第7話【会えるかな】
「ただいま」
「百華!!どこ行ってたの!?」
もう夕日が落ちて完全に暗くなった頃、ようやく家に着くと、家族は既に夕飯を食べていた。
おかえりも言わずに怒鳴るお母さんに、そこで初めてそんなに遅くなってたんだと気付いた。
「お宮の公園」
とりあえず、「どこ」と聞かれたから、素直に行き先だけ告げると
「はぁあっ!?あんたまたそんな所まで一人で行ったの!?前に人に迷惑かけたばっかりでしょうが!!何考えてるのあんたは!!」
迷惑……今日のは、迷惑じゃない、かな。
先生が自分からストレッチ教えてくれたし。
迷惑なら、あそこですれ違ったときに止まって話なんかしないよね。
「今日は迷惑かけなかった」
「そういう話をしてるんじゃないの!!あんたねぇ…」
お母さんは普段は大人しいけど、怒り出すと長い。
でも今日は、お母さんの煩いのもあんまり耳に入ってこない。
ただぼんやりと、今日のお宮の公園でのことが、頭の中でリプレイし続けていた。
お宮の公園から歩いて帰る間もずっとそうで、自分でも何を考えていたかよくわからない。
1つだけわかるのは、先生といた時間が、本当に夢だったんじゃないかってくらい、現実に現実感がある。
どうやらあたしは、まだ夢から覚めきってない、ぼんやりした朝のような気分みたいだ。そう思ったら、ひと眠りしたくなって、ごはんも食べずに部屋にこもった。
ピコンッ♪
いつの間にか寝てたみたいで、メールの着信音で目が覚めた。
メールは、動画投稿アプリの通知。
私がフォローしてる人が投稿したことをいちいち知らせてくれるんだけど、こんな気分の日はちょっと鬱陶しい。
ベッドから身を起こすと、お姉ちゃんが寝っ転がって雑誌を見てた。
最近寝っ転がってることが多いな、お姉ちゃん。本当にダイエットやめちゃったのかな。
もう、まぁくんはいいのかな。ま、いいけど。
時間確認ついでにスマホを開いて数10秒、トイレに行きたくなったから階段を降りて下に行くと、お父さんとお母さんがリビングにいた。
「百華、あんた夕飯どうするの?」
「んー……」
ちょっとだけ怒ってる感じのお母さんの口調に、ちょっと面倒くささを感じたから、即答しなかった。
考えるふりしてトイレに入る。
トイレに座ってたら、ちょっとだけ頭が働いてきた。
ご飯か…食べよかな。
トイレから出て、キッチンへ向かう。
「食べる」
お母さんは、あたしの答えに溜め息で反応し、夕飯を温めてくれた。
「ご飯は?」
炊飯器の前であたしの茶碗を持って言うことで、その「ご飯」は食事のことじゃなくて白米の事を言っている。
「うん…食べる」
この1週間、あたしは米を食べなかったのに、なんかなんの戸惑いもなく、今日は米を食べた。
「おいしい」
ずっと食べてなかったせいか、米がおいしく感じた。
「そう?いつもといっしょよ」
お母さんのその言葉が、何故だか凄くありがたく感じて、何も考えずにおかわりをした。
こんなおいしい物を我慢しなきゃ痩せられないのか……。
だったら、別に痩せなくてもいいかな。
恋愛も、いいや。
あたしは生まれたときから恋愛圏外、そういうことだ。
あたしは三杯目のご飯を山盛りに盛り付けて、久しぶりの米を満喫した。
部屋に戻ると、お姉ちゃんがさっきと違う体勢で雑誌を読んでる。
自分のベッドに入って、ここ1ヶ月のことを思い返してみた。
お姉ちゃんがバレンタインにフラれて、痩せるって言って走りに行って
1日で挫折するかと思いきや、次の日から二人で2週間ぐらい走って、卒業式にちょっと痩せたと言われて
ユリちゃんの衝撃シーンに遭遇して、お宮の公園で膝を痛めて、先生と出逢って
先生と再会して
先生とストレッチして
膝が治って
先生が神様みたいに思えて……
先生……
「また会えるかな…」
何もない殺風景な天井に、蒼々とした芝生の丘に立つ先生を思い浮かべる。
先生
先生って言われて笑ってた。
たぶん、本当の先生じゃない。
だから、『先生』としてのあの男性は、あたしだけの先生。
先生。
また会えるかな……
──ももちゃん──
先生の声が頭の中でこだまする。
名前も知らない先生。
会えるかな、また。
「いたたた。自転車でもダメか」
次の日、あたしは先生の忠告通り、長い距離を走るのはやめた。
だから、お宮の公園まで自転車で来て、公園を走ることにしたけど…走った時ほどじゃないけど、膝が痛くなった。
くそっ、どうかなってんのかな、あたしの膝。先生に会えたら見てもらお。
先生と同じルートを走っていれば、会えるかな……。
芝生広場で先生に教えてもらったストレッチをして、膝の痛みが和らいだら、軽いペースで走り出す。
お姉ちゃんと団地を走ってた時ぐらいのペースで、走ったり歩いたり、時々止まってストレッチしたり、時間をかけて公園を一周した。
けど、今日は先生に会えない。
もう一周しようかとも思ったけど、いきなり長い距離を走るなって先生に言われたのを思い出して、芝生広場でまたストレッチした。
先生に教えてもらったストレッチをやっても、身体が全然柔らかくならない。
あたしって本当に固いな……
しばらくストレッチをしてたけど、先生は現れなかった。
そのあと、噴水の横のベンチに座って、スマホをいじってたけど、それでも先生は現れなかった。
時間が経って、さっき走った疲れも膝の痛みもなくなってきたから、もう一周走ろうかと公園の外周に出たけど……
「んー…今日はやめとくか」
なんとなく気力が沸かず、帰ることにした。
先生だって、こんな時間から走りにこないだろうし。
それに、あたしのペースでもう一周してたら、だいぶ遅くなっちゃいそうだし。
遅くなるとまたお母さんに怒られるから、今日は帰ろ。
今日は会えなかったなぁ。
毎日来てるわけじゃないのかな。
毎日走ってるって言ってたのになぁ……。
帰り道、自転車をこぎながら考えていたのは、先生のことばかり。
どこに住んでるのかな
名前はなんていうのかな
お仕事は何してる人なのかな
なんで毎日走ってるのかな
知らないことばっかりだ。
私が知ってる先生は、お宮の公園の周りを走ってて、ストレッチで膝治しちゃうぐらい、なんか身体に詳しい人。
冬なのに焼けた肌をしていて、笑顔がとても素敵な人。
「先生」って呼ばれると、ちょっと照れくさそうだったから、本当の先生じゃない人。
でも、あたしにとっては先生。
あたしだけの、先生。
明日は会えるかな……
「はぁ、今日も会えないのかぁ……」
次の日は朝から雨だった。
さすがにこんな日は、先生も走ってないだろうなぁ。
お姉ちゃんは学校行ってていないし、午前中はスマホで暇を潰した。
午後も午前中の続きしようと思ってたら、お昼ご飯のあとお母さんの買い物に付き合わされた。
ま、暇だからいっか。ワンチャン、ショッピングセンターで先生に会えたりしてw
夕方になって雨が止んだから、お宮の公園に行ってみようと思ったけど、お母さんが買い物ハシゴしまくるから、結局帰って来たのはお日様もだいぶ傾いた頃。
こんな時間から行っても、暗くなっちゃうから、お宮の公園に行くのは明日にしようと決めた。
明日は、先生に会えるかな…。
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