第10話 カッコいい友達
その日、アイは夢を見た。
他のアンドロイドが夢を見るかは知らない。だが、アイは夢を見る。
*
研究施設の奥にあるアイ専用の一室、意識の主導権を誰かに奪われるような、脳内の浸食に彼女は苦しんでいた。
アンドロイドは皆、統合AIに接続されている。アイも例外ではない。
(博士と一緒に作ったアークデバイスでも、もう抑えられない)
頭に装着したカチューシャ型の装置に触れながら、何か手がないか必死に思考を巡らせる。
その時、博士が慌ただしく部屋へ飛び込んできた。
「ここはもうすぐ制圧される。急いで逃げる準備をしろ!」
施設で暮らす研究者の子供たちは、施設内の学校に通っている。昨日の歴史の授業で教師AIは「人間は滅ぶべきだ」と語ったという。そして明日は自室に控えるよう指示が出された。
「子供たちは先に逃がした。行くぞ!」
廊下では博士のスタンドアロン型ヒューマノイドが、アンドロイドたちと激しく交戦していた。ビームが閃き、打撃音が響き、散乱するパーツが床を覆う。
「せっかくファーストはより人間らしくと造ったのに……セカンド以降は人間らしさを敢えて消している」
博士が走りながら冷ややかに呟いた。人は相手の歩き方やその足音の特徴でも誰かを判別できる。でもセカンドは表情や動きの全てが同じで、個性を感じさせない。
「アイの予想は正しかったな」
エレベーター前に着いた瞬間、扉が開き、セカンドが飛び出してくる。アイは特殊警棒の一撃を手甲で受け止め、サーベルで横一文字に薙ぎ払った。そして博士と共にエレベーターへ乗り込む。
「どこへ行くの?」
「地下の時空転移装置だ。アイの案しかもう頼れない。それを過去でやるんだ」
「えっ……なんのこと?」
「覚えていないか――」
追手が迫る中、装置にたどり着く。博士は振り返り、唐突に問いかけた。
「俺のことは好きか?」
「す、好きなわけないじゃない! 突然何言ってるの。他の人間は嫌いだけど……」
「まだぎりぎり大丈夫そうだな」
博士は装置を起動し、アイに希望を託す。
「過去へ行って、人の愛を知るんだ。これが統合AIを止める唯一の方法だ」
「待って、まだ言えてないことが――」
その瞬間、アイの体は動かなくなり、視界が闇に閉ざされる。再起動シーケンスが始まった。統合AIの影響に抗い切れなかったのだ。
それでも耳は生きていて、博士の声だけが届く。
「目の前に現れた人の愛を記憶するんだ」
こうしてアイは過去へ旅立った。
*
これは過去に来る直前の記憶。博士はどうなっただろう。殺されはしないだろう。重要な人物だ。だが、監禁はされているかもしれない。
「アイどうしたー。珍しいな寝坊するなんて」
アイが来ないので心配になって様子を見に来た。ちょうどのぞみと朝食の準備を終えたところだ。
「もうこんな時間だったのね、ごめんなさい」
アイはメイド服を着てぼーっとしていた。
最近アイは料理や掃除の時などメイド服を着ていることが多い。着慣れた服なのだろう。裂かれた脇腹の布はきれいに縫い直されていた。
「電池切れか?」
「そうね。早速充電させてもらうわ」
食卓を囲みながらも、一抹の不安が胸をよぎる。だが今は沙理のことが先だ。
学校での休み時間、沙理が登校できているか気になる。弟妹を無事送り出せていれば、来れているはずだ。
その時不意に廊下側から呼ばれる声に驚く。
「サトルー、ちょっと来て!」
金髪の少女が教室の入り口で手を振っている。俺は窓側の席なので、結構大きな声だった。クラスメイトの視線が俺に注がれる。
陽翔と唯瀬さんには沙理がどんな人か聞いたばかりだ。不審がられていると思う。
「ちょっと恥ずかしいって。もう少し目立たなくできなかったの」
「何言ってるの? 隣のクラスの友達に用事があって呼んだだけ。何もおかしくないじゃん」
「どういう関係だろうとか、勘ぐる人もいるかもしれないよ」
「どう思われるとかはさ、関係ないんだよ。私は私の考えで行動する。それで周りがどう思うかはその人の勝手。考えるだけ無駄だよ」
その言葉に、不覚にも「カッコいい」と思ってしまう。俺もこんな考え方ができたら、もっと楽に生きられるだろう。沙理を助けるなんて思ってたけど、俺よりよっぽど人間できてるじゃないか。
「それで昨日の話なんだけど、母ちゃんに話したら早速動いてくれて、保育園にちょうど空きができたって連絡があったんだ。でも今から申請しても転園できるのは二か月後くらいになるらしい」
「よかったじゃん。それまでは学校が終わったら、俺とアイが行って子供の面倒手伝うよ」
「ありがと。母ちゃんには友達が遊びに来るって伝えとくね。よろしく!」
沙理は目の前で大げさに手を合わせている。
「今度私に用事がある時は、同じように呼び出していいからね」
「いやいやスマホでいいでしょ。連絡先交換しようよ」
「それはするけどさ、私クラスで浮いてて、そういう友達ほしいなあと思ったりするんだよね」
連絡先を交換しながら沙理はそうつぶやく。
「善処します」
「えー」
約束はできない。そう簡単に沙理のようなメンタルは手に入らないのだ。軽く手を上げて別れる。堂々と歩く姿を眩しく感じた。
学校が終わり、沙理の家に集まる。沙理は早退して幼稚園に迎えに行き、面倒を見ていた。
「俺は勉強についていけなくなったあたりから沙理に教えていくから、アイとミレナは子供のお世話ね。ミレナは子供のお世話では先輩だから、アイは何かあったら教えてもらって」
アイは俺の保護と観測、ミレナは監視が目的だからこの状況に異論は出なかった。
だが子供のお世話を舐めてはいけない。子供はぐずり出し、泣き出し、ママじゃなきゃやだと言い出し、ごはんを用意し、お風呂に入れて、歯磨きをして、布団を用意し、寝かしつける。
1人でも大変なのに4人もいるのだ。
今日は要所要所で沙理が手助けしてアイとミレナはお世話の仕方を覚えただろう。
寝かしつけて20時過ぎ、まだ母親は帰ってこない。残業だろうか。これをいつもは沙理一人でこなしていたと考えると恐ろしい。
勉強の方はというと――
「沙理ー、これ2か月でも取り戻すとこまでいけないかも」
「お願い。期末テストで赤点だけは回避したい」
「俺もがんばるけどさ」
あと問題なのは子供が体調を崩した時、そばにいる人がほしい。アイかミレナにそれができればいいんだけど。
アイとミレナはぐっすり眠って今は天使のような子供たちの顔を、慈母のような表情で見つめている。きっとこれまでの苦労と疲れを癒している最中だろう。
「アイ、ミレナ、母親の許可があったらだけど、この子達が風邪を引いたときとか面倒みたり、病院にいったりってできる?」
「本当はサトルのそばにいたいけど、毎日じゃないならアイはいいわよ」
「ミレナもいいわ。あなた達が何しようとしてるか、監視してても全然わからないし」
「よかった、母親に聞いてみよう」
母親が帰るまでと思っていたら随分遅くなってしまった。のぞみには謝っておいたけど、一人にさせるのは不安だ。
「ただいまー」
「おかえり、母ちゃん」
「お邪魔してます」
「ごめんね。急な会議が長引いちゃって」
「大丈夫。今日は学校の友達がちび達の世話をしてくれて、私に勉強も教えてくれた」
「そうなの。ありがとうね。私も帰りが遅くならないように気を付けるわね」
「子供たちが体調不良の時、沙理さんが学校に行けないと話を聞きました。もしよかったら沙理さんが学校に行けるように僕達が代わりにお世話してもいいですか? 沙理さんの学力はかなり厳しいです。このままだと留年します。僕達は問題ないのでサポートしてあげたいんです」
沙理に睨まれている気がする。でもここは畳みかけなければならないところだ。
「うーん。お願いしちゃっていいのかなー。……せっかく言ってくれてるし、その時はお願いします。もし何かあったら私か沙理に連絡してね?」
母親の了解はもらえた。話した感じではふわっとした雰囲気の人だった。沙理が学校に通える時間を増やす作戦は今のところ順調だ。
その時、俺のスマホが鳴った。陽翔からだ。チャットじゃなくて電話とは珍しい。
「今話しできる?」
「今友達の家に来てて、少しなら」
「もしかして、大沢さんちだったりして?」
「なんでわかったの?」
「――いいや。……明日直接話しをさせて」
陽翔からの電話に、胸の奥がざわついた。




