転生者たちは、やがて隠居する
ある日、ふと疑問に思った。
『どうして、わたしの髪の毛は桃色なんだろう?』
この世界、金髪碧眼が圧倒的に多い。
珍しくもなんともない。
珍しいのは、それ以外の色だ。
わたしは男爵家の娘に生まれた。
しかし、男爵領内にいる人間はほとんどが金髪。
少し茶色よりだったり、白っぽかったり。
眼の色も青の他は緑っぽかったり、紫寄りだったり。
両親も兄姉も、皆が金髪碧眼の範疇で、桃色の髪に薄茶の目なのはわたしだけ。
けれど、誰にもいじめられたことはない。
「昔から、そういう色合いの子供が、たまに生まれるんだよ~」
ぐらいの扱いである。
しかし十五歳になり、王都の貴族学院に入ると状況は一変した。
何もしていないはずなのに、級友のご令嬢たちがよそよそしい。
仲間外れは寂しいが、とりあえず危険はないからと油断していたら、そのうち冗談では済まない事態に陥った。
なんと、教科書を破かれ、頭から水をかけられ、階段から突き落とされたのである。
『まるで、物語かゲームの世界に転生したみたいだな~』
そう思った時、前世の記憶が蘇った。
そうそう、こういうの、悪役令嬢にいじめられるヒロインがされるアレだ、アレ!
ヒロインなんてガラじゃないのに。
第一、ここに至るまでに、王子様の前ですっころんだり、ハーレム計画立てたり等々、一切していない。
理由なくいじめられているだけである。
まあしかし、実際の被害は無かった。
教科書を破かれた後。
「君、教科書が破損して困っているようだね。
たまたま余っているのがあるから、これをあげよう」
と、緑の髪の毛をした男子生徒が手を差し伸べてくれた。
また、頭から水を被りそうになった時。
「おや、こんなところでにわか雨とは」
と、青い髪の毛をした男子生徒がさっと傘を広げて庇ってくれた。
階段から、意に反してダイブさせられた時。
「お転婆もいいが、階段を飛び降りるのはやり過ぎだよ」
と、赤い髪の毛をした男子生徒が、わたしを空中で抱き留め、そのままクルリと一回転してスチャッと危なげなく着地した。
いずれもマスクで目元を隠していたが、それぞれの色味の男子生徒は校内に一人ずつしか存在しない。
赤は王太子殿下。
青は騎士団団長の息子の公爵家令息。
緑は宰相の息子の侯爵家令息。
以上、錚々たる顔ぶれである。
髪の色で丸わかりなのに、マスクに何の意味があったのか謎だ。
そんなある日、生徒会室に呼び出しを受けた。
行ってみれば赤い会長に青い副会長、緑の書記が勢ぞろい。
今日はマスクはしていない。
「突然呼び出して悪かったね。実は、先日の件なんだが」
王太子殿下が切り出した。
「先日の件、とは?」
「君が、他の生徒から嫌がらせを受けていた件だ」
マスクのことがあったから、しらばっくれてみたが、意味がなかった。
だが、助けてもらったのだから一応礼は言っておこう。
「その節は助けていただいて、ありがとうございました」
「一応、他の生徒にはわからないようマスクを着用していたが、君にはお見通しだったか」
「………」
「そんなことより、大事な話がある。
実は、この世界、金髪以外の人間は転生者なんだ」
「え? ……ということは、皆さんそうなんですか?」
「そうなんだ、全員、前世の記憶持ち。
皆、令和の時代に生きていた日本人だ」
「しかし、こんなふうに同じ年齢の近い身分の者がまとめて転生者であるということは、珍しくてね」
「はあ、そうなんですね」
「この通り、私たちは三人とも能力が抜きん出ていてね。
頭脳も身体能力も、他の学園生より遥かに上だ。
これは、おそらく神に与えられし能力。
これを国のために使わずして、何に使うんだ?
というわけで、我々はチームを組んだ」
「チーム?」
「その名も、豪華戦隊ゴージャスレンジャーだ!」
三人が、それっぽいポーズを決める。
「……そうなんですか。頑張ってくださいね。それじゃあ、わたしはこれで!」
「待ちたまえ! 君も転生者なら、ゴージャスピンクとして活躍すべきではないか?」
「いえ、わたしは、頭も運動神経もごく普通ですよ?
それに、国を護る大義名分もありません。
理由もなく、嫌がらせするような人たちの国を、どうして守りたいと?」
「残念ながら嫌がらせをされる理由はある。
ついでに、君は聖女だ!」
「え? 聖女!?」
突然、扉が開き、銀髪の麗しき成人男性が現れて、驚愕の事実を宣った。
彼は国教教会学園礼拝堂常駐の司祭様である。
「君には浄化やら治癒やらいろんな能力があるが、実のところ、この世界には今、その能力は求められていない。
魔王討伐や瘴気浄化の旅などは無いから安心したまえ」
冒険の気配に一瞬期待で盛り上がったレンジャーどもが、がっかりしている。
「それで、嫌がらせを受ける理由というのは何なんですか?」
わたしは司祭様に訊ねた。
「……実は、私も君たちと同じ転生者だ。
十年前にこの学園に通って、なかなかひどい目にあった」
「ひどい目とは?」
「学園寮で夜ごと夜這いを受けたのだ。
いやもちろん、私も身体能力に自信があるので実害には至らなかった。
しかし、男も女も見境なく襲って来た」
「その美貌なら有り得なくもないですが……」
「容姿を褒められることなら、生まれてからそれまで数知れず。
しかし、襲われたのは学園へ来てからだ。
そして、卒業して学園から出れば、私の扱いはただの綺麗な男というだけに戻った。
それ以後、むやみに襲われたことも無い。
それで、私は仮説を立てた」
「仮説?」
「この学園内でのみ、転生者は何らかの被害を受けるようになっているのではないか、と。
疎まれたり、襲われたり。
君に至っては、物語のヒロインのように嫌がらせをされたり」
「でも、どうして?」
「この世界が、私たちの前世に存在した、ある創作物と同じものだとする。
そして、その物語が、学園内でのみ展開されるものだとすれば?」
「学園内だけが、物語の影響下にあると?」
「おそらく、そうではないかと考えるのだ」
「シナリオ的なものは見当たらないので、物語は終わっている、もしくは始まっていない。
だが、転生者が来ると学園の平和が乱されるということが、無意識下で周知されてしまっているように感じる。
私たちはよそ者として扱われる代償に能力を得た、もしくは能力を得た代償によそ者として忌避されるのではないかと」
彼は学園卒業後、いろいろと過去の文献をあたってみたそうだ。
そして、再び転生者が現れた時に、どんなことが起こるか確認するため、出世コースから外れた国教教会学園礼拝堂常駐の司祭に立候補したのだ。
だが観察の結果、転生者は能力持ちだから、何か起こっても何とかなりそうだという結論に達した。
「ちょっと待ってください、だったら俺たちはどうなんです?」
「そうです。特にひどい目にはあってないですけど?」
レンジャーたちが不満そうである。
トラブル大歓迎みたいな口ぶりだ。
「……君たちは総合能力が高すぎて、危機を当たり前に処理してしまい、認識できないのではないかな?」
「なるほど! わかりました」
んなわけあるか! きっと、レンジャーごっこで忙しく、周囲の冷ややかな視線などに一切気付いていないのだ。
高位の彼らは婚約者もいるはずだが、交流しているのを見たことないし、きっと卒業式で婚約破棄されるに違いない!
とりあえず、わたしは今後も身の危険が考えられるので、聖女に認定してもらい、授業の合間に国教教会学園礼拝堂で司祭様に聖魔法を習うことに。
そして持ち物に結界を張り、窓の下や噴水の近くを避け、ちょっとした怪我には治癒をし、時にはレンジャーが出動してくれて、なんとか無事に卒業した。
「司祭様は学園から去られるのですか?」
卒業間際、お世話になったお礼の菓子折りを持って、礼拝堂を訪ねた。
「そうだな。そろそろ次の左遷者が来そうな頃合いだしな。
せっかく出世コースから外れたことだし、山奥の礼拝堂にでも飛ばされて、気楽に暮らしたいものだ」
「ついていったら駄目ですか?」
「君は私に恋でもしたかね?」
「いいえ、教会で聖女の仕事もいいかなと思って。
故郷はいい思い出ばかりですけど、きっと他の土地に嫁ぐことになるでしょう。
そこでまた、よそ者扱いされたらと少し不安で」
「そういうことなら、一緒に来なさい」
「ありがとうございます」
ちなみに王子たちはやっぱり婚約破棄され、廃嫡され、貴族籍を離れた。
めげずにチームを組んで冒険者になったが、そもそもレンジャーごっこに現を抜かしているから、こういうことになったのである。
でも、身分が無くなったことでかえって幸せそうだ。
なんでわかるかというと、時々、山奥の礼拝堂まで遊びに来るのだ。
「冒険者を引退したら、この辺に住んでもいいだろうか?」
司祭様に訊ねるゴージャスレッド。
「それは、歓迎しよう」
「ありがとう、ゴージャスシルバー!」
クールに礼を言うゴージャスブルー。
「やっぱ、無しで」
「そんな! 仲間じゃないか、ゴージャスシルバー!」
悲しそうに項垂れるゴージャスグリーン。
とことん、楽しそうな人たちだ。
そしてある日、山奥の礼拝堂に、黒髪の男がやって来た。
「私は魔王に転生したらしいのだが、誰かと争うつもりはない。
しかし、魔族領にいると何かと周囲が煩い。
私もここで隠居暮らしをさせてもらえないだろうか?」
いたのか魔王! と思ったが、魔族領との境界は丹念に塞いできたので無問題らしい。
「自給自足で良ければ、迎え入れよう」
「もちろんだ。ありがたい」
そんなところへ、タイミングよく現れる豪華戦隊。
「あッ、ゴージャスブラック発見!!」
「戦うつもりは無かったが、なんか、こいつらムカつくのだが」
「倒していいぞ」
司祭様の許可が出たので、わたしも設営に参加する。
「周囲への影響があるから今、結界張りますね!」
そうして出会った敵同士は、結界内で殴り合って共倒れて仲間になった。
戦いを観戦しながら、わたしたちは煎餅をボリボリ。番茶をズズー。
「能力と引き換えに、いろんな被害に遭うって、なんなんでしょうね?」
「転生の神によって、この世界のスパイスにされているのではないか?」
「生贄ってことですか?」
「そんなもんかな」
ところがどっこい、生贄たちはやがて森の奥で隠居し、最期まで楽しく暮らしましたとさ。
お目出度し!