第11話 告白
陽翔からの意味深な電話を受けた翌日の朝。
人目を避けたいと彼が言うので、俺たちは屋上へ続く階段の途中に腰を下ろし、並んで座っていた。
「最近サトルは登校が早いから、話す時間ができてよかったよ」
「朝練は行かなくて大丈夫なのか?」
「たまにはいいの」
陽翔は軽く笑ったが、その声にはどこか張り詰めた響きがあった。
俺は平静を装いながらも、胸の奥で鼓動が早まっているのを感じていた。――これは、何かを告白される場面なのか。だが思い当たる節はない。まさか俺が告白される?
陽翔のことは好きだ。けれど、それは親友としてであって……。もしそんな関係になれば、茨の道だ。興味本位で進んでいい道じゃない。……待て、何で告白されてOKの流れを想像しているんだ。
「サトルって大沢さんのこと好きなの? 学校で親しげだったし、昨日も夜遅くに一緒にいたよね」
「沙理のことは好きだけど、友達としてだよ」
「『沙理』って呼ぶくらい仲いいじゃん。これから好きになる可能性は?」
「ないよ、ほんとに友達」
陽翔の問いかけの真意が掴めず、答えを急かすように心がざわつく。
「そうか、わかった。サトルが恋敵になったら嫌だなと思って聞いたんだ」
そして彼は、少し照れたように続けた。
「オレは大沢さんが好きなんだ。でも最近は部活にも来ないし、良くない噂が流れてた。力になりたかったけど、どうしたらいいかわからなくて……そんな時にサトルが仲良くしてて、楽しそうに見えた。悔しかったよ。オレが笑顔にしてあげたかった」
「そういうことか。よかったー」
「よかった?」
「俺が告白されるのかと思ったんだよ……」
安堵の息が漏れる。自分の早とちりが恥ずかしい。
「そんなわけないだろ! オレ達は親友だ」
一方通行かもしれないと思っていたけど、互いに親友だと確認できたことは何よりの収穫だった。
「今、弟妹のお世話で忙しい沙理が学校に来れるように頑張ってるんだ。勉強もバスケもやりたいって言ってる。元々バスケの練習には陽翔に付き合ってもらう予定だったんだ。その時は頼んでいい?」
「もちろん。そんなことをしてたんだ。他のことだって手伝うから声かけてよ。勉強は教えられる自信ないけど」
その時、俺のスマホに沙理から連絡があった。弟が熱を出し、病院へ連れていくため今日は学校を休むという。
「アイに付き添うように頼んでみる。一連のやり方を教われば、次回は一人でも対応できるはずだ」
教室に戻り、アイに事情を話すと、快く引き受けてくれた。バッグを肩にかけ、足早に教室を後にする。
「アイさん、帰っちゃったけど……何かあったの?」
唯瀬さんが気づいて声をかけてきた。簡単に沙理の手助けをしていることを説明した。
「ところで、唯瀬さんてバスケできる?」
「だいたいのスポーツはそこそこできるよ。バスケもね」
「今度の休み、公園で3on3をやるつもりなんだ。誘ってもいいかな?」
「いいよ。楽しそうね」
「オレも行くよ」陽翔がすかさず返事をする。
「また詳しい日時は連絡するね」
これでメンバーはなんとか揃いそうだ。アイとミレナも数に入れているが、バスケができるかどうかは確認しておこう。
学校帰り、俺は沙理の家に集まった。
今日はアイが熱を出した弟の病院に付き添い、看病までしてくれたらしい。さらに幼稚園の迎えにも同行し、弟を抱っこしたまま他の弟妹を迎えに行ったという。
「アイ、がんばったな。ミレナにも経験させたかったよ」
「それなら大丈夫。今回の経験と情報を共有すれば、同じ対応ができるはずよ」
アンドロイド同士はそんなこともできるのか。頼もしい限りだ。
「沙理は勉強しようか。今日休んだ分、挽回しないと」
「はーい。勉強したいとは言ったけど、サトルはスパルタだよ」
「まだ二日目だよ。音を上げるには早すぎるって」
沙理は俺と勉強を始め、アイとミレナは子ども達の相手をしていた。
二人はすっかり遊び慣れてきたようで、体でトンネルを作ってくぐらせたり、積み木でドミノを並べたりと工夫して遊んでいる。
「ただいまー」
母親が帰ってきたのは18時半。いつもより早い。
「今日は定時で上がれたわ。今日も来てくれてありがとう。おやつ買ってきたから、夕食のあと食べましょう」
夕食を呼ばれることになったが、今日ものぞみが一人では寂しすぎる。母親にアイの活躍を自慢してから、彼女には先に帰ってもらった。
「沙理さんのお母さんは、何の仕事をされてるんですか?」
「工場で使う設備の設計よ。でも小さい会社でね、人手不足で大変なの」
ふわっとした雰囲気からは想像できなかった、難しそうな仕事だ。だが、これは活かせる強みだ。
「すごいですね。設計ができるなら転職先にも困らないんじゃないですか?」
「昔お世話になったし、今も頼られるとなかなか転職する気持ちになれないのよ」
「今は在宅勤務を導入している会社も増えています。設計なら自宅でできる業務も多そうですよね。沙理さん達のために、転職を考えてみてはどうですか。お母さんの義理堅いところは素敵ですが、沙理さん達を守れるのはお母さんだけなんです」
「そうね……離婚するのにすごく大変だったから、転職まで頭が回っていなかったわ。福利厚生がちゃんとした、大きな会社に転職を考えてみようかしら」
よかった。転職に前向きになってくれた。在宅勤務ができれば、子どもを病院に連れて行ってから業務を始めることもできるし、保育園に転園できれば仕事終わりに迎えに行くことも可能だ。
沙理の負担はぐっと減るだろう。まだ先は長いが、肩の荷が下りた気がした。
沙理と一緒に夕食の片付けをする。母親は子ども達の世話に回っていた。
「今度の休日にバスケやらない? 同じクラスの友達を誘ったんだ」
「えー、やりたい。最近やってなかったから動けるかな。楽しみー」
「近くの公園にバスケットコートあったよね?」
「あるよ。あんまり整備はされてないとこだけど……今から確かめに行こっか」
母親には「コンビニに行ってくる」と告げて家を出た。
脇にバスケットボールを抱え、街灯がぽつぽつと灯る人通りの少ない道を歩く。
沙理は考え事をしているようで会話はほとんどないが、それでも落ち着く相手というのは貴重だ。
「……あった。ゴールはあるね。ラインは無いか」
「砂地だし、ハーフコート分なら木の棒で線を引けばできるかな」
「そうだね」
沙理はそう答えると、すぐにドリブルを始めた。静かな公園にボールがバウンドする音が響く。ゴール手前でジャンプシュート。ボールと網が擦れて高い音を立てる。
「ナイッシュ」
笑みを浮かべ、今度はレイアップシュートを試す。フォームが美しい。街灯と月明かりの下、金色の髪が淡く輝いて見えた。
少し休憩、と言いながらベンチに腰を下ろす。肩で息をしながら、沙理はやがて視線を落とし、ぽつりと語り始めた。
「どうしてサトルは私の為にここまでしてくれるんだろって今日も思った。勉強のこと、ちび達のお世話、母ちゃんの説得、バスケの誘い……」
そして、言葉を区切りながら続ける。
「それでわかった。――サトル、私のこと好きだろ」
「そりゃあ好きだけど」
「……ほっぺにキスくらいならしてもいいぞ」
伏し目がちにそう告げる沙理。月明かりに照らされた横顔は、思わず触れたくなるほど綺麗だった。衝動を抑えるために目を閉じ、握りこぶしを作って耐える。
やがてその手を開き、肩にそっと触れた。沙理は少し驚いたように目を見開いた。
「そういうのは、好きな人にとっておいて」
「――好きだと思うんだけどな」
沙理の小さな呟きが、夜の静けさに溶けていった。
家に戻ると、寝かしつけられた子ども達をミレナが見守っていた。その横顔は以前より柔らかく、どこか優しさを帯びている。
「最近のミレナは雰囲気が変わったよね。なんか、やさしくなったような」
「そうね。こっちへ来てリンクが切れたからだと思う。知らない間に影響を受けてたのね」
ミレナは静かに言った。
「いつ未来へ戻されるかわからないけど、あなた達のことは見届けたいわ」
「アイも似たようなこと言ってた。未来へ戻るタイミングは自分で選べないの?」
「こっちには転移装置が無いから、未来で設定された日数が経つと戻されるようになってるの。聞いてないの?」
知らなかった。アイもいつ未来に戻されてもおかしくない状態なのかもしれない。それまでにアイの使命を果たすことができるだろうか。
急なお別れなんて、あまりにも寂しい。もう家族の一員だと思っているのに。
だから俺は急いで家に帰った。――アイがまだそこにいることを確かめるために。




