いつもの日常の非日常
いつもの日曜の昼下がり
日曜の昼下がり。
家の中で絵の具を広げると、ホタルと琥珀に「また床が汚れる!」と怒られるのは目に見えていた。だからオレは庭にイーゼルを立てて、太陽の光を浴びながら筆を走らせていた。
調子が出てきたと思った矢先だった。
パレットを覗くと、欲しい色がもうほとんど残っていない。チューブもほぼ空だ。
「……マジかよ。せっかく乗ってきたとこなのに」
歯がゆさに唇を噛みながら、仕方なく筆を置く。中途半端に終わらされるのが一番嫌いだ。ため息をひとつ吐いて、オレは部屋に戻ることにした。
――まだ、残ってたはずだ。
そう思ってドアを開けた瞬間、部屋の中の静けさに気づく。
ソファに腰を下ろし、本を開いているホタルがいた。
顔を上げたホタルが、ゆるく笑みを浮かべる。
「今日はもう描き終わったの?」
「いや……ちょうど筆が乗ってきたところで、欲しい色の絵の具が切れてさ。探しに来たんだ」
「……ふぅん」
ホタルはわずかに目を細めてページをめくる。
「じゃあ今日は長引きそうだねぇ」
軽い口調。だけど図星すぎて、オレは思わず頬をかいて黙り込んだ。
ふと視線を逸らすと、サイドテーブルの上に一枚の栞が置かれている。角が折れ、染みもついていて、正直かなりくたびれている。
「……なぁホタル、その汚い栞、捨てねーの?」
軽い冗談のつもりだった。
けれど、ホタルの反応は想像とまるで違った。
ページから顔を上げた彼の目が細くなる。
声は、普段よりもずっと低く落ち着いていて――いや、冷たかった。
「……ボクの宝物に、そういうこと言うのやめて」
「――っ」
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
普段、感情を表に出さないホタル。怒鳴ることも、声を荒げることもないホタル。そのホタルが、はっきりと怒っていた。
「えっ……ちょ、ホタル?」
呼びかけても返事はない。
ホタルは無言で栞を本に挟み、立ち上がる。そのまま部屋を出て行ってしまった。
残されたオレは、手に絵の具のチューブを握ったまま、ただ呆然と立ち尽くす。
静かな部屋の中。
心臓の音だけがやけに響いて、息苦しくなる。
――ガチギレしたホタルなんて、見たことなかった。
オレは一人、ソファの前に立ち尽くしていた。