第8話【土曜日】
「あんた、今日もお宮の公園行ったの?」
夕飯の時に、お姉ちゃんが聞いてきた。
「いや、行ってないよ。雨だったし」
「ふーん。まだダイエットしてんの?」
「うー…ん?」
あれ?
「いや、わかんない」
「なんだそりゃ」
お姉ちゃんに言われて初めて気が付いたけど、あたし最近ダイエットって意識してないかも。
昨日も今日も、米ガッツリ食ってるし。
あれ?
「じゃあ、なんであんたお宮の公園行って走ってんの」
なんでだろう?
──ももちゃん──
脳裏によぎる、色黒で爽やかな笑顔、そしてキラリと輝く白い歯。
先生に…会えるから?
「先生…」
「先生?」
「あっいや…」
しまった!!つい口に出ちゃった!!
「あ、あの…ストレッチ…ストレッチ教えてくれる先生が、いるから」
「ふ〜ん」
焦って言い訳っぽい言い方したら、意外と素っ気ないお姉ちゃんの返事。
ふぃー、なんとか誤魔化せたぜ。
「あら、もしかしてこの間の人?」
うを!?お母さん!!?いらんぞ、そんな援護射撃!!
「お母さん知ってんの?」
「いや、違う!あの人じゃない!!」
お母さんが言う『この間の人』なんて聞かなくてもわかる!!
お母さん、大正解だから言わないで!!!!
「そうなの?でも百華、お金とかどうしてるの?お月謝とかいるんじゃないの?」
「そういうのじゃない!」
もう!!お母さんてなんでこうも流暢に、都合の悪い方へ話を運ぶんだ!!
ほら!猪が何か匂い嗅ぎ付けたみたいな顔になってるし!!
「ああ、嘘!今の全部嘘だから、気にしないで!!」
あたしはこれ以上突っ込まれないように、ご飯を一気に掻き込んで
「ごちそうさま!!」
部屋に逃げた。
「百華、何か隠してるだろお前」
ああ!!なんでこの嗅覚の鋭い猪と相部屋なんだ!!ちくしょう!!
「何も」
「そっ」
壁を向いて寝ているあたしの背後で、猪が自分のベッドの梯子を登る軋む音がする。
あれ?
いつもならもっと追及してくるのに
と、思っていたら
「じゃあさ…」
じゃあさ?
なんだよ、じゃあさってもったいぶるように溜めんな
「今度、私も一緒に行くわ」
「やだ」
そう来るか!?
やだ、絶体やだ!!
お姉ちゃんに先生を会わせたくない。
絶対、なんかいらんこと言うんだ、この猪は。
「なんで?隠し事なんかないんだろ?じゃあいいじゃん」
「ダメ、絶体」
「なんでだよ」
猪の鼻息が荒くなった。
めんどくさいなぁ…
「いいわ、じゃあ勝手に着いてくから」
「来るな」
「いや、行く。絶っ体行く」
うぜぇ
うぜぇし、しつこいし、うぜぇ。
いや待てよ、お姉ちゃんはまだ学校があるから、着いて来れるとしても土日だけ。
2〜3日もすれば忘れて……て、明日土曜日じゃんか!!ああ、もう!!
めんどくせぇ!!
明日も雨降らねぇかなぁ。
「百華ぁ!!すっごくいい天気だよ!!」
死ね、猪。
あたしの願いとは裏腹に、翌日の土曜日は朝から最高級の快晴。
まさに雲ひとつない青空で、いよいよ春が来たって感じの心地よい風が吹いて…そう。
あたしはまだベッドの中だから、外の気温とか知らんけど、窓の外は見るからにザ・春!!って感じ。
その爽やかな春の青空に、死ぬほど似合わない猪のハイテンションな笑顔が、死ぬほどうざい。
くそぉ
お宮の公園に行きたいのに!!
お宮の公園に行けれない!!
テッテテ テッテレテッテ テテテテテンッ♪
その時、あたしのスマホの『着信音』が鳴った。メールじゃない、通話の方は珍しい。
誰だろ?
画面を確認すると、中学の友達の名前。
「ユリちゃんだ、もしもしー?」
『あ、もしもしマツコ?久しぶり』
「うん、久しぶり。どしたの?」
おう、マツコなんて呼ばれるのも久しぶりだぜ。
『うん、別に何でもないんだけどさ、どうしてるかなって思ってさ』
おお、ユリちゃん、卒業式の日に“たっくん兄さん”とのラブラブデートであたしを置き去りにしたと思ったら、ちゃんと気に掛けてくれるなんて嬉しいねぇ。
にしても、ユリちゃんが『何でもない』のに電話を掛けてくるなんて、珍しいな。
普段はLINEさえよこさないのに。
何かあったのかな?
まぁでも、ユリちゃん自身が『何でもない』って言うなら、何でもないんかな。
とりあえず、どうしてるかなって聞かれたら、どうしてるかって答えなきゃねぇ。
「別にあたしも何も……あ、ユリちゃん、ちょっと待って!!」
そうだ!!こんなチャンス逃す手はねぇ!!!!
「おい、桃華…」
慌てて転げ落ちるようにベッドの梯子を降りると、お姉ちゃんがなんか話しかけてきたけど無視して部屋の外へ。
お姉ちゃんに会話を聞かれないように、口元を手で塞いで小声で話す。
「ユリちゃん、今日ヒマ?」
『え?あ、うん』
「本当?じゃあ、ちょっと遊びにいかない?」
『いいよ……ていうか、むしろ私の方がマツコ誘おうと思ってたから』
「マジか!じゃあ、どうしよ」
ナイスタイミングだぜ、ユリちゃん!!
『今さ、ローソンにいるんだ』
「本当、じゃあすぐ用意して行くわ!!」
『うん、待ってる』
っっしゃあぁあああぁあ!!!!!
これで猪を撒ける!!!!!
「ごめん、お姉ちゃん。用事できた」
勢いよくドアを開けて、部屋に戻ると、ジャージに着替えようとしてるチャーシューが……いや、下着姿を晒しているお姉ちゃんが、びっくりしてこっちを振り向く。
「は?用事?」
「友達と出かける」
言いながら長袖のTシャツとジーパンをタンスから出す。
「ちょっと待てよ、私の約束の方が先だろ」
「お姉ちゃんと約束した覚えはない。お姉ちゃんが勝手に着いて来るって…」
「そんなんお前、勝手だろが」
「はあ!?」
いやいや、勝手はどっちだよ。
あたしは来るなって何度も言ったぞ。
「今日、私めちゃ行く気になってるってのに、そりゃないだろお前」
………はあ!?
「知るかそんなん」
それこそお姉ちゃんの勝手だ、めんどくさいから無視しよ。
猪がブヒブヒ言ってんのを無視して、あたしも一瞬チャーシューに変身して、長袖のTシャツを着てジーパン履く。
ハンガーに掛けてある春用のカーディガン羽織って、中3の誕生日にお父さんが買ってくれた鞄持って、ダッシュで家を出た。
自転車でローソンまで3分かからない。
ローソンの入口でちょこんと立ってるユリちゃんを見付けると、ユリちゃんもこっちに気付いて手を振った。
ゆるふわガーリーな、いかにも少女チックなファッションのユリちゃん。
クラス最下位のルックスって言われてるけど、今日は一段と可愛く見える。
ふいに、あのオタクっぽい歳上彼氏とのキスシーンを思い出した。あのオタクには、ユリちゃんがアイドルみたいに見えてんのかねぇ。
「ユリちゃん、久しぶり」
「久しぶりぃー、マツコ。また痩せた?」
「さあ、体重計ってないからわかんないけど」
会うなり「痩せた?」とは。
そういえば、卒業式以降けっこう走ったし、米食ってなかった時期あったし、多少は痩せたのかな。
コンビニ前でちょっと話したあと、とりあえず目的地もなかったから、繁華街の方へ移動することにした。
ユリちゃんは歩きだったみたいだから、あたしは自転車を引いて歩く。
まだ卒業して2週間も経ってないのに、中学時代の話しを懐かしんだり、今何してるかを話したりして歩いた。
「へぇ、ストレッチってすごいんだね」
あたしは、お宮の公園で出会った先生のことを、かい摘まんで話した。
あたしの話しに、ユリちゃんの反応は、なんていうか、クールっていうか一歩上から見てるっていうかなんか、大人な感じがした。
あんなシーンを見たせいでユリちゃんが大人びて見えるのかな。
「そういえば、彼氏とはどうしてんの?」
そんなことばかり考えていたから、そんなことを言ってしまった。
「……え?」
ユリちゃんの表情が固まる。
あ、しまったかも。
──別に何でもないんだけどさ──
電話で言ったユリちゃんの言葉が、なぜか頭の中でリプレイした。
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