第5話【大丈夫か?】
「あれ、百華」
「よっ」
「あんた…」
ユリちゃんの衝撃シーンを目撃して、卒業式から帰ってきた午後。
2月にお姉ちゃんと走ってたときよりも速いペースで、団地から大通りへ抜ける一本道を走ってたら、最初にお姉ちゃんと走った竹藪の前で、学校帰りのお姉ちゃんとすれ違った。
お姉ちゃんはあたしに何か言おうとしてたけど、あたしは走ることに集中してたから、気にせずそのまま走り続けた。
みんなが痩せたと言ってた。
痩せた原因なんて、走ったことしかない。
あんなチンタラ走ってても、ゆーさんそ運動っていうやつになってたのかどうかはわからないけど、とりあえず、走ったら痩せるってことはわかった。
目指すはお宮の公園。お姉ちゃんが言うには、お宮の公園まで1時間。だいたいいつも走ってた距離が30分ぐらいだから、単純にいつもの倍の距離だ。
そのぐらいなら余裕でイケると思った。
しかし家を出て15分、気合い入れすぎてペースを上げたせいか、大通りに出る頃には、すでにキツくなってきた。
でも、今日のあたしは気合いが違う!!
キツくても走り続けた。
無意識にペースは落ちてたと思うけど、とにかくお宮の公園に着くまでは止まらないと決めた。
たまに見る町中を走ってる人の真似をして、信号待ちでも足を動かした。
30分過ぎた頃から、自分が疲れているのかもわからなくなってきた。
ただ無心に走っていた。
寒いのに汗が出てきた。
汗が出ると痩せていってる気がした。
そう思ったら、より気合いが入って、疲れなんか感じなくなった。
走り始めて1時間が過ぎたけど、お宮の公園まではまだまだある。
お姉ちゃんがウソついたかと一瞬思ったけど、あたしが遅いからなんだと思ってペースをあげたら、膝が痛くなって来た。でも、かまわず走り続けた。
家を出てから1時間半。ようやく、お宮の公園の近くの目印的なコンビニに着く。
お宮の公園でやる夏のお祭りに、親の車で何度か来たから覚えてる。
このコンビニを曲がったら、お宮の公園はすぐそこだ。膝の痛みが酷くなってきてたけど、あたしはがまんしてラストスパートをかけようとした。
その時
「あっ!?」
突然、膝がカクンってなって、道路に倒れ込みそうになった。
「大丈夫か!?」
倒れなかったのは…
「あ……す、すいま…」
倒れなかったのは、90kg級のあたしさえも支える、物凄く力強い腕が、受け止めてくれたから。
「……せん……」
午後の日差しに照らされたその男性は、浅黒く焼けた肌に白い歯をキラリと光らせ、優しそうに微笑んだ。
「立てるか?そこ、とりあえず道端でいいから座ろうか」
真冬なのに、浅黒く日焼けしたその男性は、あたしの巨体を優しくエスコートし、道端に座らせてくれた。
「なんか危なっかしくフラフラ走ってたから気にしてたら、いきなりカクゥーンやもんなぁ。どうした?体罰かなんかで走らされてんのか?」
「いえ……自分で……」
気にしてた?
あたしが倒れそうになるほど一生懸命走ってるのを……気にしてた…?
「そうか。君、まだ走るのあんまり慣れてないだろ。いきなり走り過ぎたんじゃないか?何km走った?」
「えと……わかんないけど……1時間半…ぐらい?」
走って切れてた息は落ち着いて来たのに、本気で心配してくれている、力強い眼差しに、なぜかずっとドキドキしてた。
膝が痛いと言うと、その男性はあたしの太い足に触れ、なんかお医者さんみたいに様子を見てた。
「こりゃ…いかんな。1時間半か……しょうがない、家まで送ってやるよ」
「え!?いや、そんな…」
たった今会ったばかりの人に、そんな迷惑なんかかけれない!!
でも、断ろうにもなぜか言葉が出ず
「この脚で歩いて帰ったら、明日歩けなくなるぞ」
浅黒く日焼けした肌と対照的な、白いジャージのその男性は、見るからにスポーツマンタイプで、なんかいろいろ詳しそうな雰囲気してたから、あたしは彼のその言葉を鵜呑みにして、結局家まで送ってもらうことになった。
あんなに必死に走って来た道程も、車だとあっという間で、少し会話もしたけど、ほとんどあたしは質問に答えていただけだった。
その男性は、毎日お宮の公園の周りを走っていて、さっきはたまたまトイレを借りるのと、走る前に水分補給しようと思ったのとで、コンビニに寄ったら、あたしを見付けたそうだ。
玄関まで着いてきてくれて、お母さんに事情を話してくれて、念のため病院に行った方がいいと言って爽やかに帰って行った。
「お父さんが帰って来たら病院行くから、それまで部屋で寝てなさい」
そう言って、お母さんはどこかへ電話をかけた。たぶん病院かな。
部屋で寝転んで、さっきの男性を思い出す。
いくつぐらいかなぁ
25歳とかかなぁ…、30歳は行ってないよな、たぶん。
でも、ユリちゃんの彼氏よりは歳上だと思う。
てか、ユリちゃんには申し訳ないけど、ユリちゃんの彼氏より全然カッコイイ。
美形ではないけど、ワイルドなかっこよさ。
ユリちゃんの彼氏はどっちかっていうとオタクっぽかった。
乗ってる車も、ユリちゃんの彼氏は小さくて黒い軽自動車だったけど、あの男性はお金持ちが乗ってそうな、白くて大きなカッコイイ車だった。
何してる人だろ。筋肉すごかったから、もしかしたらスポーツ選手かも。
未だに、抱き締めて受け止められた感触が身体に残ってる。
自分で自分を抱き締めるようにしたら、その感触をリアルに思い出し、ドキドキしてきた。
「……なんか、キモイよ、百華」
「うっせ」
猪がまたモチ食いながら雑誌見てる。最近モチ好きだなコイツ。
あ、そうだ
「ねぇお姉ちゃん、炭水化物って何?」
今日、リナちゃんが言ってたことを思い出し、お姉ちゃんに聞いてみた。
「ああ?炭水化物は米とか、麺とか、パンとか…小麦粉とか…」
「主食系?」
「そうだね、主食に多いね」
「モチも?」
「ああ、そうだね。モチも米だから炭水化物だね。コレはちょっと違うけど」
違う?
「普通の餅じゃないの?」
「んー、ちょっと食物繊維多め」
そうか、まあいいや。
「ありがと、お姉ちゃん」
米か、まいったな…。抜くってのは、米食べないってことだよね?あたし、けっこう米好きなんだよね。
でも…… さっきの色黒の男性が頭をよぎる。
「お姉ちゃん、あたしもう米食べない」
「は?」
「ラーメンも、パンも小麦粉も食べない。モチも」
「どうした、急に」
「何でもない」
たぶん、初めてお姉ちゃんに隠し事をしたと思う。
その晩から、あたしはすぐにそれを実行した。
お母さんに米はいらないと言い、おかずだけ食べた。
意外と普通に食べれたし、足りない感じもなかった。
お父さんが帰って来ると、お母さんがお父さんに事情を説明して、お父さんと病院行った。
レントゲンとか撮ったけどどこも悪くなく、走りすぎてスジを痛めただけだと言われ、痛み止めと湿布を貰って帰った。
ただし、1週間は走るなと言われた。悪化したら手術だとも。
ただの脅しだと思ったけど、登る時に平気だった階段が、降りるときには膝が痛くてうまく降りられなかった。
だから、医者の言う通り1週間走るのをやめた。
でも、あの男性に会いたかったから、歩いてお宮の公園に行こうとしたけど、膝が痛くなってやめた。
膝が治ったら、お礼をしに行こうって決めて。
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