への気持ちは、親友になれたってことじゃないかな。付き合ってもし別れたら、助け合うことも寄り添うこともできない。親友になれたら、それで俺は幸せだな」
「――わかった。親友になってやる。困った時は頼れよな」
「その時は盛大に頼るから、助けてくれよ」
「……最後にほっぺにキスしとく?」
沙理は冗談めかして笑う。
「しねーよ」
「この前したそうだったじゃん」
「……忘れてください」
「じゃあそういうことで返事しておく。ほんっとにありがとう」
これでよかったはず。沙理を救い、親友にまでなれた。
沙理のことは好きだ。親友だから――好きに決まっているのだ。




